第二十六話 AMARA BLACK(後編)
俺は武装一覧を開いた。
価格の横に表示されていた警告は、すべて消えている。
「高出力プラズマ砲、起動」
《高出力プラズマ砲:980,000 Cr》
《ご利用ありがとうございます》
機体の右腕に、青白い光が集まる。
「撃てえええええッ!」
閃光が坑道を貫いた。
迫っていた蛇腕の頭部が、一瞬で消し飛ぶ。
遅れて爆音と熱風が押し寄せた。
《980,000 Cr》
「はっ……」
百万円近い数字が表示される。
だが、自分の口座ではないと思うと、不思議なほど心が穏やかだった。
「次だ!」
『あんた、正気じゃないよ!』
マリワナが叫ぶ。
『臓器でも売るつもり!?』
残った三本の蛇腕が、同時に襲いかかる。
《戦闘予測AI:起動》
《198,000 Cr》
敵の軌道が、赤い線となって視界に表示された。
右へ二歩。
左腕を下げる。
機体を半回転。
巨大な蛇腕が、紙一重で俺の機体を通り過ぎる。
遅い。
先ほどまで、まるで目で追えなかった攻撃がはっきりと見える。
「もう一発!」
《高出力プラズマ砲:980,000 Cr》
青白い光が、怪物の上半身を貫いた。
複数の顔を持つ戦神の胴体が、半分ほど消滅する。
「はっはっ……!」
俺は思わず笑っていた。
『兄貴、どうしちまったんだ!?』
「オーバークロックも最大まで入れろ!」
『一秒三千クレジットだぞ!』
ラッツが悲鳴を上げる。
「知るか!」
出力制限をすべて解除する。
機体の各部から白い蒸気が噴き出した。
「アマラだ!」
アビス・マハーカーラが咆哮する。
傷ついた巨体を持ち上げ、こちらへ突進してきた。
俺は最後の武装を選択する。
《超深層粉砕機構――ゴールデン・メガドリル》
《利用料金:3,800,000 Cr》
《掘削対象に生体反応が存在します》
《追加清掃料金が発生する場合があります》
「全部まとめて請求しろ!」
《ハイローラー》の左腕が展開する。
内部から現れたのは、機体そのものより巨大な金色のドリルだった。
高速回転を始め、坑道を金色の光が照らす。
「これで――」
全推進器を起動する。
怪物の正面へ突っ込む。
「終わりだあああああッ!」
金色のドリルが、アビス・マハーカーラの甲羅へ突き刺さった。
凄まじい衝撃。
岩盤が割れ、地下空洞全体が揺れる。
分厚い甲羅に亀裂が走り、内部から光があふれた。
次の瞬間。
山のような巨体が、内側から粉々に吹き飛んだ。
◇
すべてが終わった。
ヒマラヤの機体を起こし、損傷した仲間を支えながら坑道を出る。
負傷者はいた。
壊れた機体も少なくない。
それでも、死者は一人も出なかった。
地上へ戻ると、全員の端末へ成功報酬が振り込まれた。
《未開発鉱区開放報酬:800,000 Cr》
「八十万……」
続いて、利用料金の精算が始まる。
作業員たちの口座から、弾薬費、修理費、プラン料金が次々と差し引かれていった。
『俺の手取り、三万しか残ってねえ……』
『アタシは一万二千』
『四百クレジット……』
ヒマラヤが呟く。
命懸けで働いたのに、ほとんど残っていない。
一方、俺の画面には八十万クレジットが、そのまま残っていた。
利用料金の請求先は、すべてアマラの口座。
俺だけ、八十万クレジットまるまる貰っていいんだろうか
自然と、その言葉が出た。
「……今日は俺のおごりだ!」
作業員たちが一斉にこちらを見る。
「全員、好きなだけ飲んでくれ」
『さすが兄貴だああああッ!』
ラッツの歓声が、鉱山事務所中に響き渡った。
◇
その夜。
俺たちは事務所近くの酒場で飲み明かした。
油と煙草の匂いが染みついた店。
安い酒。
大きすぎる笑い声。
誰かが机を叩いて拍子を取り、ラッツが即興の歌を始める。
俺を遠巻きに見ていた作業員たちも、今では肩を組み、酒を注いできた。
少し前まで、俺はこいつらと絶対に仲良くなれないと思っていた。
今は、不思議なくらい居心地がよかった。
隣の椅子に、マリワナが腰を下ろす。
煙草へ火をつけ、深く吸い込んだ。
「一時はどうなるかと思ったよ」
「俺もだ」
「あんた、変なやつだと思ってたけど、結構男らしいところあるじゃないか」
「途中からはアマラの金を撃ってただけだけどな」
「何?」
「機体に登録されてた支払い口座、アマラのだったんだ」
「……アマラね」
マリワナの声色が、少しだけ変わった。
「会ったことがあるのか?」
「昔、孤児院で一緒だった」
「アマラと?」
「ああ。まだ、あの子が何者でもなかったころにね」
マリワナは煙を吐きながら、懐かしそうに目を細めた。
「あのころは、リディアちゃん、リディアちゃんって、いつもアタシの後ろをついてきたもんさ」
「リディア?」
「アタシの本名」
あのアマラが、誰かの後ろをついて歩いていた。
今の姿からは想像できない。
「親に捨てられたんだって。たぶん、ずっと愛情に飢えてたんだろうね。夜になると、一人で眠れないってアタシのベッドへ潜り込んできた」
「本当にアマラの話か?」
「今じゃ信じられないだろ?」
マリワナは笑った。
「でも、あの子は昔から頭がよかった。それに、顔もよかった。孤児院を出てから舞台へ立って、女優になって、名前を売って……気づいたら会社をいくつも買ってた」
「女優からCEOになったのか」
「その間にも、いろいろあったんだろうさ。アタシが知ってるのは、貧民街から出るまでだよ」
マリワナは、短くなった煙草を灰皿へ押しつけた。
「貧しい場所じゃ、人は簡単に裏切る。昨日まで家族みたいにしてた相手でも、食い物一つで売ることがある」
「……ああ」
「だから、あの子は裏切らないものが欲しかったんじゃないかね」
「裏切らないもの?」
「金だよ」
マリワナは新しい煙草を取り出した。
「金は愛してくれない。でも、持っている間は決して態度を変えない。払った分だけ働くし、積み上げた分だけ力になる。あの子には、そういうものが必要だったんだろう」
マリワナは少し考えたのち、つぶやいた。
「でも、案外、根っこは変わってないのかもね。院長先生が言ってたよ。今でも毎月、アマラの会社から振り込まれてくるって。本人はただの投資だって言い張ってるらしいけど」
アマラの言葉を思い出す。
安全も。
名声も。
愛情も。
十分な対価さえ支払えば、何でも手に入る。
単なる金持ちの傲慢さだと思っていた。
だが、あれは彼女なりにたどり着いた、生き方だったのかもしれない。
◇
酒場から出て、帰りのリムジンの中でアマラから通信が入った。
『エイユ! 大成功よ!』
声が弾んでいる。
『調査結果が出たわ。あの鉱脈には、高純度のエネルギー資源が大量に埋蔵されている。予想収益は当初計画の三倍以上よ!』
「それはよかった」
『ソウル・フライも完全に排除できた。死者もゼロ。広報部には、今回の作戦をドキュメンタリー化するよう指示したわ』
「俺たちが助かったのは、装備に金をかけたからだ。そこはちゃんと入れてくれよ」
『もちろん。“ヴェイル・グループの惜しみない安全投資が、すべての労働者を救った”という構成にする予定よ』
「そこまで言ってない」
『細部は演出に任せて』
アマラは上機嫌だった。
俺は少し迷ってから口を開く。
「今日、マリワナから昔の話を聞いた」
短い沈黙。
『……そう』
「リディアちゃんから離れなかったって」
『その話は忘れなさい』
「一人で眠れなくて、ベッドに――」
『忘れなさい、エイユ』
声が急に低くなった。
『それで、全員無事なの?』
「ああ。けが人はいるけど、死人はいない」
『そう』
アマラは短く答えた。
その声が、ほんの少しだけ柔らかくなった気がした。
『では、請求内容を確認しましょうか』
「え?」
『私のエグゼクティブ口座を、戦闘用機体の決済先に使ったわよね?』
『高出力プラズマ砲、二発』
「必要経費だ」
『オーバークロック、百八十七秒』
「必要経費だ」
『ゴールデン・メガドリルに、生体対象追加料金と坑道清掃料金』
「それも必要経費だ」
『そう』
アマラは優しく笑った。
『無断で使った分は、あなたの出演料から差し引くから』
「出演料?」
『それじゃあ、おやすみなさい。E-YU』
「待て。何の出演料だ?」
通信は切れた。




