第二十三話 力を見せろ、ゴールデンボーイ
第二十三話 力を見せろ、ゴールデンボーイ
アマラが去ったあと、ネイサンから仕事の内容を説明された。
「ヴェイル・グループは、現在未開発となっている鉱区を複数所有しております」
彼が指を動かすと、机の上に立体地図が表示される。
赤茶けた山脈の各所に、金色の印が点灯した。
「どれも希少鉱物を豊富に含む、有望な鉱区です。しかし、現時点では採掘を開始できておりません」
「どうして?」
「ソウル・フライの営巣地となっているためです」
地図が拡大される。
地下へ伸びる坑道の奥深くに、銀色の光点が無数に群がっていた。
「通常の害獣駆除では駄目なのか?」
「火炎や爆薬を使用すれば、鉱脈そのものを損傷する恐れがあります。無人機もソウル・フライには通用しません。彼らは機械へ寄生しませんが、命令を与える人間を直接狙います」
「そこで俺の能力か」
「はい。戦闘を避けたまま群れを坑道の外へ誘導できれば、採掘権だけでも莫大な価値を生みます」
なるほど。
アマラが俺に価値があると言った意味が、ようやく分かった。
友情でも、善意でもない。
鉱山を動かせるからだ。
「明日、鉱山開発チームへご案内します。まずは現場設備の操作訓練を受けていただきます」
「俺が採掘するのか?」
「鉱区内には人体に有害な大気が充満しています。生身での進入は不可能です。そのため、専用の搭乗型採掘機を使用していただきます」
「ロボットに乗るのか」
「その表現でも、大きな誤りではありません」
異世界へ来て、ついに巨大ロボットへ乗る。
少しだけ楽しみになった。
このときの俺は、操縦訓練という言葉から、清潔な教室と親切な教官を想像していた。
◇
今後は、このビルの一室を自由に使ってよいらしい。
案内された部屋は、恐ろしく広かった。
巨大なソファ。
壁一面を占める大型モニター。
何人寝るつもりなのか分からないベッド。
酒瓶がずらりと並んだ専用のバーまでついている。
「一人で使う部屋じゃないだろ、これ」
学院では、椅子を並べた上に寝ていた。
少し前までは岩陰で眠っていた。
それが今では、走り回っても壁にぶつからないような部屋を与えられている。
落差が激しすぎて、落ち着かない。
鏡の前に立つ。
黒地に金色の刺繍が入ったシャツ。
太い金のチェーン。
存在を主張しすぎる時計。
黒いサングラス。
最初に見たときはギャングにしか思えなかったが、改めて見ると――。
「うん。これはこれで、いいかもしれない」
少なくとも、弱そうには見えない。
鏡の前で少し顎を上げてみる。
そのとき、頭の中に着信音が鳴った。
『もしもーし』
「アレイシアか」
『ちゃんと企業の街には着いた? また騙されて変なところに――』
途中で声が止まった。
『…………』
「どうした?」
『うわ……きっつ』
「何が?」
『なに、その服』
「今日そろえてもらったんだ」
『え、待って。マジでそれ着て外に出たの?』
「ついさっきまで出てたけど」
『金ピカすぎでしょ。急にどうしたの、怖いんだけど』
「そんなに変か?」
『シャツの刺繍だけでもうお腹いっぱいなのに、なんでチェーンまで足したの? そのでかい時計も何? 変身するの?』
「店員に任せたんだよ」
『店員に嫌われた? これ、在庫処分を一人に全部着せてない?』
「お前、さっきから言いすぎじゃないか?」
『ってか誰が買ったの?』
「例の金髪女。アマラがここのCEOで、服も部屋も全部用意してくれた」
『…………』
「何だよ」
『つまり今のあんた、金持ちの女に服を買ってもらって、部屋まで与えられてるってこと?』
「言い方」
『完全に飼われてるダメな男じゃん』
「仕事の報酬みたいなものだ」
『まだ仕事してないのに?』
「明日からする」
『先払いで首輪つけられてるじゃん。そのチェーン、比喩じゃなくて首輪だったんだ』
「これはファッションだ」
『そのチェーンだけはマジでやめな?』
「結構気に入ってきたんだけど」
『最悪。もう染まり始めてる』
◇
翌朝。
俺は服を選ぶだけで三十分を費やした。
「今日は鉱山開発の予行演習だから……スポーティか?」
昨日までは、着られれば何でもよかった。
服が増えると、かえって面倒になるらしい。
白を基調としたスポーティな服を選び、専用車両へ乗り込む。
しばらく走ると、窓の外の景色が変わった。
黄金の高層ビルが消える。
劇場も、カジノも、高級店もない。
代わりに現れたのは、錆びた鉄骨と巨大な工業設備だった。
煙を吐く煙突。
油で黒ずんだ作業場。
地面には用途の分からない機械部品が転がり、ドラム缶の中でごみが燃やされている。
車は、その中心にある鉱山開発事務所の前で止まった。
扉が開く。
降りた瞬間、周囲から視線が突き刺さった。
少し離れた場所では、スキンヘッドの大男がこちらを凝視している。
口元は笑っていた。
だが、目はまったく笑っていない。
手には、火のついたガスバーナーが握られていた。
何に使っているのかは分からない。
少なくとも、人を見るときにつけっぱなしにするものではない。
その近くには、全身を刺青で覆った痩せた男がいた。
黒いサングラス。
頭には派手な柄のターバン。
激怒したネズミのような顔で、俺を睨んでいる。
頭皮に沿って細かく編み込んだ髪をした作業着の女が、スキンヘッドの男へ近づいた。
いきなり尻を蹴る。
「火ぃ危ねえだろ! 気ぃつけな!」
そう怒鳴ったあと、大男の持つガスバーナーで煙草に火をつけた。
大男は何も言わない。
ただ、さらに口元を歪めた。
ああ。
この職場、たぶん俺には合わない。
周囲の人間は、油と煤で汚れた作業服を着ている。
対する俺は、街で一番高い店が選んだ新品のスポーツウェア。
靴までぴかぴかだ。
明らかに場違いだった。
「ヘイ! ニューカマー!」
ターバンの男が、突然怒鳴った。
「突っ立ってんじゃねえ! ここはファッションショーじゃねえぞ、ゴールデンボーイ!」
「俺はエイユです。今日から訓練を――」
「名前なんざマシンを動かしてから名乗りな!」
男は、作業場の奥に鎮座する搭乗型作業機を指さした。
人間の三倍ほどの高さがある。
黒い装甲に覆われた上半身は、肩幅の広い人型だった。
胸部の奥には、操縦席らしき空間が見える。
そこから伸びているのは、人間の腕をそのまま巨大化したような二本の作業腕。
下半身を支えているのは、太く頑丈な四本の脚だ。
それぞれの先端には、大型の車輪が組み込まれている。
平地では車輪で走り、足場の悪い場所では、四本の脚を使って進むらしい。
頭部には、用途の分からないセンサーがいくつも並んでいた。
どう見ても、採掘機というより兵器だ。
「今日はまず三号機だ! 壊したら給料三か月分飛ぶぞ!」
「……これ、免許とか講習とかは?」
「は?」
「いや、乗る前に操作方法を教わるとか……」
「今から乗るんだから、それが講習だろ!」
おかしい。
俺が想像していたロボット操縦訓練と違う。
◇
三号機へ乗る前に、まず雑用を命じられた。
工具を運ぶ。
部品を洗う。
床へこぼれた油を拭く。
名前の分からないケーブルを、名前の分からない機械へつなぐ。
「違えよ! 赤は右だ!」
「右につないだぞ」
「俺から見て右だ!」
「先に言えよ!」
「現場じゃ言われる前に察しろ!」
無茶苦茶だった。
ようやく採掘機へ乗せられても、説明は一度きり。
「左で歩く! 右で掘る! 危なくなったら止まれ!」
「止まり方は?」
「危なくなる前に覚えろ!」
当然、うまく動かせない。
一歩進むたびに機体が揺れ、資材の山へ突っ込みそうになる。
周囲から笑い声が上がった。
「おいおい、街のヒーロー様が機械酔いしてるぜ!」
「その金ぴかの靴でアクセル踏めんのか?」
「アニメじゃもっと格好よかったぞ!」
《ソウル・シナプス・ハーモナイズ》を使わなくても、馬鹿にされていることくらい分かる。
それでも無意識に周囲の感情を拾ってしまう。
――よそから来た甘ちゃんが。
――面倒くせえ。
――どうせあの女社長の気まぐれだ。
――せいぜい俺たちの足を引っ張るなよ。
悪意というほどではない。
ただ、誰一人として俺を仲間だとは思っていなかった。
◇
夕方。
結局、採掘機をまっすぐ歩かせることすらできないまま、訓練は終わった。
「今日は終わりだ、ゴールデンボーイ!」
ターバンの男が、資材箱へ腰掛ける。
周囲の作業員が工具で床やドラム缶を叩き、妙なリズムを刻み始めた。
「なんだ?」
男は両腕を広げ、芝居がかった調子で歌い出した。
「ヨー、聞きなニューカマー、ここはリアルなマイン!
金ぴか坊やにゃ早すぎるライン!
シティへ帰ってミルクでも飲みな!
ママに買ってもらったチェーンで首締めな!」
周囲から歓声が上がる。
「言ってやれ!」
男は俺を指さした。
「ドリルはフラフラ、足元ガタガタ!
口だけヒーロー、中身はカラカラ!
次に来るなら根性持って来い!
持ってねえなら――二度と来るんじゃねえぞ、パラサイト・ボーイ!」
「…………」
何か言い返したかった。
だが、ラップで罵倒された経験などない。
俺は黙って車へ乗り込むしかなかった。
「ぐぬぬ……許せん……」
◇
帰りの車内でも、腹の虫は収まらなかった。
アマラへ言えば、一発だろう。
ネイサンへ苦情を伝えてもいい。
あの男たちは、翌日から俺に頭を下げるようになるかもしれない。
だが、それでは社長へ泣きついて先輩を黙らせる新人そのものだ。
それだけは嫌だった。
部屋へ戻り、ソファへ倒れ込んだ。
大型モニターが自動的に点灯する。
映し出されたのは、またアマラの経営番組だった。
『よく聞かれるの』
豪華な椅子に腰掛けたアマラが、カメラへ語りかけている。
『「アマラさん、交渉でもっとも大切なことは何ですか」と』
彼女は一拍置いた。
『答えは簡単よ。私はこれまで、一度も交渉をしたことがないわ』
「……は?」
『私たちの提案は合理的で、戦略は十分に検討され、そして双方にとって利益になる。だから相手には、それを拒否してまで交渉を始める理由がないの』
画面に、金色の文字が大きく表示された。
《AMARA'S RULE #17》
《~最高の交渉とは、交渉を発生させないことである~》
「労働者区画でストライキが発生しました」
「鎮静剤を。必要なら治安部隊も投入して」
数日前に聞いた会話が、頭の中によみがえる。
「…………」
確かに、一度も交渉していない。
別の意味で。
『では、それでも相手が提案を受け入れない場合は?』
司会者が尋ねる。
アマラは、カメラへ向かって少し笑った。
『相手の世界を理解することね』
俺はモニターを見る。
『人間は、あなたの価値観では動かない』
アマラの背後に、さまざまな人間の映像が表示される。
『利益で動く者には利益を』
札束を受け取る商人。
『名誉を求める者には名誉を』
勲章を授けられる兵士。
『力を尊ぶ者には――力を見せる』
俺は身体を起こした。
「力を尊ぶ者には、力……」
今日の採掘場を思い出す。
大きな声。
乱暴な言葉。
派手な服装。
機械の腕前で決まる上下関係。
そして――。
「ラップ?」
しばらく考える。
「…………」
「いや、最後のはいらないだろ」
そう思った。
だが、ターバンの男が得意げに韻を踏んでいた姿が、頭から離れない。
あいつらは、俺の言葉を聞こうとしなかった。
ならば。
あいつらの世界で話せばいいのか。




