第二十四話 大型新人ラッパー、E-YU
第二十四話 大型新人ラッパー、E-YU
翌日。
俺は鏡の前で、例の服に袖を通した。
黒地に金色の刺繍が入った派手なシャツ。
首には太い金のチェーン。
片腕には、無駄に大きくて高そうな時計。
仕上げに黒いサングラスをかける。
「…………」
どう見ても堅気ではない。
だが、今日に限ってはこれでいい。
相手の世界を理解する。
力を尊ぶ者には、力を見せる。
アマラの言葉を実践するのだ。
◇
鉱山へ向かう車内では、重低音の効いたギャングスタ・ラップを流した。
意味はよく分からない。
だが、ずしりと響く低音を聞いているうちに、昨日までの俺とは違うような気がしてきた。
窓へ映る自分の顔を見る。
これから採掘機の訓練へ行く人間の顔ではない。
縄張り争いへ向かう組織の若頭だった。
鉱山開発事務所へ到着する。
音楽が一瞬だけ静まり――重い低音が落ちる。
車内で大きく息を吸った。
「万物を跪かせし絶対王者の威圧――キング・オブ・プレッシャー!」
周囲へ精神的な圧力が広がった。
同時に、運転手が扉を開ける。
黒く巨大な高級車から、金のチェーンを揺らした俺が降り立った。
背筋を伸ばす。
顎を上げる。
歩幅を大きく取り、急がず、ゆっくりと歩く。
昨日までの俺なら、注目されれば落ち着かずに周囲を見回していただろう。
今日は違う。
誰とも目を合わせない。
向こうから俺を見るのは自由だが、俺から相手を見る価値はない。
そんな雰囲気で歩く。
周囲の作業員たちが仕事の手を止める。
昨日と同じように視線が集まった。
だが、その中に含まれている感情はまるで違う。
――なんだ、あいつ。
――昨日の新人か?
――妙に空気が変わってないか。
例のターバン男が、資材箱から立ち上がった。
「……なんだ、その格好」
男は俺の金色の刺繍とチェーンを眺め、鼻で笑う。
「昨日、泣いて帰ったと思ったら、ずいぶん仕上げてきたじゃねえか。だが言っとくぜ、ニューカマー」
こちらへ歩み寄り、顔を近づける。
「そんな見掛け倒し、俺には――」
「乙女に捧ぐ我が魂の絶唱――マイ・ソウル・フォー・ユー!」
俺は全力で叫んだ。
「…………」
鉱山事務所が静まり返った。
「乙女……?」
ターバン男の顔が引きつる。
胸の奥から、熱い感情がこみ上げてくる。
昨日の悔しさ。
こいつの服装。
言葉遣い。
俺を値踏みしていた視線。
すべてが言葉へ変わり、頭の中で一定のリズムを刻み始めた。
近くにいた作業員が、なぜか工具でドラム缶を叩く。
硬い音が、一定のビートを作った。
俺はターバン男をまっすぐ指さした。
「見掛け倒し? そいつはお前の物差し
全身勇ましい、やること新人いびり
刺青、ターバン、真っ黒なサングラス
盛れば盛るほど薄まってく威圧感」
「なっ……」
ターバン男の口元から笑みが消える。
「睨んでるらしいが、その目は見えねえ
怒ったネズミか? チーズなら持ってねえ
昨日まで俺を値踏みしてた目
今日になって逸らすなら答え出てんじゃねえ?」
男の視線が、わずかに横へ動いた。
スキルを通じて、動揺が伝わってくる。
――やべえ。
――こいつ、昨日と違う。
――アンサーが出てこねえ。
俺は一歩、男へ近づく。
「俺の金ぴか、本物かはこれから分かる
お前の全部載せ、今日ここで化けが剥がれる
昨日まで先輩、今日は妙におとなしい
荷物持ってついて来い――今日から俺のダチ」
最後の言葉と同時に、ドラム缶の音が止まった。
静寂。
ターバン男は、俺を見つめたまま動かない。
周囲の作業員たちも、誰一人として口を開かなかった。
やりすぎたかもしれない。
いや、俺なんでこんなラップしてんだ……
逃げたくなってきた。
だが、ここで目を逸らせば負けだ。
俺は必死で偉そうな顔を保った。
やがて、ターバン男がサングラスを外した。
「……シット」
男の目は、妙に潤んでいた。
「なんだよ」
「ドープじゃねえか、ブラザー……」
「え?」
「ここまで俺を見て、俺のためだけにバースを組んでくれたやつは初めてだ」
ターバン男は俺の右手を両手で握った。
「ラッツだ」
「何が?」
「俺の名はラッツ。今日からお前のダチだ、兄貴!」
「急に兄貴になった」
「お前ら、聞いたな!」
ラッツは周囲を振り返った。
「今後、エイユ兄貴に舐めた口を利くやつは、俺が首の骨をへし折る!」
「いや、そこまでは頼んでない」
「まず何をすりゃいい? 荷物か? 採掘機の整備か? 邪魔なやつを埋めるなら、使われてねえ坑道も知ってるぜ!」
「最後の選択肢は忘れろ」
◇
それからというもの、ラッツは俺の周りへ付きまとうようになった。
「エイユ兄貴、お疲れさまです!」
「エイユ兄貴、工具は俺が持ちます!」
「エイユ兄貴のチェーン、まじかっこいいっすね!」
「エイユ兄貴、左脚を先に出すんです! 重心は俺が見ます!」
俺が採掘機へ乗れば横を走り、休憩すれば飲み物を用意する。
ほかの従業員が少しでもぶっきらぼうな態度を取れば、すぐに割り込んだ。
「この薄汚え野郎! エイユ兄貴を馬鹿にするなら、その首を百八十度回して背中側から仕事させるぞ!」
「だから脅すなって」
「すみません、兄貴! 次からは二度と口が利けないようにします!」
「悪化してる」
昨日まで俺を笑っていた作業員たちも、今日は妙に礼儀正しかった。
威圧が効いたのか。
ラップが効いたのか。
単にラッツが怖いのか。
おそらく、最後の理由が一番大きい。
俺は、工具を抱えて後ろをついてくるラッツを見た。
――相手の世界で語れ、か。
確かにアマラの言葉は正しかった。
俺はあいつらの世界で語り、自分の価値を認めさせた。
ただし。
友達を作ったつもりが、なぜ舎弟ができたのかは、よく分からなかった。
◇
「鉱山での訓練、無事に終わったらしいわね」
その日の夜、アマラから通信が入った。
「ああ。相手の世界を理解する。あんたの言葉、正しかったみたいだ」
「あら。それで何をしたの?」
「ラップを……」
「ラップ?」
アマラが、珍しく目を丸くした。
「俺を馬鹿にしてきた相手を、ラップで言い負かした」
「ふふっ。あなたって、本当に予想がつかない人ね」
アマラは口元へ手を当て、そのまま黙り込んだ。
笑いをこらえているようにも見えた。
だが、その金色の瞳は、何かを計算しているときのものだった。
「エイユでは少し弱いわね」
「何が?」
「スターの名前としては、よ」
「スター?」
アマラは、名案を思いついたように微笑んだ。
「今日からあなたは――E-YUよ」
「ちょっと待て。何の話をしてる?」
「それじゃあ、おやすみなさい。E-YU」
通信が切れた。
嫌な予感がした。
◇
翌朝。
本人の知らないところで、ヴェイル・エンターテインメントによる大規模な記者発表が行われた。
《世界を震わせる、魂の言葉!》
《期待の大型新人ラッパー――E-YU、メジャーデビュー決定!》
俺がそれを知ったのは、街中の巨大広告が一斉に俺の顔へ切り替わったあとだった。




