第十六話 学院の怪談に、なぜか俺が出演しています(前編)
長かったので、前編・後編に分割しています。
分割した影響で、怪談話は後半になってしまいました。
内容に変わりはありません。
俺は、この星へやってきた最初期の移民らしい。
コールドスリープの解除に失敗し、何百年ものあいだ眠り続けていた人間。
当時の知り合いは、もう誰も生きていない。
ソフィヤからその話を聞いて以来、ずっと考えていた。
俺はこれから、どうすればいいのだろう。
あのとき、アレイシアには能力なんて捨ててやると言った。
だが、あれは勢いで口にしただけだ。
本当に能力を消せたとして、そのあとはどうする。
ミリアとは、必ず戻ると約束した。
しかし、今の俺が戻ったところで何ができる。
彼女が危険を冒して逃がしてくれたのに、何の力も持たずに舞い戻れば、その意志を無駄にするだけだ。
能力を捨てたところで、何かが解決するわけではない。
つまるところ、俺はずっと行き当たりばったりだった。
目の前に現れたものから逃げ、誰かに助けられ、言われるまま次の場所へ向かう。
そしてとうとう、どちらへ進めばいいのかも分からない、どん詰まりに来てしまった。
◇
「なあ、ARIA」
「なに?」
遊戯室の長椅子で逆さまになりながら、ARIAが答えた。
金色の短い髪が、重力を無視したようにふわふわと揺れている。
「俺、どうしたらいいと思う?」
「ずいぶん大きな質問だね」
「俺の今後についてだよ」
ARIAは身体を起こすと、珍しく真面目な顔をした。
「私に決めてほしいの?」
「決めてほしいというか……参考までに」
自分の人生をAIに決めてもらおうとしている。
ミリアが聞いたら、どんな顔をするだろう。
偽りの神を生み出し、その判断に人間を従わせようとする者たち。
以前聞かされた言葉が、ふと頭をよぎった。
ARIAは少し考えると、俺の前に半透明の画面を出現させた。
《エイユの今後について》
一、能力を消去し、学院に残る。
二、能力を使いこなし、ミリアを救出する。
三、故郷の星へ帰る。
四、女神から与えられた使命に戻る。
「選択肢にされると、急にゲームっぽくなるな」
「そのほうが好きでしょ?」
「否定はしないけど」
俺は一つ目の項目を指した。
「学院に残ることなんてできるのか?」
「ソフィヤは許可すると思うよ。あなたは最初期の移民かもしれないし、古代文明の生活用品にも詳しいから」
「栓抜きと爪切りしか当ててないけどな」
「古代生活文化の専門家として、十分に価値があるよ」
悪くない話だ。
学院は安全だし、ここでの生活もそれなりに気に入っている。
だが、それではミリアとの約束を果たせない。
もっともミリア自身、俺に戻ってきてほしいとは思っていないかもしれない。
命懸けで逃がした男が、能力を捨てて何食わぬ顔で帰ってきたら、さすがに困るだろう。
「二つ目は?」
「能力を強くして、ミリアを助けに行く。いちばん危険だけど、あなたが本当にしたいのはこれじゃない?」
「……たぶんな」
「三つ目。あなたが来た星に帰る」
「帰れるのか?」
「長距離航行船があればね。この星より安全かもしれない」
「かもしれない?」
「何百年も情報がないから、現在の環境は不明。船を用意するにも、途方もない資金と資源が必要」
仮に帰れたとしても、そこに俺を知る人はいない。
ただ、知らない世界から、別の知らない世界へ移るだけだ。
「それで、四つ目は……」
ARIAは少し言いにくそうに、画面の文字を指でつついた。
「その……女神様の使命に戻る」
「巨悪を倒して世界を救え、だっけ」
「その巨悪が何なのかも、私は知らない。でも少なくとも、それはあなたがこの世界へ送られた理由ではあるんでしょ?」
生まれた意味。
正確には、転生させられた意味だが。
アレイシアの言葉を信用するなら、俺には果たすべき使命がある。
そのために能力を与えられた。
ならば、能力を捨てるのではなく、使いこなすべきなのかもしれない。
強くなれば、ミリアを救いに行ける。
この世界を救うこともできるかもしれない。
考えを改める必要がある。
この力から逃げるのではなく、もっと理解して、もっと高める。
しかし、そのためにはアレイシアの協力が必要だ。
あいつは、まだ信用できない。
能力のことも、この世界のことも、肝心な部分は何一つ説明してくれなかった。
「……結局、振り出しじゃないか」
「人生相談って、大抵そういうものだよ」
「AIのくせに急に分かったようなこと言うな」
「では、相談料として排泄物の提供を――」
「やっぱり採取してるじゃねえか」
◇
進むべき道は決まらなかった。
だが、ソフィヤの研究によって、能力そのものはかなり理解できるようになっていた。
《ソウル・シナプス・ハーモナイズ》を使えば、近くにいる原生生物へ簡単な命令を与えられる。
以前は、来い、去れ、攻撃しろといった衝動をぶつけるだけだった。
今では複数の群れを別々に動かし、特定の場所を避けさせたり、敵意を持つ対象だけを指定したりできる。
《アカシック・アナライザー》も、知りたい情報へ意識を集中することで、表示内容をある程度選べるようになった。
そして、もっとも危険な能力。
《因果を断ち命脈を絶つ終焉魔眼――デッド・エンド・オブ・デス》。
名前だけなら、問答無用で対象の命を奪う能力に聞こえる。
だが実際には、そうではなかった。
対象の神経系や自己認識に存在する、
――自分は死ぬ。
――自分は死んだ。
その表象を極端に増幅し、身体を認識へ従わせる。
自分が死んだと確信した肉体は、自ら機能を停止する。
それが、この能力の正体だった。
原生生物を使った実験でも、結果は分かれた。
危険を察知して逃げる生物や、傷を負えば身を守ろうとする生物には効果があった。
反対に、死の概念を持たず、ただ刺激に反応して動くだけの生物には通じなかった。
「ヴェレスティンに効果がなかった理由も、そのあたりにあるだろう」
ソフィヤはそう推測した。
「あの男が、自分は戦いで死ぬ可能性があると理解していなかったか。あるいは、死を終わりと認識しない特殊な死生観を持っているか」
「自分が死ぬと思ってないから、即死しないってことか?」
「平たく言えばな」
「無敵だと思い込んでるやつが、本当に即死無効になるの、ずるくない?」
「認識に作用する能力である以上、そういうものだ」
ヴェレスティンの炎の剣が能力を遮断した可能性も、まだ捨てきれないらしい。
どちらにせよ、もう一度試したいとは思わなかった。
ふと気づけば、ステータス画面を開く
《エイユ》
レベル:16
攻撃力:9(+0)
防御力:47(+40)
素早さ:12(+0)
【スキル】
《万象を見通す深淵の叡眼――アカシック・アナライザー》
《魂魄を束ねし神経共鳴――ソウル・シナプス・ハーモナイズ》
《万物を跪かせし絶対王者の威圧――キング・オブ・プレッシャー》
《乙女に捧ぐ我が魂の絶唱――マイ・ソウル・フォー・ユー》
《因果を断ち命脈を絶つ終焉魔眼――デッド・エンド・オブ・デス》
【称号】
《原生を招く者》 原生生物との意思疎通・招集に補正
《滅びし教区からの巡礼者》 身分詐称・隠密行動に補正
《聖女が選んだ異端者》 高エネルギー耐性・瀕死時に精神力上昇
《学院特例研究者》 鑑定情報・技術研究に補正
俺のレベルは16になっていた。
ステータス画面には、見慣れない表示が追加されている。
――新スキル取得可能。
どうやら、レベルが上がったことで、新しい能力を覚えられるらしい
そろそろアレイシアが、新しいスキルを押し売りに来るかもしれない。
今度はどんな恥ずかしい名前を考えたのだろう。
少しだけ期待していた。
だが、連絡は来なかった。
こちらから呼び出すこともできる。
それでも、あんな別れ方をした手前、俺から話しかけるのはなんとなく決まりが悪かった。
◇
その日の昼、食堂でシチューをつついていると、向かいの席に学生が座った。
ロボットの週例戦で、賭け方を教えてくれた青年だった。
「なあ、エイユさん」
「ん?」
「昨日の夜、第三研究棟にいたよね?」
スプーンが止まった。
「いや。昨日はずっと寝てたけど」
「でも、声が聞こえたよ」
青年は、不思議そうに首を傾げた。
「エイユさんの声」




