第四話 俺なんかやっちゃいました――では済まなかった(前編)
長かったので、前編・後編に分割しています。内容に変わりはありません。
外壁が爆発した。
衝撃で尋問室の扉が歪み、外側へ倒れる。
その向こうでは、兵士たちが慌ただしく戦闘配置へついていた。
俺も外へ出ようとしたところで、シアーダ大佐と鉢合わせた。
「下がっていろ」
「でも――」
「お前が出ても邪魔になる」
反論できない。
攻撃力五、防御力三の人間にできることなど、確かに何もなかった。
俺は半壊した壁の陰に身を隠し、戦場を見守った。
改めて見ると、兵士たちの動きは驚くほど統率されていた。
巨大なダンゴムシ型の怪物が防壁を乗り越えても、誰一人として取り乱さない。
前列が怪物の注意を引き、後列が関節部分へ銃撃を集中させる。仲間が襲われれば、左右の兵士が即座に援護へ入り、怪物だけを正確に撃ち抜いた。
言葉を交わす必要すらないように、全員の動きが緊密に連携している。
自動砲台も同様だった。
まるで意思を持っているように銃口を旋回させ、怪物の動きを先読みして砲弾を撃ち込む。
銃弾は、ほとんど外れない。
一発一発が精密に計算され、最も効果的な場所へ吸い込まれていく。
怪物の数は多い。
それでも、戦線は崩れていなかった。
「ああ、これは大丈夫なやつだ」
思わず安堵の声が漏れた。
この人たちは強い。
シアーダ大佐だけではない。兵士一人ひとりが、この地獄で生き残るための訓練を受けている。
俺が余計なことをしなくても、すぐに片づくだろう。
そう思った直後だった。
「ソウルだ!」
誰かが叫んだ。
続けて、悲鳴が上がる。
それまで冷静だった兵士たちの雰囲気が、一瞬で変わった。
「精神防壁を展開しろ!」
「増幅器、出力最大!」
「早くしろ! 侵入されるぞ!」
キャンプを囲む装置から青白い光が噴き出した。
バチバチと音を立てる半透明の壁が広がり、押し寄せていた怪物たちを弾き飛ばす。
だが――。
無数の銀色の光が、その壁をすり抜けてきた。
最初は、ホタルの群れに見えた。
淡く明滅する、小さな銀色の虫。
しかし、近づいてくるにつれて、それがホタルなどではないと分かった。
細長い胴体には無数の脚が生え、薄い羽の下からは、針のような器官が伸びている。
一匹が、兵士の首筋へ取りついた。
銀色の身体が、まるで液体のように皮膚の中へ沈んでいく。
「やめろ……来るな!」
兵士が銃を落とし、両手で頭を抱えた。
次の瞬間、絶叫した。
「いる! 頭の中にいる! 出ていけ、出ていけえええ!」
爪を立て、自分の顔を掻きむしる。
眼球へ指を突き立て、血を流しながら笑い始めた。
別の兵士は銃を乱射した。
味方が撃たれ、悲鳴を上げて倒れる。
つい先ほどまで完璧に統率されていた部隊が、わずか数秒で崩壊していく。
「落ち着け!」
シアーダ大佐の声が戦場に響いた。
「神経増幅ブーストを使え! 火炎放射器を持ってこい!」
銀色の虫は何なんだ。
俺は震えながら、小声で能力を発動した。
「万象を見通す深淵の叡眼――アカシック・アナライザー」
《精神崩壊を招く銀翅の魔蟲――ソウル・フライ》
レベル:90
攻撃力:3
防御力:3
素早さ:30
スキル
《精神干渉》
群体で行動する寄生生物。
対象の神経系へ侵入し、精神異常を引き起こす卵を植えつける。
物理攻撃への耐性は低いが、精神防壁の周波数へ同調し、通過する性質を持つ。
攻撃力は三。
俺より低い。
それなのに、銃を持った兵士たちが次々と殺されていく。
ステータスの数字だけでは分からない。
この世界の怪物は、それぞれが理不尽な能力を持っている。
俺は壁の陰で立ち尽くしていた。
何もできない。
攻撃能力を選んでいれば。
雷や嵐を起こす能力があれば、あの群れを一掃できたかもしれない。
だが、俺が持っているのは鑑定と意思疎通だけ。
敵の正体と、自分が役に立たない事実を詳しく知ることしかできない。
シアーダ大佐が戦場を駆ける。
右手には長いブレード。
左手には、倒れた兵士から奪った火炎放射器。
常人には目で追えない速度で銀色の群れから距離を取り、炎を浴びせていく。
甲高い音を上げ、ソウル・フライが次々と燃え落ちた。
だが、数が多すぎる。
一つの群れを焼いている間に、別の群れが背後へ回り込む。
頭の中に、無数の感情が流れ込んできた。
十数匹が一つの塊となり、シアーダ大佐の死角から迫っていた。
彼女は気づいていない。
「駄目だ、後ろ!」
俺は叫んだ。
その瞬間だった。
頭の奥で、何かが弾けた。
〈やめてくれ!!〉
自分の感情が、意思が、俺の身体を離れて広がっていく。
戦場を飛び交っていたソウル・フライが、一斉に動きを止めた。
シアーダ大佐へ迫っていた群れも、空中で静止している。
銀色の光が、無数の星のように戦場へ浮かんでいた。
静寂。
ほんの一瞬、すべての音が消えた。
そして――。
ソウル・フライの群れは一斉に向きを変えた。
何かから逃げるように空高く舞い上がり、赤黒い雲の向こうへ消えていく。
ほかの怪物たちも続いた。
防壁へ押し寄せていたダンゴムシ型の怪物も、棘に覆われた魔犬も、突然戦意を失い、荒野の闇へ逃げていった。
その直後、頭の中で場違いに明るい音が鳴った。
――チャラララッ。
《レベルが1から4へ上昇しました》
「一気に三つも?」
《称号を獲得しました》
《称号:原生との対話者》
原生生物に対する意思の疎通が3%向上。
《規定条件を達成しました》
《新たなスキルを獲得します》
視界の中央に、金色の文字が大きく浮かび上がった。
《万物を跪かせし絶対王者の威圧――キング・オブ・プレッシャー》
対象の精神へ強烈な圧力を与え、恐怖、萎縮、服従を引き起こす。
効果範囲および成功率は、使用者と対象の精神的強度によって変動します。
「キング・オブ・プレッシャー……」
相変わらず、絶妙にダサい。
《警告》
《略称による発動では、本来の威力を発揮できません》
あとには静けさだけが残った。
エネルギーを使い果たした防壁が、パチ、パチと弱々しい音を立てている。
地面には、兵士と怪物の死体が折り重なっていた。
自ら目を潰した兵士。
味方に撃たれた兵士。
頭部を掻きむしったまま、動かなくなった兵士。
地獄絵図だった。
その中心で、シアーダ大佐が俺を見ていた。
信じられないものを見る顔だった。
「お前……」
彼女の声が震えている。
「今、何をした?」
「何って、俺はただ危ないと思って……」
「お前がやったのか?」
先ほどまで、どんな怪物を前にしても冷静だった人間が動揺している。
その事実に、背筋が冷たくなった。
「たぶん、《魂魄を束ねし神経共鳴――ソウル・シナプス・ハーモナイズ》の効果で――」
いつもなら、シアーダ大佐はここで頭を抱えていただろう。
だが、今の彼女の顔に呆れはなかった。
恐怖。
そして次第に、むき出しの憎悪へ変わっていく。
「まさか、緑環の……」
「緑環?」
次の瞬間、シアーダ大佐が目の前にいた。
首元を掴まれ、身体が持ち上がる。
背中が壁へ叩きつけられた。
「ぐっ……!」
シアーダ大佐は片手で俺を持ち上げたまま、もう一方の手でナイフを抜いた。
刃先が喉元へ触れる。
やばい。
何か言わなければ。
だが、何を言えばいい?




