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第三十一話 ようこそ、英雄たちの国へ

第三十一話 ようこそ、英雄たちの国へ


 アマラは、グラディエンへ向かうための手はずをすべて整えてくれた。


 俺が入国した瞬間に「魔物の手先だ」と撃ち殺される心配もないらしい。


 企業連合の要人として、正式な入国許可が下りている。


 荒野を進むのは、ヴェイル製の戦術輸送車両だった。


 分厚い装甲。


 自動迎撃砲。


 機体の周囲を護衛する、四機の戦闘車両。


 座席は妙に柔らかく、冷たい飲み物まで用意されている。


 軍用車両というより、武装した高級リムジンだった。


「あの護衛も課金制なんだろうな……」


 迂闊にボタンを押さないよう、肘掛けから手を離した。


 ◇


 移動中、久しぶりに自分の状態を確認した。


《エイユ》


レベル:22


攻撃力:9(+0)


防御力:57(+50)


素早さ:12(+0)


【スキル】


保有スキル:6


【称号】


《原生を招く者》

原生生物との意思疎通・招集に補正


《滅びし教区からの巡礼者》

身分詐称・隠密行動に補正


《聖女が選んだ異端者》

高エネルギー耐性・瀕死時に精神力上昇


《災都の破戒学者》

鑑定情報・禁忌実験に補正


《黄金のカリスマ》【NEW】

商取引時の信用限度額が上昇・威圧効果+20%


 レベルは上がっている。


 しかし攻撃力も素早さも、ほとんど変わっていない。


 防御力に補正が効いているのは、今着ている服のおかげだろう。


 一見すると普通のジャケットだが、ヴェイル・ケミカルが開発した高強度繊維が組み込まれているらしい。

 

 値段はあえて聞かなかった。


 それよりも、いつの間にか称号が変わっている。


《学院特例研究者》は消えていた。


 代わりに表示されているのは、


《災都の破戒学者》


 だった。


「人の経歴を災害みたいにまとめるな」


 確かに学院の街を半壊させた。


 だが、俺が意図的にやったわけではない。


 研究に関する補正は残っている。


 ただし対象が《禁忌実験》にまで拡張されていた。


 まったくうれしくない成長だった。


 もう一つ。


《黄金のカリスマ》


 商取引時の信用限度額が上昇。


 威圧効果、二十パーセント増加。


「これ、俺の信用じゃなくてアマラの信用だろ」


 世界を救う前に、信用情報が他人名義で育っていた。


 ◇


 俺は座席にもたれ、《ソウル・シナプス・ハーモナイズ》を通じてアレイシアを呼び出した。


『なに?』


「これから、怪物について調べに行く」


『へえ。ようやく怪物退治をする気になったわけね』


「俺、今のままでそいつに勝てると思うか?」


『まぁ無理じゃない?』


「即答するなよ」


『だって、完全にビルドを間違えてるもん』


 アレイシアは面白がるように言った。


『即死以外は、会話、鑑定、威圧、精神操作、詩の朗読、それから記憶の上映会でしょ?』


「並べると、ものすごく戦闘に向いてないな」


『怪物を倒したい人間の構成じゃないよ。厄介な交渉人か、新興宗教の教祖って感じ』


「攻撃系のスキルを増やしたい」


『無理』


「なんで?」


『《アカシック・ソウル・シアター》で、貯めてた分を全部使ったから。当分、新しいスキルは取れないよ』


「あれ、そんなに高かったのか?」


『広範囲への精神接続と、記憶の再構成と、感情の同時共有だよ? 普通に上位スキル』


 名前だけでは、詩の発表会にしか聞こえなかった。


「じゃあ、どうやって怪物を倒せばいい?」


『倒す前提をやめたら?』


「え?」


『今のあんたなら、封印するとか、眠らせるとか。それこそ、お友達になるルートじゃない?』


「世界を滅ぼす怪物と?」


『できるかどうかは知らないけど』


「一番大事なところを投げるな」


『で、どこに向かってるの?』


「グラディエン」


 短い沈黙。


『あー……もう見えた』


「何が?」


『騙されるわ、あんた』


「まだ着いてもいないぞ」


『それで、全部失って追い出されて、ぴーぴー泣きながら連絡してくるんだわ』


 アレイシアは、わざとらしく泣き真似を始めた。


『アレイシアぁ~ん、異世界寂しいよ~。新しいスキルちょうだいよ~って』


「そんな言い方はしない」


『前も似たようなものだったじゃん』


「今度は違う。最初から何をする場所か分かって行くんだ」


『はいはい』


『でもまあ、使命に戻ってくれて、ありがとね』


 急に、声が少しだけ優しくなった。


「アレイシア?」


『頑張って』


 そこで接続が切れた。


「……なんなんだ、あいつ」


 言いたいことだけ言って切りやがった。


 ただ、最後の一言だけは、しばらく耳に残っていた。


 ◇


 要塞都市まで、残り数キロ。


 前方に巨大な防壁が見え始めたころ、意識の端に何かが触れた。


 獲物を切り刻もうとする、単純な衝動。


 原生生物だ。


 それだけではない。


 すぐ近くに、複数の人間の意識もある。


 緊張している。


 だが、恐怖はほとんど感じられなかった。


「車を止めてくれ」


 護衛を連れ、反応のあった岩場へ向かう。


 乾いた銃声が聞こえた。


 岩陰から様子を窺う。


 そこにいたのは、三メートルを超える巨大なムカデだった。


 黒光りする細長い胴体。


 その両側から、刃物のような脚が何十本も生えている。


 一歩進むたびに岩肌が削れ、白い傷が刻まれていた。


 ムカデと戦っているのは、二人の兵士だった。


 だが、あまりにも小さい。


 身体に不釣り合いな銃を抱え、互いに距離を取りながらムカデを挟み込んでいる。


「右へ誘導する!」


「了解。三秒後に脚を止める!」


 少年が連射する。


 ムカデが銃声を嫌い、進路を変えた。


 その先へ、少女が小型の杭を撃ち込む。


 杭から鋼線が伸び、無数の脚へ絡みついた。


 巨体が傾く。


 驚くほど高度な連携だった。


 だが、ムカデは倒れない。


 今にも、鋼線を刃のような脚で切断し、襲いかかりそうだ。


「危ない!」


 俺は岩陰から飛び出した。


「《万物を跪かせし絶対王者の威圧――キング・オブ・プレッシャー》!」


 空気が震えた。


 ムカデの動きが止まる。


 無数の脚が縮こまり、黒い巨体が後ずさった。


 俺と少年兵たちを交互に見たあと、身体を反転させる。


 そのまま岩山の向こうへ逃げていった。


「大丈夫か?」


 二人へ駆け寄る。


 怪我はなさそうだった。


 間に合った。


 そう思ったのだが。


「何してくれてんだよ!」


 少年が怒鳴った。


「え?」


「訓練の邪魔すんなよ! せっかくの遠足が台無しじゃねえか!」


「遠足?」


「今日中に原生生物を一匹仕留める課題だったの!」


 少女も頬を膨らませる。


「見つけるまで二時間もかかったのに」


「いや、でも今、食われそうになってただろ」


「そこから反撃する訓練だよ!」


 少年は当然のように言った。


 どうやら、やってはいけない手出しをしてしまったらしい。


「仕方ない。別のやつを探そう」


 少女が銃を担ぎ直す。


「あ~あ、もうちょっとだったのに、一匹も倒せてないじゃん」


 その途中で、少年が俺の顔を見た。


 足が止まる。


「……あれ?」


 じっと見つめてくる。


「パラサイト・ウォーリアーじゃね?」


「その呼び方、広まりすぎじゃない?」


「うわ、マジだ!」


 先ほどまで怒っていた顔が、一瞬で輝いた。


「本物じゃん! すげえ!」


「ほら、ちゃんとしなよ」


 少女が少年の脇腹を肘で突いた。


 それから自分の服を慌てて整え、背筋を伸ばす。


「わ、わたくし、グラディエン兵学校所属、初等候補生のターナーであります!」


 声が裏返っていた。


「き、記念映像の撮影をお願いしてもよろしいでしょうか!」


「急にどうした?」


「ファンなんです!」


 少女は首から下げていた端末を差し出した。


 少年は俺の手を取り、勢いよく握る。


「うわぁ、嬉しすぎるんですけど……」


 少年が興奮気味に続ける。


「あ、あれもやってもらっていいですか?」


「あれ?」


 少年が端末を取り出した。


 無駄に重々しい音楽。


 崩壊した学院を背景に、片腕へ包帯を巻き、顔を半分隠した男が立っている。


 どう見ても俺だった。


*『学院は私を追放したのではない』


 画面の中の俺が、不敵に笑う。


*『私の研究速度に、学院がついてこられなかったのだ』


 そんなことは言っていない。


*『この左腕か? 実験中に失った』


 包帯をほどくと、禍々しい機械の腕が現れる。


*『代わりに、もっと良いものを手に入れたよ』


 失ってない。


 俺の左腕は、今もここにある。


 動画の中で雷が落ちた。


*『アカデミアを追われし、禁忌の探究者――』


 炎を背負い、画面の俺が高らかに名乗る。


*『《災都の破戒学者》、エイユだ』


 やりたくない。


 これ絶対にやりたくない。


「これ、完全に俺が意図的に学院を壊したことになってない?」


「またまた。謙遜しなくていいんですよ」


「反省してるんだよ!」


 二人は楽しそうに笑った。


 少し前まで、巨大なムカデと殺し合っていた子供たちとは思えない。


「じゃあ、訓練に戻ります!」


 二人は銃を担ぐと、原生生物が逃げた方向へ走っていった。


 まるで、遠足の続きを楽しむ子供のように。


 ただし。


 背負っているのは弁当ではなく、実弾入りの自動小銃だった。


 ◇


 アマラからは、グラディエンの暗い部分についても聞かされている。


 幼い子供にまで戦いを強いる。


 兵士の労働環境は劣悪。


 戦力を高めるためなら、身体の機械化も、クローンの量産も、精神への処置もためらわない。


 兵士の労働環境については、どの口が言うんだという気もした。


 だが、危険な勢力であることは間違いない。


 それでも、これまでとは違う。


 何も知らずに保護されに行くわけではない。


 相手が何者なのか理解したうえで、必要な情報を引き出しに行くのだ。


 もう、簡単に利用されるつもりはない。


 たぶん。


 やがて、輸送車両が緩やかに減速した。


 前方を覆っていた赤茶けた丘陵が途切れる。


 その向こうに、巨大な壁が現れた。


 山脈を切り取って築いたような、黒い金属製の防壁。


 壁面には砲塔と発着場が並び、無数の戦闘機が上空を飛び交っている。


 その内側には、軍事施設だけではなく、高層建築や居住区、工場、緑地まで広がっていた。


 そして都市全体を、青白い光のドームが包み込んでいる。


 外の荒野とは完全に隔絶された、巨大な要塞都市。


 正門の上には、大きな横断幕が掲げられていた。


《ようこそ、英雄たちの国へ》


 その下を、同じ顔をした兵士たちが、寸分違わぬ歩幅で行進している。


「……英雄の国、ね」


 ◇


 輸送車両は速度を落とさないまま、開き始めた鋼鉄の門へ進んでいく。


 門を抜けると、その向こうには意外なほど普通の街が広がっていた。


 建物はどれも、外壁と同じ光沢のある金属で造られている。


 装飾は少なく、窓も小さい。


 見るからに頑丈で、いざとなれば一軒ずつが防壁として使えそうだった。


 華やかさはない。


 だが、貧しいわけでもない。


 必要なものだけを、壊れにくく、使いやすく造った街。


 そんな印象だった。


 通りを歩く人々も、飾り気のない服を着ている。


 妙にポケットが多く、腰には工具や小型端末が下げられていた。


 軍人ばかりかと思っていたが、酒場からは賑やかな笑い声が聞こえ、市場では商人たちが声を張り上げている。


 広場には簡素な格闘場が設けられていた。


 体格のいい男たちが大勢に囲まれ、素手で殴り合っている。


 喧嘩ではないらしい。


 攻撃が決まるたびに歓声が上がり、脇に立つ審判役が冷静に得点を数えていた。


 この国では、あれも娯楽であり、訓練なのだろう。


 やがて輸送車両が止まった。


 扉が開く。


 外へ降りると、見覚えのある人物が立っていた。


「ようこそ、パラサイト・ウォーリアー」


 聞き覚えのある声。


 そこにいたのは、死んだはずのシアーダだった。

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