第三十話 次なる目的地は軍事国家
第三十話 次なる目的地は軍事国家
大型モニターでは、『パラサイト・ウォーリアー』第二シーズンが放映されていた。
質素な礼拝堂。
主人公が倒れている。
その傍らに膝をついていたのは、白い法衣をまとった赤髪の少女だった。
名は、ミリー。
どう見ても、ミリアをモデルにしたキャラクターである。
*『どうか、この者の傷を癒やしたまえ』
ミリーが主人公の胸に手を置く。
淡い光が傷口を包み、流れていた血が止まっていく。
*『ミリー……どうして俺を助けた?』
*『苦しむ者に手を差し伸べるのが、神々の教えだからです』
*『俺は、お前たちの教団に異端者と呼ばれているんだぞ』
*『だからといって、見殺しにしてよい理由にはなりません』
ミリーは神々への信仰を失わない。
献身的で、慈悲深い。
敵に対してさえ、悔い改める機会を与えようとする。
第二シーズンでは、そんな彼女が教団から異端者の処刑を命じられ、
『異端を裁くこと』
と、
『苦しむ者を救うこと』
の間で葛藤するらしい。
「ずいぶん、露骨だな」
『そうかしら?』
通信画面の向こうで、アマラが優雅に紅茶を飲んでいる。
「名前がミリーで、赤い髪に白い法衣だぞ」
『よくある意匠よ』
「その脚本家、今月からヴェイル系列の制作会社に所属してないか?」
『才能に投資しただけ』
絶対に認めないつもりらしい。
アマラの狙いは、ミリアを有名にすることだけではなかった。
アニメ制作会社。
放送局。
玩具メーカー。
配信事業者。
出演俳優。
広告代理店。
ミリーというキャラクターに人気が出れば、それによって利益を得る人間が増える。
現実のミリアが処刑されれば、作品の展開にも、商品の売上にも影響が出る。
つまり、ミリアが生きている方が得をする人間を、世界中に作ろうとしているのだ。
それだけではない。
教義に背いた者を裁く聖女ではなく、教義と慈悲の間で苦しみながら、それでも人を救おうとする聖女。
そんな物語を先に広めることで、神々の僕そのものに、
『正しい信仰とは、厳格に裁くことではなく、慈悲を示すことではないか』
という価値観を持ち込もうとしている。
「アニメで国を変えるつもりか?」
『そんなに簡単なら苦労しない』
アマラは肩をすくめた。
『ただ、人間は初めて見た物語より、よく知っている物語に現実を当てはめるものよ』
「つまり?」
『先に、ミリアを理解するための物語を配っておくの』
「それって、洗脳じゃないのか」
『宣伝と言いなさい』
画面の中では、治療を終えたミリーが立ち上がっていた。
*『行きましょう』
*『待ってくれ、ミリー』
主人公が彼女の手を握る。
音楽が止まった。
二人の視線が重なる。
いかにも恋愛関係へ発展しそうな場面だった。
*『君は、俺にとって――』
*『大切な兄のような存在です』
「…………」
主人公の手が、そっと離された。
ミリーは慈愛に満ちた笑みを浮かべている。
*『これからも、信仰を同じくする兄妹として、ともに歩みましょう』
感動的な音楽が流れ始めた。
「ちょっと待て」
『何かしら?』
「こいつら、第一シーズンでは普通に恋愛っぽくなかったか?」
『気のせいよ』
「ミリー、主人公がほかの女と話してるだけで嫉妬してたぞ」
『未熟な少女が、家族愛を恋愛感情と取り違えていたのね』
「第二シーズンから急に“お兄様”って呼び始めたよな?」
『成長したの』
そのとき、画面の奥から、新しい女性キャラクターが現れた。
艶やかな髪。
高価そうな赤いドレス。
胸元には、大企業の紋章。
*『治療は終わったようね』
女は主人公の腕を取り、自分の方へ引き寄せた。
*『では行きましょう。あなたには、私と世界を変える仕事があるのだから』
「……この女、誰?」
『第二シーズンから登場した、人気キャラクターよ』
「ずいぶん、お前に似てるな」
『よくある意匠よ』
アマラは優雅に紅茶を口へ運んだ。
その向こうで、ミリーは二人を見送りながら、聖女らしい穏やかな笑みを浮かべていた。
恋愛感情など、最初から存在しなかったかのように。
ミリアを救うため、ミリーには徹底的な改変が加えられていた。
どうやら、その過程で守られたのは、彼女の命だけではなかったらしい。
◇
いざとなれば、ミリアを国外へ救出するための道もできた。
今はアマラが、ミリアの立場を少しでも改善できるよう動いてくれている。
ミリアについては、すぐに命を奪われるような状況ではない。
ならば今度こそ、アレイシアに頼まれた使命へ戻るべきだろう。
世界を救う。
言葉にすると壮大だが、いまひとつ実感がなかった。
俺のレベルは、いつの間にか二十になっている。
これが強いのか弱いのかは分からない。
使える能力は、《デッド・エンド・オブ・デス》による即死。
《ソウル・シナプス・ハーモナイズ》による原生生物との意思疎通と操作。
それから《キング・オブ・プレッシャー》による威圧。
残りは、鑑定したり、詩を朗読したり、他人の恥ずかしい記憶を大衆へ公開したりする能力だ。
最後の一つは、別の意味では恐ろしく強い気もする。
だが、戦闘にはほとんど役に立たない。
アレイシアが言っていた。
やがて、怪物が目を覚ます。
これまで出会った原生生物とは比べものにならないほど強大で、この世界の生命をすべて滅ぼす怪物。
そんなものを相手に、今の俺が勝てるとは思えなかった。
頭に浮かんだのは、ヴェレスティンとの戦いで地中から現れた黒曜石の戦士たち。
そして、坑道の奥で突然目覚めた、亀と蛇と阿修羅を無理やり合体させたような怪物。
どちらも、普通の原生生物とは何かが違っていた。
あれが、怪物の目覚めの前触れだったのだろうか。
肝心の怪物がどこにいるのか。
いつ目覚めるのか。
どうすれば止められるのか。
アレイシアに聞いても、返ってきたのは「分かんない」という、女神にあるまじき回答だけだった。
結局、自分で調べるしかない。
◇
「近年、原生生物の活動が活発になっているのは事実よ」
俺の話を聞いたアマラは、机の上に複数の資料を表示した。
原生生物による被害件数。
新たに確認された巣の分布。
各地で観測された、大規模な地殻振動。
どの数値も、ここ数年で右肩上がりになっている。
「ただし、それがあなたの言う怪物と関係しているかは分からないわ」
「何か知ってそうな人はいないのか?」
「候補は三つね」
アマラが指を立てる。
「アカデミア統合理院のソフィヤ。緑環同盟のセレスタ。そして、軍事勢力」
どれも、ろくな思い出がなかった。
ソフィヤの学院からは、実質的に追放されている。
俺のせいで学院は大きな被害を受け、ソフィヤにとって家族同然だったARIAまで壊れてしまった。
今さら戻っても、歓迎されるとは思えない。
セレスタ率いる緑環同盟は、原生生物との共存を目指しており、俺の能力を狙っているらしい。
以前、シアーダから聞いた話では、彼女は人間と原生生物を融合させる研究まで行っているらしい。
そんな場所へ自分から出向けば、帰るころには体の半分くらいが蟹になっているかもしれない。
残るのは、グラディエンだった。
彼らは世界でも特に原生生物の活動が激しい地域に拠点を築き、絶えず討伐を続けているという。
突然現れた強力な個体について、発生場所や共通点をつかんでいる可能性は高い。
「そういえば」
アマラが机の引き出しを開けた。
取り出したのは、白い金属板だった。
表面には、無数の人間が円を描く紋章が刻まれている。
「あなた宛てに、招待状が届いているわ」
「俺に?」
「人民秩序共同体。《メイ》からよ」
人民秩序共同体。その名前には聞き覚えがあった。
学院の地下シェルターで、俺を騙した組織だ。
アマラによれば、人民秩序共同体は、個人よりも共同体全体の幸福を優先する勢力らしい。
富も、労働も、知識も、身体さえも共同体の資源として分配する。
生まれや才能による格差をなくし、すべての人間を一つの社会機構として機能させることを理想としている。
説明だけなら、平等で素晴らしい組織にも聞こえる。
「あなたの能力を高く評価しているそうよ。ぜひ共同体のために役立ててほしい、と」
「行かない」
ほとんど反射的に答えた。
アマラが満足そうにうなずく。
「賢明ね」
「そもそも、学院で俺を騙してセキュリティを解除させたのも、そいつらなんだろ?」
「以前、そう説明したわよね」
「招待じゃなくて、犯行予告じゃないか」
「彼らに悪意はないと思う」
「それが一番怖いんだよ」
共同体の利益になるから、俺を騙した。
俺を利用することが全体の幸福につながるなら、彼らは同じことを何度でもするだろう。
「一度入れば、帰れない可能性もある。それに、あなたが探している怪物について、彼らが有力な情報を持っているとは思えない」
アマラは招待状を指先で弾いた。
白い金属板が、机の上を滑っていく。
「では、グラディエンへ行く」
俺がそう告げると、アマラの指が止まった。
「グラディエンは軍事国家よ。使えるものは何でも兵器にする。あなたの能力を知れば、兵器利用するかも」
「シアーダには助けてもらった」
「ここにいればいい」
アマラは言った。
「必要な情報は私が集める。装備も、研究者も、軍隊も用意できる。あなたが自分で危険な場所へ行く必要はない」
「俺の使命なんだ」
「誰に与えられた使命?」
「アレイシアに」
「正体の分からない女の頼みで、世界で最も危険な軍事国家へ行くの?」
「それでも行く」
俺はアマラの目を見た。
「ミリアのことが片づいたら、今度こそ世界を救うって決めたんだ。何もしないで怪物が目覚めるのを待つわけにはいかない」
アマラは何も言わなかった。
《ソウル・シナプス・ハーモナイズ》を使わなくても分かる。
その目に浮かんでいるものが、以前とは違うことくらい分かった。
利益を失うことへの警戒ではない。
手に入れたものを、また失うことへの恐怖。
アマラは俺を利用したい。
それは間違いない。
それ以上に、本当は、俺をここに置いておきたいのだ。
危険な軍事国家になど行かせず、この街の、彼女の目が届く場所に。
金も、部屋も、仕事も与えて。
俺が出ていく理由を、一つずつ買い取ってしまいたい。
けれど、アマラはそれを口にしなかった。
しばらく俺を見つめたあと、困ったように息を吐く。
「そう」
彼女は髪をかき上げ、いつもの余裕に満ちた笑みを浮かべた。
「そこまで言うなら、止めないわ」
「いいのか?」
「自分の使命を果たそうとする男を、泣いて引き留めるような女に見える?」
「いや、泣くとは言ってないけど」
「見えないわよね?」
「はい」
妙な圧を感じて、思わずうなずいた。
「ただし、グラディエンとの交渉は私を通しなさい。移動手段と護衛も用意する。装備費用もこちらで負担するわ」
「また後から出演料を請求しないよな?」
「それは別会計よ」
「請求するんじゃねえか」
アマラは答えず、机の上に新たな画面を開いた。
既にグラディエンとの通信窓口と、移動経路の候補が表示されている。
止めないと決めた瞬間には、送り出す準備を始めている。
そういうところは、やはりアマラだった。
「エイユ」
画面を操作しながら、彼女が言った。
「行くからには、役目を果たしてきなさい」
「ああ」
「それから――」
アマラは一瞬だけ言葉を止めた。
「必ず戻ってきて。あなたには、まだ働いた分を返してもらっていないもの」
「借金みたいに言うなよ」
「借金より高価よ」
彼女は微笑んだ。
最後まで、行くなとは言わなかった。
アマラ編、これにて終了です。
今回はギャグを多めに入れられて、書いている側もかなり楽しい章でした。
次回からは軍事国家編です。
エイユが死なない程度にひどい目に遭い、スーパーパワーアップする予定です。
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