第三話 女神の使いだと説明したら狂人扱いされた
「どうしました、大佐」
銃を持った兵士の一人が駆け寄ってきた。
女性は俺から目を離さずに答える。
「怪しい民間人を一人見つけた」
「民間人? こんな汚染区域に?」
兵士が驚いたように俺を見る。
やはり、ここは普通の人間が歩き回るような場所ではなかったらしい。
俺は女神への恨みを、心の中へ静かに蓄積した。
「拘束しろ。キャンプへ連れていく」
「待ってください。怪しい者じゃありません」
「名前は?」
「それが、思い出せなくて……」
「所属は?」
「わかりません」
「ここまでどうやって来た?」
「女神様に転生させてもらいました」
兵士たちが静かに銃を構えた。
◇
俺は両手を拘束され、彼らのキャンプへ連行された。
キャンプといっても、布のテントが並んでいるわけではない。
大型車両を中心として、金属製の壁と自動砲台が円形に配置された、即席の要塞だった。
中央では、兵士たちが負傷者の手当てや、武器の整備をしている。
俺は白い照明の下で服を脱がされ、全身へ奇妙なセンサーを当てられた。
「冷たっ」
「動くな」
腕へ小さな器具を押しつけられる。
細い針が飛び出し、血液を吸い上げた。
「身元を確認できる痕跡、確認されず」
「血液組成は?」
「人間の基準値です。特に遺伝子改変はされていないようです」
しばらくして、先ほどの女性が仮設の尋問室へ入ってきた。
長いブレードは腰に収めているが、俺を警戒する目は変わっていない。
「もう一度聞く。お前は何者だ」
「それが、自分でもよく分からなくて……」
「分かることだけ話せ」
俺は死後の世界で目覚めたこと。
女神を名乗る女性に出会ったこと。
危機に瀕した世界を救ってほしいと頼まれたこと。
二つのスキル――正確には恩寵――を与えられ、この世界へ送られたことを説明した。
女性は表情を変えずに聞いていた。
周囲に立つ兵士たちは、露骨に困惑している。
一人は「頭を打ったのでは」という顔をしていた。
もう一人は「宗教狂いか」という顔をしている。
意思疎通の能力を使うまでもなく、何となく分かった。
「その女神とやらの名前は?」
「聞いてません」
「姿は?」
「小柄な女性でした。白い服で、髪が長くて……妹系?みたいな感じ?」
女性はしばらく黙っていた。
やがて、傍らの兵士が小声で言う。
「もしかすると、神々の僕では?」
「ミリアのところの人間か」
女性の警戒が、ほんのわずかに緩んだ。
話についていけない。
「神々の僕って?」
「知らないのか?」
女性は俺の顔をしばらく観察した。
嘘を見抜こうとしているのだろう。
しかし俺は、本当に何も知らない。
「ミリアへ引き渡す」
最終的に、女性はそう判断した。
兵士たちが退室し、彼女が書類に目を落とした。
少なくとも、今すぐ撃ち殺されることはなさそうだ。
俺はようやく息を吐いた。
ところで、この人は何者なのだろう。
先ほど見せた瞬間移動じみた動き。
怪物の首を一撃で切り落とした剣技。
明らかに、ほかの兵士とは強さが違う。
本人へ使うのは失礼かもしれない。
だが、知りたい。
俺は彼女を見つめ、小声で唱えた。
「……アカシック・アナライザー」
視界に、赤い文字が浮かんだ。
《読み取りに失敗しました》
《詠唱に込められた情熱が不足しています》
情熱。
鑑定に?
俺は周囲を見回した。
兵士たちは戦後処理に追われている。誰もこちらを見ていない。
今なら、まだいける。
俺は少しだけ声を大きくした。
「万象を見通す深淵の叡眼――アカシック・アナライザー」
《読み取りに失敗しました》
《羞恥心が詠唱を阻害しています》
《もっと魂を解放してください》
「女神様、絶対楽しんでるだろ……」
仕方がない。
俺は一度目を閉じ、羞恥心を捨てた。
そして彼女を指差し、腹の底から叫んだ。
「万象を見通す深淵の叡眼ッ! アカシック・アナライザーああああッ!」
尋問室が静まり返った。
女性が、心底冷たい目を俺へ向ける。
「その馬鹿馬鹿しい掛け声は何だ」
「いや、これは女神様が考えた正式名称で……」
「やめろ」
「はい」
視界に情報が浮かんだ。
《シアーダ》
階級:大佐
所属:軍事勢力グラディエン
役職:第三遠征部隊指揮官
レベル:測定不能
攻撃力:300 (+50)
防御力:250 (+100)
素早さ:400 (+0)
人物情報:
十二歳で士官養成課程へ進み、十六歳で実戦に参加。二十一歳でグラディエン史上最年少の大佐へ昇進した。
射撃、白兵戦、戦術指揮のすべてで最高評価を獲得。特に高速機動戦を得意とし、《赤い閃光》の異名を持つ。
好物は苺味の栄養ゼリー。
動物に好かれたいと思っているが、顔が怖いため大抵逃げられる。
部下には隠しているが、就寝時には枕が二つないと落ち着かない。
「…………」
俺は黙って表示を閉じた。
「何を見た」
「いえ、何も」
「言え」
「さっきの動き、すごいなと思いまして」
シアーダ大佐の目がさらに鋭くなる。
「もしや、あれは《刹那を超越せし虚空渡航――ゼロ・ディメンション》」
シアーダ大佐は目を閉じ、片手で額を押さえた。
「頭が痛くなってきた」
「違うんですか?」
「あれはハイレベルな装備と強靭な脚力だ」
攻撃力三百。
素早さ四百。
俺の素早さは七。
同じ人類とは思えなかった。
「お前の処遇は、ミリア次第だ。馬鹿なことを言ってるとひどい目にあうぞ」
シアーダ大佐は椅子から立ち上がった。
「間もなく到着する予定だ。それまではここで――」
警報が鳴り響いた。
赤い光が尋問室を染める。
外から兵士の叫び声が聞こえた。
『北東より大規模な生体反応!』
『数、測定不能!』
『防壁へ接近中!』
シアーダ大佐の表情が変わった。
先ほどまでの呆れた様子が消え、一瞬で軍人の顔になる。
「全員、戦闘配置」
腰のブレードを抜き、彼女は俺を振り返った。
「ここから動くな」
それだけ言い残し、尋問室を飛び出していく。
遠くから、いくつもの雄叫びが重なって聞こえた。
俺は一人残された部屋で、拘束された両手を見下ろした。
そのとき、頭の奥へ流れ込んできた。
飢え。
怒り。
恐怖。
そして、それらすべてを覆い尽くすほど強烈な殺意。
一つや二つではない。
数百。
いや、数千。
俺の《意思疎通》が、キャンプを取り囲む無数の怪物の存在を捉えていた。
〈コロセ〉
〈コロセ〉
次の瞬間、地面が大きく揺れた。
キャンプの外壁で、何かが爆発した。




