第二十六話 AMARA BLACK(前編)
長くなったので分割しました。内容は以前と同じです。
「なんだ……?」
最初に気づいたのは、音だった。
地下のさらに奥深くから、何かが岩盤を叩いている。
一定の間隔で、重い衝撃が坑道全体を揺らす。
「なんだよ、あれ……」
地面が大きく盛り上がった。
岩盤が砕け、泥と鉱石が噴き上がる。
その中心から、山と見間違えるほど巨大な怪物が生まれてきた。
基部は、無数の棘に覆われた亀に似ている。
厚い甲羅の上には、複数の顔を重ねた古代の戦神を思わせる上半身がそびえていた。
両肩から伸びているのは、人間の腕ではない。
大蛇のようにうねる、四本の巨大な触腕。
その表面は黒い金属質の鱗で覆われ、先端には牙の並んだ口が開いている。
生き物なのか。
判別できない。
だが、これまでに見た原生生物とは、明らかに格が違う。
『おいおい……聞いてねえぞ』
ラッツの声から、いつもの威勢が消えている。
『あれと戦うなんて、契約書には書いてなかったよね?』
マリワナも動揺していた。
俺には、もう強力なスキルを使う余力が残っていない。
それでも、敵の情報だけは確認しなければならない。
「――アカシック・アナライザー……!」
頭の奥に、鈍い痛みが走る。
視界に情報が浮かびかけ、何度も乱れた。
《地殻を喰らう四蛇機神――アビス・マハーカーラ》
攻撃力:高い
防御力:硬い
素早さ:まあまあ
《説明:すごく強い。》
残った気力が足りないのか、表示はこれだけだった。
うん、それは見ればわかる。
借金の残高が頭をよぎる。
「あんた、しっかりしな!」
マリワナの怒鳴り声が通信へ割り込んだ。
『みんな、クレジットはどれくらい残ってる?』
『もう、すっからかんだぜ、ブラザー……』
ラッツが答える。
『追加ローンも下りねえ。さっき弾詰まり直すのに最後の四千八百クレジット使っちまった』
『クレジット……ない』
ヒマラヤが短く言った。
『アタシももう残りは少ないよ。あんなのを相手にしたら、命より先に口座が死ぬ』
マリワナは即座に判断した。
『全員、撤退! 走れる機体から出口へ向かいな!』
◇
俺たちは一斉に怪物へ背を向けた。
坑道の出口へ向かって走り出す。
背後から、岩盤が砕ける音が迫ってくる。
アビス・マハーカーラの四本の蛇腕が、坑道の壁を削りながら伸びていた。
そのとき。
後方で、金属の激突音が響いた。
『……転んだ』
ヒマラヤだった。
彼の《ハイローラー》が足元の岩へつまずき、横倒しになっている。
『ごめん……』
蛇腕の一本が、大きな口を開けてヒマラヤへ迫る。
『くそっ、この馬鹿が!』
マリワナが引き返した。
ヒマラヤの前へ立ちはだかり、高性能徹甲弾を乱射する。
ダダダダダダダダッ!
弾丸の雨を受け、蛇腕の動きがわずかに鈍る。
『ヒマラヤ! 早く立ちな!』
マリワナの残高が、銃声に合わせて減っていく。
蛇腕は止まらない。
このままでは、二人とも殺される。
「やるしかない……!」
俺は蛇腕の奥にある本体を睨んだ。
「因果を断ち命脈を絶つ終焉魔眼――デッド・エンド・オブ・デス!」
頭の中に激痛が走る。
視界が白く染まり、鼻から血が流れた。
だが。
アビス・マハーカーラは止まらない。
そもそも、こいつに死という概念があるのか。
自分が生きていると理解しているのかさえ分からない。
「くそっ!」
俺もローン融資額を目いっぱい使って、徹甲弾を撃つ。
ダダダダダダダダッ!
蛇腕の鱗に弾かれる。
残高が見る見るうちに消えていく。
駄目だ。
押し返せない。
「何か……何か機能はないのか!」
俺は操縦画面を手当たり次第に押した。
武装一覧。
プラン変更。
融資申請。
どれも残高不足か利用上限を知らせる警告が表示される。
焦って触れた指が、画面の隅にある《アカウント情報》を開いた。
《PAYMENT METHOD》
《AMARA EXECUTIVE ACCOUNT》
《**** 0001》
「……え?」
見覚えのある文字だった。
『代金はいただきません。すべて、アマラ様の口座へ請求するよう承っております』
ブティックでのやり取りが脳裏によみがえる。
服。
時計。
装飾品。
あれらはすべて、アマラの口座へ請求されていた。
では、この機体も?
「おい……」
口元が、自然に歪んだ。
「これって……アマラ払い?」
俺はプラン選択画面を開いた。
これまで、あまりの価格に触れることさえ避けていた最上位プラン。
《AMARA BLACK》
迷わず選択する。
《料金プランがAMARA BLACKへ変更されました》
《契約者情報を確認》
《アマラ・ヴェイル最高経営責任者のエグゼクティブ特典が適用されます》
《融資上限が撤廃されました》
《すべての武装、戦闘支援機能および採掘機能を解放します》
操縦席の照明が、金色へ変わった。
機体の各部から重い駆動音が響く。
それまで隠されていた武装が展開され、無数の照準情報が視界を埋め尽くした。
そして、坑道中へ高らかな音楽が鳴り響く。
『ヴェイル重工は、創業以来百二十年にわたり、人類へ安全と発展を提供してきました』
『危険の先に利益がある限り、私たちはあなたを前進させます』
『妥協なき性能。制限なき火力』
『ヴェイル重工――生存を、もっとスマートに』
倒れたままのヒマラヤが、目を見開いた。
まるで神の降臨を見るように、金色に輝く俺の《ハイローラー》を見つめている。
『AMARA BLACKだ……』
俺は武装一覧を開いた。
価格の横から、警告の表示がすべて消えていた。




