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第十六話 学院の怪談に、なぜか俺が出演しています(後編)

 アカデミア統合理院には、三つの立ち入り禁止区域がある。


 第一研究棟。


 第二研究棟。


 そして、地下シェルター。


 どこも許可なく立ち入れば、死亡する可能性があるという。


 おそらく、危険な実験や禁忌に触れる研究が行われているのだろう。


 だからといって、確かめたいとは思わなかった。


 俺はこの場所をそれなりに気に入っている。


 余計なことに首を突っ込み、厄介事へ巻き込まれるのはもうごめんだ。


 ――そう思っていた。


「昨日の夜、第三研究棟にいたよね?」


 ある日、食堂で一人の学生にそう言われた。


「いや。昨日はずっと寝てたけど」


「でも、声が聞こえたよ。エイユさんの声」


「何時ごろ?」


「夜中。たぶん、日付が変わったあと」


 俺の就寝時間は夜九時だ。


 それから明け方まで、俺はラボの準備室で眠っていたはずだった。


 最初に考えたのは、スキルの影響だ。


 眠っているあいだに見た悪夢や思念が、無意識に周囲へ伝わっているのではないか。


 次に、もっと嫌な可能性が浮かんだ。


 眠っているあいだ、研究者たちに何かされている。


 薬で意識を奪われ、気づかないうちに第三研究棟へ運び出されているのではないか。


 声を聞いたという学生は一人ではなかった。


 聞いた場所は、全員同じ。


 第三研究棟だった。


 俺が寝泊まりしている中央研究棟の準備室からは、かなり距離がある。


 俺は眠っているあいだに運ばれているのか。


 それとも、無意識のうちに誰かに操作されているのか。


 ARIAやソフィヤには相談しなかった。


 もしスキルが原因なら、検査を続けている二人が何も把握していないとは思えない。


 知っていて、黙っている。


 そんな疑いが生まれてしまった。


 その夜、俺は準備室の扉に小さく折った紙を挟んだ。


 誰かが扉を開ければ、紙は床へ落ちる。


 原始的だが、だからこそ電子的な監視では誤魔化せない。


 翌朝。


 紙は、挟んだときと同じ場所に残っていた。


 少なくとも、扉が開いた形跡はない。


 それでも疑いは消えなかった。


 次の日、俺は就寝時間を無視して、一晩中起きていることにした。


 眠気をこらえながら扉を見張り続ける。


 真夜中。


 異常なし。


 午前二時。


 異常なし。


 明け方になっても、俺は準備室から一歩も動いていなかった。


「昨晩、眠れなかった?」


 朝になると、ARIAが心配そうな顔で現れた。


「ああ。ちょっとな」


「睡眠効率が著しく低下してる。今日は検査を減らそうか?」


「大丈夫だよ」


「本当に?」


 ARIAは、俺の顔をのぞき込んだ。


 その表情は、本気で心配しているように見えた。


 だからこそ、怖かった。


 ARIAはAIだ。


 どれほど人間らしく振る舞っても、心の内側を《ソウル・シナプス・ハーモナイズ》で読むことはできない。


 ソフィヤも同じだった。


 理由は分からないが、彼女には能力が通じない。


 ナディアのときのように、笑顔の裏側に別の意図があったとしても、俺には知る術がない。


 疑うべきではない。


 二人には世話になっている。


 そう思うたび、かえって疑惑は深くなっていった。


 ◇


 声を聞いた者がいるのは、夜中だ。


 ならば、自分で第三研究棟へ行って確かめるしかない。


 その日の深夜。


 俺は眠い目をこすりながら、準備室を抜け出した。


 大丈夫。


 第三研究棟は、立ち入り禁止区域ではない。


 学院内を自由に歩くことも認められている。俺は軟禁されているわけではない。


 堂々と行けばいい。


 誰かに見つかったとしても、生物棟へ用を足しに行く途中だと言えばいい。


 この学院で、それが通用するのは俺だけだ。


 人気のない通路を進み、第三研究棟へたどり着く。


 入り口の扉に手をかけた。


 鍵はかかっていなかった。


 扉が、かすかな音を立てて開く。


 中は暗かった。


 照明はほとんど消え、廊下の足元に非常灯だけが青白く輝いている。


 人の気配はない。


 昼間なら何でもない研究施設が、夜になるとまるで別の建物に見えた。


 足音を殺し、奥へ進む。


 一階。


 何もない。


 二階。


 聞こえるのは、空調設備の低い唸りだけ。


 三階へ上がると、廊下の奥に、薄い明かりが漏れている部屋があった。


 扉はわずかに開いている。


 幸い、鍵はかかっていなかった。


 一歩ずつ近づく。


 部屋の中から、誰かの話し声が聞こえた。


 最初は、内容まで聞き取れなかった。


 だが、声には聞き覚えがあった。


 毎日聞いている。


 他人へ向けて話すときも、恥ずかしいスキル名を叫ぶときも、いつも聞いている声。


 俺は扉の前で足を止めた。


 間違いない。


 部屋の中から聞こえてくるのは――。


 俺の声だった。


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