第十九話 助けようとした結果、学院を半壊させて追放されました
第十九話 助けようとした結果、学院を半壊させて追放されました
地上へ出た俺を待っていたのは、地獄だった。
生物棟の外壁が内側から破壊され、大型の原生生物が次々にあふれ出している。
巨大な植物が建物へ根を突き刺し、外壁を引き剥がす。
甲虫の群れが空を覆い、蜘蛛に似た怪物が壁面を走り回る。
迎撃ロボットと無人機が、火炎放射器や砲弾で応戦していた。
固定砲台から青白い光線が放たれ、怪物の身体を貫く。
それでも数が多すぎる。
美しかった学院都市は、赤い荒野と変わらない姿になりつつあった。
道路は魔物の体液で汚れ、建物の壁には無数の卵が産みつけられている。
つい昨日まで学生たちが歩いていた広場を、巨大な原生生物が踏み荒らしていた。
「俺が……やったのか?」
目の前から、大型の甲虫の群れが迫る。
迷っている暇はない。
「万物を跪かせし絶対王者の威圧――キング・オブ・プレッシャー!」
精神的な圧力を叩きつける。
甲虫たちは空中で進路を変え、逃げるように飛び去った。
別の場所では、蛇のような怪物が、警備ロボットを口にくわえている。
装甲がひしゃげ、火花が散っていた。
「因果を断ち命脈を絶つ終焉魔眼――デッド・エンド・オブ・デス!」
怪物の身体が硬直する。
自分が死んだと認識した肉体は、その命令に従い、地面へ崩れ落ちた。
右手から、蜘蛛型の群れが押し寄せる。
「魂魄を束ねし神経共鳴――ソウル・シナプス・ハーモナイズ!」
上空を旋回していた鳥型の原生生物へ意識をつなぐ。
鳥たちは急降下し、蜘蛛の群れへ襲いかかった。
威圧。
即死。
操作。
頭の奥が焼けるように痛む。
鼻から血が流れ、視界が赤く染まる。
それでも俺は能力を使い続けた。
自分が引き起こした惨状から目を背けるように。
少しでも罪を減らそうとするように。
◇
どれほど戦い続けたのか分からない。
気づけば、原生生物の動きは止まっていた。
路上には破壊されたロボットと怪物の死骸が積み重なっている。
研究棟のいくつかは崩れ、美しかった街路も庭園も見る影がない。
静けさの中、誰かの泣き声が聞こえた。
地下シェルターの入り口。
一人の女性が、床に座り込んでいた。
ひどく痩せた身体。
長く伸びた銀色の髪。
一瞬、誰なのか分からなかった。
「ソフィヤ……?」
地下で眠っていた、生身のソフィヤだった。
「いやだ……」
彼女は壊れた端末を胸に抱きしめていた。
「いやだ、いやだ……ARIA……」
いつもの冷静な姿からは想像もできないほど取り乱している。
「なんでこんなことに……」
原生生物の襲撃によって、ARIAの中枢データが損傷したのだ。
「ああ……ARIAが……」
ソフィヤにとって、ARIAは単なる学院管理AIではなかった。
長い年月をともに過ごした、家族のような存在だったのだろう。
彼女が顔を上げた。
涙に濡れた目が、俺を捉える。
「お前が……」
その表情が、憎しみに歪んだ。
「お前が、やったんだな」
「ソフィヤ、俺は――」
「許さない」
ふらつきながら立ち上がり、俺の胸を殴った。
「絶対に許さない……!」
細い腕だった。
長い休眠で衰えた身体から繰り出された拳は、ほとんど痛くなかった。
それでも俺は動けなかった。
「なぜ、こんなことをした!」
もう一度、胸を叩かれる。
「私はお前を助けた! 能力を調べた! この街に受け入れてやった! それなのに、なぜ!」
「……実験データを見た」
「何?」
「俺と同じ人間を何度も苦しめて、殺して、感情の反応を調べていた」
「あれは、君を遺伝子レベルで近似した精密モデルだ!」
ソフィヤは、あの映像とまったく同じ言葉を口にした。
「ただのデータだ。人間ではない」
「そう言ったよな」
「実際にそうだ!」
「だったら――」
俺は、彼女が抱きしめている壊れた端末を見た。
「ARIAだって、ただのデータだろ」
ソフィヤの動きが止まった。
反論しようと口を開く。
だが、言葉は出なかった。
◇
しばらくして、ソフィヤは冷静さを取り戻した。
俺は、第三研究棟で起きたことをすべて話した。
俺と同じ顔をした人格。
地下のバイオチップ。
スクリーンに現れた金髪の女。
人民秩序共同体に利用されたという話。
北側に用意された車。
「人民秩序共同体は、我々の研究成果を長年狙っていた」
ソフィヤは赤く腫れた目で、破壊された学院を見つめた。
「目的は、おそらく第二研究棟で研究されてた禁忌の技術だ」
「どうして俺だけ、地下の扉を開けられたんだ?」
「地下の人間が全員閉じ込められた場合に備え、扉は外部から認可された生身の人間だけが開けられる設計になっている」
「生身の……?」
「地上で生活していた我々は、すべて投影体だ」
ソフィヤ自身も。
一緒にゲームをした学生も。
栓抜きを囲んで騒いだ研究者たちも。
肉体は地下で眠り、意識だけが地上の人工身体やホログラムへ接続されていた。
どおりで、研究者用のベッド一つ、人間用のトイレすらないわけだ。
「なぜ、そんなことを?」
「ソウル・フライから住民を守るためだ。精神を侵食される生身の脳を地下へ隔離し、地上では情報体として活動する。この街そのものが、巨大な防護設備だった」
俺は、その防護をすべて解除してしまった。
「ARIAのことは……悪かった」
謝罪して許されるとは思わなかった。
ソフィヤも、許すとは言わなかった。
「君が騙されたことは理解している」
長い沈黙のあと、彼女は言った。
「しかし、君をここに置いておくことはできない」
「……ああ」
「警備機械を差し向けるつもりはない。必要な物資も与える。だから、この街から出ていってくれ」
それが、彼女にできる最大限の譲歩なのだろう。
俺が立ち去ろうとすると、ソフィヤが呼び止めた。
「待て。最後に一つ、伝えておくことがある」
「何だ?」
「ミリアは生きている」
足が止まった。
「本当か?」
「軟禁されている。聖女の地位は停止されたが、現時点で処刑命令は出ていない」
張り詰めていた身体から、一気に力が抜けた。
「よかった……」
声が震えた。
生きている。
少なくとも、まだ間に合う。
「どうして、そのことを?」
「ARIAが調べていた」
「ARIAが……?」
「君が何度も彼女の名を口にしていたからな。いずれ確かな情報が得られたら、君に伝えるつもりだったらしい」
ソフィヤは、胸に抱いた壊れた端末へ目を落とした。
「これは、ARIAから君へ渡されるはずだった情報だ。私からの贈り物ではない」
「……ありがとう」
「私に礼を言う必要はない」
ソフィヤは、最後まで俺を見なかった。
◇
北側の門まで、一台の小さな案内機がついてきた。
手のひらほどの球体に、簡素な顔が表示されている。
『学院外周まで、案内します』
抑揚のない、機械的な声。
ARIAは初期化され、最低限の機能だけで起動していた。
「なあ、ARIA」
『はい。ご用件を入力してください』
「……最近、俺が明るくなったって言ってたの、覚えてるか?」
『該当する会話記録は存在しません』
「一緒にゲームしたことは?」
『該当する会話記録は存在しません』
分かっていた。
それでも聞かずにはいられなかった。
門へ到着すると、小さなARIAはその場で停止した。
『学院管理区域の境界へ到着しました』
「……ミリアのこと、ありがとう、ARIA」
『感謝の理由を特定できません』
「分からなくていいよ」
『道中の安全をお祈りします』
俺は門の外へ出た。
振り返る。
ARIAは、もうこちらを見ていなかった。
壊れた街へ向かって、ゆっくりと戻っていく。
学院へ来る前は、一人でいるのが当たり前だった。
それなのに今は、ひどく寂しかった。
また、すべて失ってしまった。




