第十一話 即死が効かないので、魔物を全部呼びました
## 第十一話 即死が効かないので、魔物を全部呼びました
「やるじゃないか、エイユ」
地面に片膝をついたシアーダが、口元の血を拭った。
「正直、お前のことは、拗らせた技名を叫ぶだけの痛いやつだと思っていた」
折れたブレードが、彼女の手の中で再形成されていく。
シアーダの視線は、ヴェレスティンを取り巻く炎の剣へ向けられていた。
「さっきの魔物を呼ぶ能力。ソウル・フライ以外も呼べるのか?」
「分かりません」
これまで、こちらの意思に反応したのはソウル・フライだけだ。
そもそも俺は、原生生物を操る方法など教わっていない。
先ほども、助けを求めたら偶然来てくれただけに近い。
「でも、やってみます」
「何でもいい。時間を稼げ。あの装備は長くは使えない」
シアーダが立ち上がる。
その片脚は震えていた。
オーバークロックの負荷で、身体が限界に近づいている。
次に失敗すれば、彼女は死ぬ。
俺は両手を大地へ向けた。
「魂魄を束ねし神経共鳴――ソウル・シナプス・ハーモナイズ!」
意識を広げる。
森へ。
空へ。
地中へ。
先ほどより深く、強く、無理やり押し広げる。
頭蓋骨の内側へ、巨大な杭を打ち込まれたような痛みが走った。
「ぐっ……!」
鼻から生温かい液体が流れる。
続いて、左目の端から赤い涙が頬を伝った。
それでも接続を切らない。
大地のあちこちから、感情が返ってくる。
飢え。
怯え。
縄張りを侵された怒り。
言葉を持たない生き物たちの衝動が、濁流となって頭の中へ押し寄せた。
――あいつを止めてくれ。
俺の思念に応じ、森の奥から巨大な甲殻虫が現れた。
鎌のような前脚で地面を抉り、岩と土塊を投げつける。
だが、炎の剣はそのすべてを空中で消し去った。
続いて、三匹の犬型魔獣が飛び出す。
互いに別方向からヴェレスティンを取り囲み、牙を剥いて翻弄する。
一匹が背後へ回り込んだ。
だが、その牙が届くより早く、大剣が身体を両断した。
残る二匹も、白い炎に触れた端から消滅していく。
地面が大きく盛り上がった。
土を割って現れたのは、丘のように巨大なサボテン型の怪物だった。
裂けた幹に並ぶ牙の奥で、黄色い光が膨れ上がる。
次の瞬間、無数の胞子が光の奔流となって放たれた。
しかし、それすら炎の中へ呑み込まれる。
通じない。
その焦りは、俺だけのものだったはずだ。
ところが、サボテン型の怪物が怒りに満ちた咆哮を上げた。
巨体を揺らし、ヴェレスティンへ突進する。
「待て! もういい!」
制止は届かなかった。
巨大な口が炎へ触れる。
その瞬間、丘ほどもあった身体が、跡形もなく消え去った。
死の直前に放たれた恐怖が、接続を通じて俺の中へ流れ込んでくる。
「もう、いいだろ……」
俺が呼んだ。
「上出来だ」
シアーダの声が聞こえる。
炎の剣の回転が、ほんの一瞬だけ揺らいだ。
白熱した刃の輪郭が薄くなる。
シアーダは、その一瞬を見逃さなかった。
姿が消える。
青い光の軌跡が一直線に走った。
次の瞬間、シアーダのブレードがヴェレスティンの胸を貫いていた。
深紅の甲冑を突き破り、背中から刃先が飛び出している。
「取った」
直後、炎の剣が再び燃え上がった。
「大佐!」
白い炎が、シアーダの左腕へ触れた。
血は出なかった。
肉が焼けることもなかった。
肩から先が、ただ消えた。
彼女は大きく体勢を崩し、地面へ転がる。
ヴェレスティンも数歩よろめいた。
胸へ刺さった刃を引き抜こうとして、片膝をつく。
倒せてはいない。
だが、確実に傷はついている。
俺の意識が途切れ、怪物たちとの接続が切れた。
残っていた群れが逃げていく。
戦場に、一瞬の静けさが戻った。
終わった。
そう思ったとき、大地が揺れた。
地面の下から、何かを叩くような音が響いてくる。
一度。
二度。
至るところで、赤茶けた地面が盛り上がった。
そこから黒い腕が突き出す。
岩ではない。
磨かれた黒曜石のような光沢を持つ、人間の腕。
続いて頭。
胴体。
脚。
黒曜石の身体を持つ戦士たちが、植物のように大地から次々と生えてくる。
十体。
百体。
地平線まで、黒い人影が立ち上がっていく。
《解析不能》
《高密度の原生反応を検出》
《警告:局地的生態災害が発生しています》
「俺が……呼んだのか?」
分からない。
こいつらへ助けを求めた覚えはない。
だが、激しい戦闘と、限界まで広げた俺の接続が、地中で眠る何かを目覚めさせたようだった。
黒曜石の戦士たちが、ヴェレスティンへ襲いかかる。
炎の剣が数体を消滅させる。
それでも、今度の怪物は止まらない。
仲間が消えたのも束の間、次の個体が踏み込む。
ヴェレスティンは胸から血を流しながら立ち上がり、大剣を振るった。
一撃で三体が砕け散る。
しかし、さらに新しい戦士が襲いかかる。
「やってられるか」
片腕を失ったシアーダが立ち上がった。
「逃げるぞ」
「でも、ヴェレスティンが――」
「今ので倒れないやつを、どうしろというんだ」
シアーダはヴェレスティンを振り返り、声を張り上げた。
「そのご自慢の装備、いつまでもつかな! 怪物どもと朝まで踊っていろ!」
ヴェレスティンが何か怒鳴った。
だが、黒曜石の戦士たちに囲まれ、その姿は見えなくなった。
シアーダは残った右腕だけで、俺を肩へ担ぎ上げた。
「ちょっ、自分で走れます!」
「黙っていろ」
反論できなかった。
◇
シアーダは片腕を失った状態で、俺を担いだまま走り続けた。
その速度は、俺が全力で走るよりはるかに速い。
しかし、次第に足取りが重くなっていく。
青く輝いていた瞳も、少しずつ暗くなった。
森を抜け、小高い岩場まで来たところで、彼女の膝が崩れた。
俺は地面へ投げ出される。
シアーダも、岩へ背中を預けるように座り込んだ。
左腕は肩から完全に消えている。
全身の装甲はひび割れ、その隙間から血が流れていた。
「この辺りまで来れば、ひとまず大丈夫だ」
空から、雨がぽつぽつと降り始めた。
シアーダが荒い息を吐く。
「何があった。話せ」
俺は《神々の僕》へ連れていかれたあと、異端者として疑われたことを話した。
決闘裁判でヴェレスティンと戦わされそうになったこと。
ミリアが俺を地下牢から逃がしてくれたこと。
そして、緑環同盟のセレスタと落ち合う予定だったこと。
「そういうことか」
シアーダの表情が険しくなる。
「セレスタの動きは掴んでいた。緑環が、ここで重要な何かを受け取るとな」
「それで先回りを?」
「ああ。使えるものなら、先に回収するつもりだった」
正直すぎる。
「まさか、それがお前とは思わなかったがな」
シアーダは俺を観察するように目を細めた。
「お前の能力は、いったい何なんだろうな」
「俺にも分かりません」
「最初は怪物を退けるだけだと思っていた。だが、さっきの光景は違う。お前と怪物どもは、まるで示し合わせたように戦っていた」
冗談めかした口調だったが、その目は真剣だった。
「率直に言おう。セレスタのところへ行くのはやめろ」
「どうしてです?」
「危険な女だ」
シアーダは即答した。
「あの女が、この世界で何をしようとしているか知っているか?」
俺は首を横に振る。
「敵を倒せないのなら、敵ではなくなればいい。セレスタはそう考えている」
「どういう意味です?」
「人類が原生生物由来の遺伝子を取り込み、彼らと同じ感覚系を獲得する。最終的には、人類そのものをこの惑星の生態系へ組み込む」
理解が追いつかなかった。
「つまり……人間と魔物と交ぜて、半分魔物になろうとしている?」
「大体その理解で合っている」
合っていてほしくなかった。
セレスタ。
会う前から、だいぶ危険な女だった。
「だが怪物を退けたり、操るなんて話は聞いたことがない。奴はお前を放っておかないだろう、喉から手が出るほど欲しいはずだ」
雨脚が少しずつ強くなる。
「もし、お前がそれでもセレスタのもとへ行くというなら」
シアーダの目に、鋭い光が戻った。
「私は全力で阻止する」
俺はすぐに答えた。
「あなたも俺を回収しに来た。セレスタの話も、そのまま信じるつもりはありません」
「でも、セレスタのもとには行きません」
女神は世界を救えと言った。
教団は俺を奇跡か悪魔かに決めようとした。
緑環同盟も、俺の能力を欲しがっている。
誰も、俺が何を望んでいるかなど聞かない。
「それに、きっとこの能力なんです」
血のついた手を見る。
「この力が発端で、ミリアは……」
その先を口にできなかった。
シアーダは、しばらく黙って雨音を聞いていた。
「その能力を制御したいなら。あるいは、消し去りたいなら」
彼女が言った。
「ソフィヤのところへ行け」
「ソフィヤ?」
「《アカデミア統合理院》の教授だ。宇宙の原理を解明するとか何とか言っている、インテリどものボスだよ」
「信用できる人ですか?」
「信用はできんな」
即答だった。
「だが、あの女の最大の関心は知識の拡大。少なくとも、お前の力が何なのか、危険なものなのか、突き止めてくれるだろう」
別の理由で解剖されそうな気はする。
「考えておきます」
「そうしろ」
シアーダは学院の方向を指さしてから、目を閉じた。
呼吸が浅くなっている。
「すまない。もう限界らしい」
「待ってください。何かできることは?」
「ない」
「止血とか――」
「必要ない」
彼女は、残った右手で俺の腕を掴んだ。
力はもう、ほとんど残っていなかった。
「死体は仲間が回収に来る」
「死体って……」
「だから、土には埋めるな」
シアーダが目を開ける。
「絶対にな」
なぜ、そこまで強く念を押すのか分からなかった。
「大佐?」
返事はない。
「シアーダ大佐」
彼女の胸は動いていなかった。
瞳から光が消えている。
雨粒が頬を伝い、血を洗い流していく。
俺はその場に立ち尽くした。
彼女を埋めることもできない。
運ぶこともできない。
ただ、雨の中に置いていくしかない。
「……ありがとうございました」
シアーダは答えなかった。
俺は一度だけ頭を下げ、彼女に背を向けた。
雨の中を歩き出した俺の視界に、遅れていくつかの文字が浮かんだ。
《レベルが上昇しました》
《レベル:4 → 12》
《称号が進化しました》
《原生との対話者》
↓
《原生を招く者》
原生生物への接続範囲と、同時接続数に補正
望んでいたレベルアップだった。
それなのに、何も嬉しくなかった。




