第二十一話 次回、金色の女王アマラ登場!
第二十一話 次回、金色の女王アマラ登場!
指定された場所には、まだ車が止まっていた。
黒くて、大きくて、無駄に長い。
荒野の真ん中には似つかわしくない、見るからに高級そうな車だった。リムジンという言葉が頭に浮かんだが、俺の知っているものより装甲が厚そうだ。
車の横には、一人の男が立っている。
黒いスーツ。
黒いサングラス。
服の上からでも分かるほど鍛え上げられた巨体。
高級クラブの用心棒と特殊部隊員を足して、余計な愛想をすべて取り除いたような男だった。
「あの……エイユです」
男は何も言わなかった。
俺の全身を一度眺め、無言で後部座席の扉を開ける。
乗れ、ということらしい。
車内には、一人の女性が待っていた。
豪華な金色のドレスに、真っ白な上着。
波打つ金髪は肩から胸元へ流れ、首には大粒の宝石が輝いている。
地下シェルターの画面に現れた女だった。
「やっと会えたわね」
女性は向かいの席を示した。
「どうぞ。座って」
俺が乗り込むと、扉が静かに閉まる。
ほとんど揺れを感じないまま、車が走り出した。
「改めて自己紹介しましょう。アマラ・ヴェイルよ」
彼女は優雅に右手を差し出した。
「企業連合ヴェイル・グループの最高経営責任者。私のことはアマラと呼んで」
「エイユだ」
「ええ。知っているわ」
握手を交わす。
爪の先まで磨かれた、細く美しい手だった。触れた瞬間、甘く上品な香りが漂う。
金持ちは、握手までいい匂いがするらしい。
「ずいぶん時間がかかったのね」
「街があんなことになったんだ。すぐには出られない」
「あなたらしいわ。迎えの車より、学院の人々を助けることを選ぶなんて」
「俺のことを知ってるのか?」
「多少はね」
「じゃあ、これも知ってるか」
俺は息を吸った。
「万象を見通す深淵の叡眼――」
「私に鑑定スキルを試さないでね」
先回りされた。
「……まだ最後まで言ってないんだけど」
「言わなくても分かるわ。それに、試しても無駄よ。これはホログラムだから」
そう言って、アマラは自分の胸元へ指を通した。
指先が身体をすり抜け、細かな光の粒が揺れる。
本人は、ここにはいない。
何でもお見通しというわけか。
「でも、握手はできたぞ」
「感圧式の立体映像よ。温度と香りも再現しているわ」
「香りまで?」
「第一印象を偶然に任せる経営者はいないもの」
さらりと言い切る。
俺の知っている金持ちとは、住んでいる世界どころか、呼吸している空気まで違いそうだった。
正面のスクリーンが自動的に点灯した。
映し出されたのは、巨大な建物を背に立つアマラだった。
『時代を所有する女性――アマラ・ヴェイル、その成功の秘密』
派手な音楽とともに、金色の文字が画面を横切る。
『ヴェイル・グループ最高経営責任者、アマラ・ヴェイル。金融、輸送、娯楽、食品、医療、兵器開発など、二百を超える事業を展開。総資産は一国家の年間生産額に匹敵するといわれています』
映像の中で、アマラが高層ビルの最上階から街を見下ろしていた。
『私は成功を追いかけたことはありません。成功のほうが、私に所有されることを望んだのです』
今度は、大勢の記者を前に話している。
『富は責任です。私がより多くを所有すれば、それだけ世界は正しく運用されます』
歓声と拍手。
次は、巨大工場の前で金色の鋏を入れていた。
『競争相手がいるとは思いません。競争とは、同じ高さにいる者同士がするものですから』
画面の隅には、彼女の著書が次々に表示される。
『私が正しいとき、世界が間違っている』
『百万人を雇う女の決断術』
『握手から始まる帝国』
「これ、ずっと流してるのか?」
「私を知らない人が乗る可能性もあるでしょう?」
「自分の車で、自分の特集を?」
「ほかに誰の特集を流せというの?」
この女、本物だ。
どういう意味で本物なのかは分からないが、とにかく本物だった。
「あなた、素晴らしかったわ」
アマラは脚を組み替えた。
「学院の研究者たちは、あなたの価値をまるで理解していなかった。あれほどの力を持つ人間を、試験動物のように扱っていたなんて」
「俺が騙されて、学院を壊したんだ」
「違うわ。あなたは学院を救ったのよ」
「救った?」
「あなたが行動しなくても、人民秩序共同体はいずれ別の方法で侵入していた。そうなれば、学院の住民は眠ったまま皆殺しにされていたでしょうね」
アマラは少しも迷わず続けた。
「でも、今回はあなたがいた。封鎖が解けたあと、原生生物を退け、住民を守った。結果として死者は出なかった」
「街は壊れた。ARIAも……」
「街は建て直せる。データも、多くは修復できる。でも命は買い戻せないわ」
ものは言いようだった。
少なくとも、俺が聞きたい言葉を選ぶのはうまい。
「それに、あなたにはもっと大切なことがあるでしょう?」
アマラの横に、新たな画面が現れた。
赤い髪。
白い法衣。
俯いたミリアの姿が映っている。
「ミリア……」
「生きているわ。今のところは」
「どこにいる?」
「それを知って、どうするの?」
「会いたい」
「一人で神々の僕へ戻るつもり? 勇敢ね」
アマラは微笑んだ。
「でも、それでは彼女の隣の牢へ入るだけよ」
言い返せなかった。
「私たちには、聖都へ商品を運ぶ会社がある。神々の僕も、食料や衣服まで祈りで生み出せるわけではないから」
彼女が指を動かすと、輸送車両や商人の映像が並んだ。
「神官の中にも顧客はいる。手紙を届けることも、面会を取りつけることも――必要なら、彼女を外へ出すことだってできる」
「条件は?」
アマラはうれしそうに笑った。
「条件だなんて。私は、あなたとお友達になりたいだけよ」
「それを信じろと?」
「いいえ。結果を見てから信じればいいわ」
彼女は再び、右手を差し出した。
「まずは、お互いにできることをする。私はミリアへの道を用意する。あなたは私の仕事を一つ手伝う。それでどう?」
「仕事の内容は?」
「それは、あとで説明するわ」
「それじゃ握れない」
「あら。意外と慎重なのね」
「最近、いろいろあったんで」
「大丈夫。あなたが嫌がることはさせないわ」
その言葉を信用できない程度には、俺も成長していた。
「俺に人を殺させるつもりなら断る」
「承知したわ」
「学院みたいに、誰かを騙して侵入させるのもなしだ」
「もちろん」
「内容を聞いて、無理だと思ったら断るぞ」
「ええ。そのときは、別の条件を考えましょう」
断っても無条件で助けるとは、絶対に言わない。
それでも、画面に映るミリアから目を離せなかった。
「一つだけだな」
「もちろんよ」
俺は、アマラの手を握った。
彼女は最初から、俺がそうすると分かっていたように笑っていた。
「契約成立ね」
「まだ仕事を聞いてないからな」
「ええ。だから今のは、友情の握手」
「言い方を変えただけじゃないか?」
「言葉の選び方は、とても大切よ」
アマラは満足そうに微笑んだ。
「それでは、またあとで」
金色の光が揺れる。
アマラの姿は、甘い香りだけを残して消えた。
◇
広い後部座席に、一人だけ取り残された。
運転手へ話しかけてみたが、返事はない。
仕方なく、正面のスクリーンへ目を向ける。
そこでは、まだアマラの特集が続いていた。
『アマラ・ヴェイルが語る、失敗しない投資の原則――損をする事業には、他人の資金を使いなさい』
「チャンネル変更」
さすがに胸焼けしてきた。
画面が切り替わる。
今度は、子供向けらしい派手なアニメが始まった。
『前回までの、パラサイトウォーリアー!』
「……パラサイト?」
赤い城の屋上。
体格のいい深紅の甲冑を着た蛮族が、赤毛のお姫様を羽交い締めにしていた。
『げへへへへ! パラサイトウォーリアー! 少しでも動いたら、この女がどうなるか分かってるよな!』
『くそっ、卑怯だぞ! ブラッド・パラディン!』
画面に現れた主人公を見て、俺は固まった。
黒い髪。
どこかで見たような服。
右目に意味もなく巻かれた黒い包帯。
胸には、銀色の虫をかたどった紋章。
『異端者相手に卑怯も何もあるか! おとなしく武器を捨てるんだな!』
『分かった。姫には手を出すな!』
パラサイトウォーリアーが武器を捨てる。
その瞬間、両手両足がブレードになったドーベルマン型ロボットが、屋根の陰から飛び出した。
『いまだ、相棒!』
『ガウッ!』
ロボット犬が蛮族の腕へ噛みつく。
『ぬおおおおッ!?』
『今よ、パラサイトウォーリアー!』
赤毛のお姫様が逃げ出す。
主人公の右目が、青く輝いた。
『悪い心に死のイメージを届けるぜ! くらえ――フェイタル・ゲイズ!』
蛮族が胸を押さえる。
『うおおおお! 急に自分が死んだ気がするううう!』
派手な爆発が起こり、画面いっぱいに文字が飛び出した。
『必殺! フェイタル・ゲイズ!』
『よい子のみんな! 悪い人以外には絶対使わないでね!』
「ちょっと待て」
どう見ても、俺の即死能力だった。
場面が切り替わる。
銀色の髪を逆立てた悪の女科学者が、巨大な研究装置の前で笑っている。
『イーッヒッヒッヒ! パラサイトウォーリアー! あんたのスーパーパワーは、この天才科学者ドクター・ソフィスのものだよ!』
『そんなことはさせない!』
『その勇気がいつまで続くかねえ? スイッチオン!』
電撃を受けた主人公が悲鳴を上げる。
『うわああああ!』
『もっと力を出しな! 世界征服のためにねえ!』
どこかで見た実験風景だった。
ただし、俺より筋肉質で、顎が割れていて、電撃を受けながらも妙に格好いい。
『負けるもんか! みんなの心を一つにするんだ! ソウル・フレンド・コネクション!』
銀色の虫たちが現れ、悪の女科学者へ襲いかかる。
『覚えておいで、パラサイトウォーリアー!』
ドクター・ソフィスは研究所ごと爆発した。
次回予告が始まる。
『次回、パラサイトウォーリアー! 金色の女王、アマラ登場!』
画面の中に、アマラにそっくりな女王が現れる。
『あなたの力は、世界を豊かにするためにあるのよ!』
『本当の仲間を見つけたパラサイトウォーリアー! しかし、人民秩序共同体の魔の手が迫る!』
『次回も、商業連合ネットワークで配信!』
『パラサイトウォーリアー変身セット、好評発売中!』
「いやいやいや……」
俺は座席から身を乗り出した。
番組情報を表示する。
《パラサイトウォーリアー》
《企画・制作:ヴェイル・エンターテインメント》
《実際の事件を参考にしたフィクションです》
「どう見ても、主人公のモデル俺じゃねえか!」
当然、誰も答えなかった。
車は何事もなかったように、荒野を走り続けていた。




