↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/84

第二十二話 俺は金のかかった俺になった

 車窓の向こうから、赤茶けた荒野が消えていく。


 代わりに現れたのは、黄金に輝く都市だった。


「なんだ、ここ……」


 天を突き刺すような超高層ビル。


 建物の壁面を覆う巨大な広告。


 空中を行き交う車両の光が、幾重もの帯となって街を流れている。


 通りには劇場や高級ホテルが立ち並び、その間には宝石箱のようなカジノが口を開けていた。


 学院の洗練された静けさとも、聖都の古めかしい荘厳さとも違う。


 この街は、富を隠そうとしていなかった。


 むしろ、見せつけるために存在している。


 ひときわ大きな劇場の正面には、有名らしい歌手や俳優の広告が並んでいた。


 その中央に、見覚えのある黒髪の男が立っている。


『パラサイトウォーリアー』


『世界を救う、寄生の英雄!』


 右目を青く輝かせた主人公が、胸の前で腕を組んでいた。


 その下には、見覚えのある名前まで書かれている。


『エイユ役――本人出演交渉中!』


「交渉された覚えがないんだけど」


 どうやらこの街では、俺の知らないところで俺の芸能活動まで始まっているらしい。


 ◇


 リムジンは大通りを外れ、とある建物の裏手に止まった。


 派手な看板はない。


 磨き上げられた黒い壁に、小さな金色の紋章が刻まれているだけだ。


 例の大男が扉を開ける。


 車を降りると、建物の裏口で細身の男が待っていた。


 年齢は五十歳くらいだろうか。


 銀色の髪をきれいに撫でつけ、深い紫色のスーツを着ている。


 どうやら、この店のオーナーらしい。


 男は俺の顔を見る。


 次に首元。


 胸。


 腰。


 靴。


 そしてもう一度、下から上まで念入りに眺めた。


「これはこれは……」


「なんですか」


「いえ。想像していた以上に、手を入れる余地がございます」


 遠回しに、ものすごくダサいと言われた気がする。


 オーナーが壁へ手をかざすと、継ぎ目すらなかった場所が左右へ開いた。


「ここならパパラッチに気づかれることなく、お入りいただけます」


「俺にパパラッチなんて来るのか?」


 答える代わりに、オーナーは微笑んだ。


「アマラ様より伺っております。どうぞ、こちらへ」


 隠し扉の先は、最高級のブティックだった。


 床は鏡のように磨かれ、壁際には色も素材も異なる服が整然と並んでいる。


 一着ごとに美術品のような照明が当てられていた。


 客の姿はない。


「今日は休業日ですか?」


「いいえ。本日はエイユ様の貸し切りでございます」


「俺一人のために?」


「正確には、エイユ様と、エイユ様に似合う可能性のある衣服のためです」


 どこまで本気なのか分からない。


「アマラ様より、現在の服装では人前へ出せないとのご指示をいただいております」


「そこまで言われたのか……」


「アマラ様は、言葉を濁されない方ですので」


 店員たちが、次々と服を運んでくる。


 フォーマル。


 シティスタイル。


 スポーティ。


 金色の飾りが大量についた、用途の分からない服。


 種類が多すぎて、どれを選べばいいのか見当もつかない。


 ふと、近くにあったシャツを手に取った。


 黒地に、金色の刺繍。


 胸元には動物の頭らしき紋章が入り、ボタンまで金色に輝いている。


 強そうだ。


 少なくとも、着ているだけで道を譲ってもらえそうではある。


 裏返して、価格を見る。


《三〇〇〇〇〇クレジット》


「……三十万?」


 学院で飲んだビールは、一杯三百クレジットだった。


 ビール千杯分のシャツ。


 着たまま転んだら、服より先に地面へ謝りそうだ。


「無理です。買えません」


「代金はいただきません」


「え?」


「すべて、アマラ様の口座へ請求するよう承っております」


「本当に?」


「アマラ様の隣を歩く方が安価な服を着ていると、アマラ様の評判に関わりますので」


 俺への贈り物というより、彼女自身が恥をかかないためらしい。


 妙に納得した。


「じゃあ……お任せします」


「かしこまりました」


 その言葉を待っていたかのように、店員たちが一斉に動き出した。


 ◇


 まず、先ほどの黒いシャツを着せられた。


 それに合わせて、細身の黒いズボン。


 金色の鎖。


 文字盤だけで人を殴り倒せそうな時計。


 先の尖った革靴。


 最後に、黒いサングラス。


「完成でございます」


 鏡を見る。


 そこにいたのは、異世界へ転生した一般人ではなかった。


 違法な商売で一山当てた若手ギャングだった。


「これ、本当に似合ってます?」


「大変お似合いでございます」


「今、ちょっと笑わなかった?」


「接客中に笑うことはございません」


 サングラスで目元が隠れているせいか、自分でも少し強くなったような気がする。


 ステータスは何一つ変わっていないが。


「じゃあ、これで」


 帰ろうとすると、オーナーに止められた。


「じゃあ、これで」


「お待ちください。まだ一着目です」


 オーナーが、初めてはっきりと首を横に振った。


「会食にはフォーマル。昼間の市街地にはシティスタイル。舞台や撮影には、さらに別の衣装が必要です」


「撮影の予定はないんだけど」


「予定は、決まってから準備するものではございません」


 そこから先の総額は、考えないことにした。


 ◇


 服選びが終わると、隣の店へ連行された。


 白い台へ寝かされ、顔へ何かを塗られながら、右手の爪を磨かれ、左手には保湿剤を塗り込まれる。その間にも髪を切られていた。


「同時にやる必要あります?」


「お忙しい方のお時間を無駄にはできませんので」


「俺、別に忙しくないんだけど」


 誰も聞いていなかった。


 ようやく解放されたころには、肌は妙につやつやし、髪は自分では絶対に再現できない形に整えられていた。


 鏡の中の俺は、相変わらず俺だった。


 ただし、金のかかった俺だった。


 ◇


 再びリムジンへ乗り込む。


 車は市街地の中心へ向かい、やがて一際高い建物の前で止まった。


 見上げても、頂上が見えない。


 金色と黒を基調とした巨大な塔。その正面には、ヴェイル・グループの紋章が掲げられている。


 扉が開いた。


 外へ降りた瞬間、光が一斉に瞬いた。


「パラサイトウォーリアーだ!」


「本物よ!」


「エイユ! こっちを向いて!」


 建物の前には、大勢の市民と報道陣が集まっていた。


 カメラらしき装置が、四方八方から俺へ向けられる。


「学院襲撃事件について一言!」


「アマラCEOとは、どのようなお話を?」


「神々の僕から聖女を奪還するという噂は事実ですか?」


「パラサイトウォーリアー第二期への出演予定は?」


「待ってくれ。俺はまだ何も――」


 質問が多すぎる。


 ボディーガードたちが俺の周囲を囲んだ。


「離れてください」


「下がって」


「通路を開けてください」


 人の波を押し分け、建物の入り口まで進む。


 そのとき、正面の扉が開いた。


 アマラが姿を現す。


 金色のドレス。


 白い上着。


 車内で見たホログラムと同じ姿だが、今度は本物らしい。


 歓声が一段と大きくなった。


「アマラ!」


「アマラCEO、こちらを!」


 彼女は報道陣へ微笑み、当然のように俺の手を取った。


 大量の光が瞬く。


 アマラは何も説明しない。


 俺と手をつないだ姿を、報道陣に十分撮影させてから、建物の中へ入っていった。


 これも、彼女が計算した演出なのだろうか。


 たぶん、そうなのだろう。


 ◇


 エントランスへ入ると、外の騒音は嘘のように消えた。


 アマラは改めて俺の全身を眺める。


「あら。ずいぶん……分かりやすくお金持ちになったわね」


「褒めてないだろ」


「そんなことないわ。遠くから見ても、成功者だと分かるもの」


「今の間はなんだ」


「成功者にも、いろいろな種類があるのよ」


 やはり、この服を選んだ店員は少し笑っていたに違いない。


 アマラに手を引かれ、専用のエレベーターへ乗る。


 数字が恐ろしい速さで上がっていった。


 たどり着いたのは、塔の最上階だった。


 巨大な扉の先に、アマラの執務室が広がっている。


 部屋そのものが、学院の食堂より広い。


 壁一面が透明で、都市全体を見渡せた。


 黄金に輝く高層ビル。


 空を流れる無数の車両。


 巨大な劇場とカジノ。


 そのすべてが、宝石を敷き詰めたように眼下で輝いている。


「エイユ」


 アマラは街を背にして、両腕を広げた。


「この街は気に入った?」


「正直、驚いたよ」


「何に?」


「何もかもに」


 服も、車も、建物も。


 俺を題材にしたアニメも。


 自分の特集番組を車内で流す女も。


 これまで見てきた世界とは、何もかもが違っていた。


「そうでしょうね」


 アマラは満足そうに笑った。


「この街では、望むものは何でも手に入るわ」


 彼女は窓の向こうを指した。


「安全も、名声も、愛情も。十分な対価さえ支払えばね」


「俺には金なんてないぞ」


「構わないわ」


 アマラの視線が、俺へ戻る。


「この世界で支払いに使えるのは、お金だけではないもの」


 金色の瞳が、俺を値踏みするように細められた。


「そして、あなたには価値がある」


「ミリアのこと、忘れてないだろうな」


「もちろん。約束したことは守るわ」


 そのとき、机の上に置かれた端末が淡い光を放った。


 アマラは表示された名前を確認すると、わずかに眉をひそめる。


「少し失礼するわね」


 通信をつなぐと、切迫した男の声が聞こえてきた。


『アマラCEO、第八工業区で労働者が生産ラインを占拠しました。参加者は現在も増加中です』


「要求は?」


『労働時間の短縮と、危険手当の支給。それから、先日の事故に関する責任者の処分を――』


「労務交渉部に対処させて。物流路の封鎖だけは認めないわ」


『警備部門も展開させますか?』


「ええ。ただし、報道車両の前では、武器を展開しないで」


 アマラは窓の外を眺めながら、平然と続けた。


「暴動に発展したら鎮静剤を。濃度は規定値以内に抑えてちょうだい。死人が出ると、明日の市場が面倒なことになるから」


『承知しました』


 通信が切れる。


 先ほどまでの穏やかな笑顔へ戻ると、アマラは俺を見た。


「ごめんなさい、エイユ。急ぎの仕事ができてしまったわ」


 執務室の扉が開いた。


 濃紺のスーツを着た若い男が、端末を手に入ってくる。


「彼はネイサン。私の事業戦略補佐官よ。今後の話は、彼から聞いてちょうだい」


「ネイサンです。よろしくお願いいたします、エイユ様」


 男は正確な角度で頭を下げた。


 アマラは足早に部屋を出ていく。


 扉の向こうで、アマラが誰かに通信をしている声が聞こえた。


「……ちょっといい? またマスコミ向けの弁明を準備しなくちゃならないわ」


 扉が静かに閉じた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。