第十七話 画面の中の俺が、殺してくれと頼んできます
「も、もうやめてください……」
暗い実験室に、震える俺の声が響いていた。
「もう能力は使えません。お願いです。休ませてください……」
『駄目だ。続けろ』
誰かの冷たい声が返ってくる。
次の瞬間、椅子に拘束された俺の身体へ電流が流れた。
「ああああああッ!」
背中が反り返り、喉から絶叫が漏れる。
目の前では、透明な容器に閉じ込められたソウル・フライが銀色の光を放っていた。
「やります! やりますから……!」
涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、俺は叫ぶ。
「魂魄を束ねし神経共鳴――ソウル・シナプス・ハーモナイズ!」
ソウル・フライの群れが動く。
画面の隅に、いくつもの数値が表示された。
《恐怖反応強度:八一》
《生命危機による出力増幅:一三七パーセント》
《精神負荷限界まで、残り推定六分二十二秒》
俺は息を呑んだ。
目の前にいるのは、俺だった。
だが、これは一つの映像にすぎない。
壁一面を埋め尽くす無数のスクリーン。その一つ一つに、異なる俺が映っていた。
隣の画面へ視線を移す。
そこには処刑台があった。
白い衣を着せられたミリアが、柱に縛りつけられている。
「ミリア!」
画面の中の俺が、兵士たちを押しのけて駆け寄ろうとする。
「ああ、あの人だ!あの人が来ました!」
ミリアが俺を指さした。
だが、彼女の顔に浮かんでいたのは安堵ではない。恐怖だった。
「あの人を追い出してください!」
「ミリア……?」
「この神聖な場所に、何の用があるというのです。私をさらってゆくのですか」
ミリアは俺を見ながら、震える声で祈った。
「天なる父よ、どうか私をお守りくださいませ。あの者は悪魔です。エイユ……あなたが怖いわ」
身体から力が抜けた。
その様子を見て、処刑台のそばにいたナディアが腹を抱えて笑っている。
《拒絶反応強度:九二》
《喪失感:一二八》
《怒りへの転化率:四一パーセント》
映像が消え、すぐに別の場面が生成される。
次の画面に映っていたのは、見覚えのない家だった。
窓の外には、青い空。
緑の木々と、隣り合って建つ家々。
赤い荒野も、怪物もいない。
ここは――地球なのだろうか。
画面の中の俺を、一人の女性が抱きしめていた。
顔はぼんやりしている。
それでも俺は、その女性を母親だと信じて疑わなかった。
「まあまあ、どうしたの、エイユ」
「怖かった……」
俺は子供のように泣いていた。
「怖い夢だったんだ。知らない星に送られて、化け物に襲われて……みんな、いなくなって……」
「大丈夫よ。全部、夢だったの」
女性は俺の頭を優しく撫でる。
「あなたは、ずっとここにいたのよ」
「本当に?」
「ええ。だから、もう何も心配しなくていいの」
俺は母親の胸に顔を埋め、情けない声を上げて泣いた。
《安心反応強度:一一三》
《現実帰還欲求:九八》
《対象の記憶に存在しない人物像を補完しています》
また画面が切り替わった。
雨の降る荒野。
シアーダの遺体が、泥の中に放置されている。
片腕を失った身体に、小さな寄生生物が群がっていた。
鎧の隙間へ潜り込み、動かなくなった肉体を内側から侵食していく。
『ああ……なぜ、こんな目に……』
死んでいるはずのシアーダが、弱々しく顔を上げた。
『見捨てないでくれ、助けてくれ、エイユ。痛い……まだ、意識があるんだ……』
その前に立つ俺は、助けようとしなかった。
首もとに注射器を打たれ、瞳孔を開き、口元を歪めている。
シアーダの身体が侵されるたび、俺は恍惚とした笑みを浮かべていた。
《嫌悪反応強度:一二〇》
《罪悪感:一四七》
《加虐刺激と能力出力の相関を再測定》
《試行番号:二八一一七》
「なんだよ……これ」
俺の声が、震えた。
すべてが俺だった。
声も、癖も、怯え方も。
ミリアを見つめる目も、シアーダへ抱く罪悪感も、まるで本物の俺から切り取ったようだった。
画面の中では、異なる状況が次々に作られていた。
ミリアが助かる。
ミリアが死ぬ。
俺がミリアを殺す。
シアーダに見捨てられる。
誰かに愛される。
誰からも忘れられる。
作られては消え、殺されてはやり直す。
そのたびに、感情反応の強度と、予測されるスキル出力が記録されていた。
「ついに見つけてしまったのだね」
背後から声がした。
振り返る。
開いた扉の前に、ソフィヤが立っていた。
「これは、どういうことだ」
「見てのとおりだ。実在する物理法則と、君から収集した生体情報をもとに構築したシミュレーションだ」
悪びれる様子もなく、ソフィヤはスクリーンを見渡した。
「オリジナルの素体を傷つけることなく、効率的に能力の発現条件を試験できる。実環境では再現不可能な状況も、ここなら何度でも検証できる」
「これ、俺だろ?」
「君を遺伝子レベルで近似した精密モデルだ。君ではない」
画面の中で、俺が悲鳴を上げている。
「苦しんでるだろ」
「苦痛を与えた場合の反応を計算しているだけだ。君自身を苦しめているわけではない」
「同じだろ!」
「同じではない」
ソフィヤの声は冷静だった。
「現実の君の前でミリアを処刑するわけにはいくまい。シアーダの遺体を用意することも、存在しない母親を連れてくることもできない。だから仮想環境で代替している」
「人の心をもてあそびやがって……」
「画面の中に人間の心はない。入力に対して、想定される反応を出力しているだけだ」
「俺じゃなければ、何をしてもいいってのか」
足元にあったバールを拾い、スクリーンへ振り下ろした。
甲高い音とともに画面が砕ける。
「エイユ、やめろ」
「今さら止めるのかよ!」
俺はバールをソフィヤへ向けた。
「この部屋に、バールなんてなかっただろ?」
視界の隅に文字が浮かんだ。
《試行番号:三〇〇〇二》
《倫理的憤怒反応:一五八》
《対象が研究責任者へ危害を加える確率:六七パーセント》
《試行を終了します》
すべてが暗転した。
◇
「おい……!」
暗闇の中から、声がした。
「頼む。お前、起きてくれ……!」
大きな怒鳴り声に、俺は我に返った。
気づけば、無数のスクリーンの前に立ち尽くしていた。
ソフィヤはいない。
バールも持っていない。
今まで見ていたソフィヤとのやり取りさえ、画面の中で行われたシミュレーションだったのだ。
「なんなんだよ、ここ……」
『こっちだ!』
正面から少し外れた位置にあるスクリーン。
そこに映る俺だけが、ほかの映像と違っていた。
用意された状況へ反応しているのではない。
画面越しに、こちらを見ている。
『お前……オリジナルだよな?』
頬が痩せこけ、目の下には黒い隈ができていた。
それでも間違いなく、俺の顔だった。




