第二十五話 命は助かった。経済状況は死んだ
第二十五話 命は助かった。経済状況は死んだ
作戦当日。
俺たちは搭乗型採掘機に乗り込み、未開発鉱区へ向かっていた。
参加するのは俺とラッツ。
コーンロウの髪に、いつも煙草をくわえている女――マリワナ。
スキンヘッドでほとんど表情を変えない巨漢――ヒマラヤ。
そのほか、採掘作業員と護衛を合わせて数十名。
全員、妙に機嫌がよかった。
『八十万だぞ、八十万! こんな額を積まれたのは初めてだ!』
通信機から、作業員の声が聞こえる。
『多少弾ァ撒いたって、お釣りが来るぜ!』
『帰ったら一週間遊んで暮らせるな!』
『一週間だけかよ。俺なら三日は遊べる!』
『短くなってんじゃねえか!』
鉱区を開放した場合、作業員一人あたり八十万クレジットの成功報酬が支払われる。
この世界へ来てから、まともに金を稼いだことのない俺には、それがどれほどの額なのか実感できなかった。
ただ、学院のビールなら二千杯以上飲める。
すごい金額なのだろう。
「兄貴! 八十万入ったら何に使います?」
隣を歩くラッツの機体から通信が入る。
「その前に、俺名義の借金がないか調べる」
『……兄貴、過去に何やったんすか?』
「何もしてないから怖いんだよ」
『深いな……』
◇
やがて、巨大な坑道の入り口が見えてきた。
黒く裂けた岩盤。
その周囲には、牙のように尖った鉱石が不規則に突き出している。
現地の作業員からは、《悪魔の虫歯》と呼ばれているらしい。
俺たちが入り口の前へ集合すると、《ハイローラー》の操縦席に通知が表示された。
『特定サービスエリアを離れました』
『これより《ハイローラー》は、都市圏定額プランの対象外となります』
『圏外運用料金として、一時間あたり一〇〇〇クレジットが発生します』
「乗ってるだけで金を取られるのか?」
続いて、新たな画面が開く。
《基本プランを選択してください》
【基本プラン】
-----------------------------
[FREE]月額 0 Cr
歩行・運搬・手掘り補助のみ
武器使用不可
-----------------------------
[BASIC]月額 9,800 Cr
採掘AI
地質スキャン Lv1
軽火器解禁
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[PRO]月額 39,800 Cr
戦闘AI
地質スキャン Lv2
自動照準
重火器解禁
-----------------------------
[AMARA BLACK]月額 498,000 Cr
全機能解放
「生存率を最大化します」
-----------------------------
『なお、基本プランのほか、ご利用の機能に応じて従量課金が発生します』
「従量課金?」
嫌な予感がした。
詳細を開く。
《武装・従量料金》
-----------------------------
7.5mm作業用機関銃:35 Cr/発
12.7mm重機関銃:180 Cr/発
徹甲弾:650 Cr/発
高性能徹甲弾:2,400 Cr/発
グレネード:8,500 Cr/発
対装甲ミサイル:180,000 Cr/発
プラズマ砲:320,000 Cr/発
高出力プラズマ砲:980,000 Cr/発
緊急戦術弾頭:8,500,000 Cr/発
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「戦術弾頭を一発撃ったら、成功報酬が十人分消えるぞ」
画面はまだ続く。
《採掘機能》
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通常掘削 80 Cr/分
高速掘削 600 Cr/分
鉱脈スキャン 1,500 Cr/回
高精度スキャン 12,000 Cr/回
地下空洞解析 18,000 Cr/回
自動採掘AI 980 Cr/分
-----------------------------
その下には、目を凝らさなければ読めないほど小さな文字が流れている。
《免責事項:《ハイローラー》の使用中に発生した死亡、負傷、精神汚染、寄生、捕食、溶解、四肢欠損、記憶喪失、その他一切の損害について、ヴェイル重工は責任を負いません――》
「捕食まで免責に入ってるんだけど」
『兄貴、プランどうします?』
「FREEだ」
今回は、俺の能力でソウル・フライを追い払うのが目的だ。
採掘や護衛は、ほかの作業員に任せればいい。
何より無料である。
《FREEプランが選択されました》
《広告表示に同意すると、移動速度を五パーセント向上できます》
「結構です」
◇
坑道の内部は、想像以上に広かった。
何十機もの《ハイローラー》が並んで歩いても余裕がある。
天井は学院の大講堂よりも高く、機体の照明を向けても奥までは見えない。
最初から大型機械を入れることを想定して掘られた坑道らしい。
操縦席の右下には、現在の利用料金が表示されていた。
《現在のご利用料金:1,283 Cr》
まだほとんど何もしていないのに、数字が少しずつ増えている。
「気にしたら負けだ」
そう思った直後。
前方の岩陰から、ムカデに似た怪物が数匹飛び出した。
黒い甲殻。
無数の脚。
《ハイローラー》の胴体へ届くほど巨大な顎。
『敵襲!』
護衛機の機関銃が一斉に火を噴いた。
ダダダダダダダダッ!
弾丸が甲殻へ当たり、火花を散らす。
だが、効いていない。
『通常弾じゃ抜けねえ! 徹甲弾を使え!』
銃声が、さらに重くなる。
ギシャアアアアッ!
徹甲弾に甲殻を撃ち抜かれ、ムカデが緑色の体液をまき散らして倒れた。
別の一匹が、味方の機体へ巻きつく。
無数の脚が装甲へ食い込み、金属の軋む音が通信越しに響いた。
『誰か、こいつを剥がしてくれ!』
俺は怪物へ照準を合わせる。
「因果を断ち命脈を絶つ終焉魔眼――デッド・エンド・オブ・デス!」
ムカデの動きが止まった。
甲殻に覆われた身体から、一斉に力が抜ける。
自分が死んだと認識した肉体は、味方の機体から剥がれ落ち、そのまま動かなくなった。
『おお……』
マリワナが、驚いたような声を上げた。
『それが噂のスキルか。すごいね』
「名前のことじゃないよな?」
『もちろん、効果のことだよ』
一瞬の間があった。
絶対に名前のことも含んでいる。
頭の奥に、鈍い痛みが走った。
即死スキルは強力だが、何度も使えるものではない。
本命のソウル・フライに備え、できる限り温存したほうがいいだろう。
《プランをBASICへ変更しますか?》
「……変更する」
《9,800 Crを決済しました》
無料へのこだわりは、入坑から十五分で崩れた。
◇
『エイユ……あそこ』
それまでほとんど話さなかったヒマラヤが、前方を指さした。
岩壁に、銀色の粘液のような塊がこびりついている。
表面が不規則に脈打ち、内側では無数の細長い影がうごめいていた。
ソウル・フライの巣だ。
俺は機体の外部音声を最大にする。
「魂魄を束ねし神経共鳴――ソウル・シナプス・ハーモナイズ!」
巣の内側にいる無数の意識へ接続する。
敵意。
飢え。
侵入者への強い興味。
それらを押し返し、単純な命令を叩き込む。
ここから離れろ。
遠くへ行け。
生きているものへ近づくな。
銀色の群れが、一斉に巣から飛び出した。
『うわああああッ!』
『ソウルだ! 来るぞ!』
作業員たちが悲鳴を上げ、武器を構える。
「撃つな! 大丈夫だ!」
ソウル・フライは俺たちの頭上を通過する。
誰一人として襲わず、坑道の外へ向かって飛び去っていった。
静けさが戻る。
『……本当に追い払いやがった』
『兄貴、最高だぜ!』
残された卵は、生体汚染除去用のレーザーで焼却することになった。
《生体汚染除去レーザー:3,000 Cr/分》
卵を焼くのにも金がかかるのか
◇
残存するソウル・フライの巣を探索するために、さらに奥へ進む。
しばらくすると、羽蟻に似た大型生物の群れが現れた。
一匹あたりの体長は二メートル近い。
五十匹以上が、天井と壁を埋め尽くしている。
『数が多すぎる!』
BASICプランの手動照準では、飛び回る敵を捉えられない。
弾丸も十分な威力がなく、何発当てても落ちなかった。
《PROプランへアップグレードすると、自動照準および重火器を利用できます》
「分かったよ! PROだ!」
《差額30,000 Crを決済しました》
照準が自動的に羽蟻を追尾する。
先ほどまでの苦戦が嘘のように、弾丸が次々と命中した。
「金を払うと急に当たるな!」
連射を続けていると、突然、銃が動かなくなった。
《警告:給弾機構に異常が発生しました》
《弾詰まり自動解除:4,800 Cr》
《手動で解除する場合の予想作業時間:十二分》
「故障を直すのにも金を取るのかよ!」
《早期復旧割引は、残り八秒です》
「解除!」
《4,800 Crを決済しました》
考える時間まで課金対象だった。
◇
羽蟻の群れを退け、さらに坑道の奥へ進む。
そこには、巨大な地下空洞が広がっていた。
岩の割れ目から水が流れ込み、黒い水溜まりを作っている。
俺たちが空洞の中央へ差しかかったとき。
泥の中から、何かが飛び出した。
体長は十メートル近い。
サンショウウオを、そのまま怪物じみた大きさにしたような姿。
黒い背中には赤熱する鉱石状の突起が並び、暗闇の中で呼吸するように明滅している。
腹を地面へ擦りつけながら、岩を砕く鉤爪を備えた六本の脚で泥の中を這い進んでいた。
一匹ではない。
二匹。
三匹。
水溜まりの各所から、五匹以上が姿を現した。
「万象を見通す深淵の叡眼――アカシック・アナライザー!」
《冥府穿ちの腐竜――アビス・サラマンドラ》
《レベル:30》
《攻撃力:100》
《防御力:250》
《素早さ:200》
「速くて、硬い……嫌がらせかよ!」
『来るぞ!』
全機が銃撃を開始する。
ダダダダダダダダッ!
弾丸は命中している。
だが、黒い皮膚の表面をわずかに削るだけだ。
アビス・サラマンドラは巨体からは想像できない速度で横へ飛び、泥の中を駆け回る。
《AI照準補正+30%/五分:19,800 Cr》
「追加!」
《19,800 Crを決済しました》
照準の追従速度が上がる。
徹甲弾を浴びせるが、ダメージが浅い。
「高性能徹甲弾に切り替える!」
《高性能徹甲弾:2,400 Cr/発》
ダダダダダダダダッ!
操縦席の隅で、数字が跳ね上がる。
《24,000 Cr》
《48,000 Cr》
《72,000 Cr》
『兄貴、撃ちすぎだ!』
「止めたら食われるだろ!」
一匹が銃撃をかいくぐり、俺の機体へ体当たりした。
操縦席が大きく揺れる。
《警告:右側装甲が損傷》
《空調システムの出力が低下しています》
《有毒大気の侵入まで、推定二分四十秒》
『修理! 早く!』
《緊急修理:29,800 Cr》
《または、十五秒間の広告を視聴すると無料で修理できます》
「戦闘中だぞ!?」
目の前に映像が強制表示された。
『鉱山労働者の皆様へ――疲れた身体に、プラズマ・エナジードリンク!』
「今じゃない!」
『一日分の必須栄養素と、法定上限ぎりぎりの覚醒成分を配合!』
広告の向こうで、アビス・サラマンドラが突進してくる。
「早く終われ!」
『今なら二十四本セットが、驚きの――』
《広告の視聴が完了しました》
《緊急修理を実行します》
空調の出力が戻る。
しかし、怪物は目前まで迫っていた。
「ミサイル!」
《対装甲ミサイル:180,000 Cr》
「撃て!」
機体の肩から、ミサイルが発射された。
ドンッ!
爆炎が地下空洞を照らす。
直撃を受けた一匹が吹き飛び、泥の上へ倒れた。
『一匹やったぞ!』
「もう一発!」
『待て待て待て! 今ので十八万だぞ!』
「じゃあ、こっちだ!」
俺は次の一匹を睨みつける。
「因果を断ち命脈を絶つ終焉魔眼――デッド・エンド・オブ・デス!」
アビス・サラマンドラの脚が止まる。
巨大な身体が泥の上へ崩れ落ちた。
同時に、頭の奥へ針を突き刺されたような痛みが走る。
「ぐっ……」
もう限界だ。
これ以上、即死スキルは使えない。
残った怪物が、味方の機体へ襲いかかる。
「もう一度ミサイルを!」
《対装甲ミサイルを使用しますか?》
《発射料金:180,000 Cr》
《[発射] [キャンセル]》
「発射!」
《残高が不足しています》
「は?」
《Veil Emergency Creditをご利用いただけます》
《融資限度額:2,000,000 Cr》
《実質年率:18.9%》
「いや、今、敵が来てるんだけど!?」
《返済期間を選択してください》
「一番長いやつ!」
《利用規約を最後までお読みください》
「同意する! 全部同意する!」
《ローン契約が成立しました》
《対装甲ミサイルを発射します》
ミサイルが飛ぶ。
迫っていた怪物へ直撃し、巨体を吹き飛ばした。
残る個体も、ほかの作業員たちの集中砲火によって倒れていく。
やがて、地下空洞に静けさが戻った。
「終わった……」
俺は操縦席へもたれかかる。
「終わったよな……?」
画面の隅に、今回の利用明細が表示された。
《現在のご利用料金:1,147,630 Cr》
《Veil Emergency Creditご利用残高:347,630 Cr》
《次回返済日まで:三十日》
「完全に赤字だ……」
成功報酬は八十万。
採掘を始める前から、三十四万七千六百三十クレジットの借金を背負った。
命は助かった。
だが、俺の経済状況は死んだ。
そのとき、地の底から低い振動が響いた。
画面に、短い警告が表示される。
《震源が、こちらへ移動しています》




