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第十話 攻撃スキルを覚えたのに、負けイベントのようです

## 第十話 攻撃スキルを覚えたのに、負けイベントのようです


後ろから、何かが追ってくる。


姿は見えない。


足音も、まだ聞こえない。


それでも《ソウル・シナプス・ハーモナイズ》を通じて、森の奥から迫る強い意志が伝わってきた。


まだ遠い。


だが、確実にこちらへ向かっている。


俺は全力で地下道を走った。


肺が痛い。


足が重い。


背後で石扉が閉まる音がした。


複雑な機構が動き、通路そのものを塞いでいく。


これで、少しは時間を稼げるかもしれない。


とにかく目的地へ。


ミリアから指定された座標へたどり着けば、《緑環同盟》のセレスタが保護してくれる。


そう信じて走るしかない。


地下道を抜けると、夜明け前の森へ出た。


木々の影を縫うように走る。


ほんの少し走っただけで、もう息が切れた。


だが、森は広い。


いくら速くても、見つけられなければ追いつけない。


そう自分へ言い聞かせ、ひたすら遠くを目指した。


何度も、ミリアの顔が頭に浮かんだ。


以前、廊下で見た男。


法衣を引き裂かれ、拷問で全身をぼろぼろにされていた。


俺を逃がしたことが発覚すれば、ミリアも同じ目に遭うのだろうか。


いや。


今は考えるな。


立ち止まれば、彼女が作ってくれた機会を無駄にしてしまう。


俺は何も考えないようにして、ただ夢中で走り続けた。


◇


どれほど進んだのか分からない。


日が昇る頃には、足がほとんど動かなくなっていた。


森の中に朽ちかけた小屋を見つけ、倒れ込むように中へ入った。


壁には穴が開き、屋根も半分ほど崩れている。


それでも、外から姿を隠すには十分だった。


俺は床へ横になり、エンパシーの感度をできる限り広げた。


誰かが近づけば、感情で分かるはずだ。


そのときは逃げる。


問題は、もう逃げる体力がほとんど残っていないことだった。


短い休憩を取り、再び歩き出す。


途中からは、走っているのか転び続けているのか自分でも分からなかった。


枝に服を裂かれ、何度もぬかるみへ足を取られる。


それでも、指定された座標は近づいていた。


もう少し。


あと少しだ。


森が途切れ、視界が開けた。


緑の少ない、赤茶けた大地。


その中央に、数人の人影が立っていた。


「セレスタ……?」


安堵しかけて、足が止まる。


そこにいたのは、シアーダ大佐とグラディエンの兵士たちだった。


黒い装甲服。


銃器。


折り畳まれた野営設備。


見間違えるはずがない。


シアーダ大佐が、こちらへ銃を向けた。


「止まれ」


鋭い声が飛ぶ。


「貴様、何者だ」


「シアーダ大佐! どうしてここに?」


その瞬間、彼女の目から表情が消えた。


青白い光が瞳の奥を走る。


数秒間、こちらを見たまま完全に静止していた。


「……大佐?」


やがて、ゆっくりと瞬きをする。


瞳へ光が戻った。


「お前は、あのときの……」


「俺のこと、忘れたんですか?」


「名前は……」


「エイユです」


「そうか。エイユ」


まるで今、俺に関する記憶をどこかから引き出したような反応だった。


「お前が、緑環の探し物か」


「セレスタという人と、ここで会うように言われました」


「なるほど。あの能力を狙っているということか」


シアーダ大佐が何かを言いかけたとき、兵士の叫び声が飛んだ。


「後方より多数の敵影!」


俺の頭の中にも、強烈な殺意が押し寄せる。


森の奥。


追手が近い。


「おいおい……」


シアーダ大佐が、面倒そうに俺を見る。


「ずいぶんな土産を持ってきたな」


木々の間から、白と赤の甲冑をまとったパラディンたちが現れた。


そして、その中央。


ひときわ巨大な深紅の甲冑が、木の枝を押しのけながら進み出る。


上級パラディン、ヴェレスティン。


「見つけたぞ、異端者」


兜の奥から、低い声が響いた。


ヴェレスティンは、シアーダへ大剣を向ける。


「女。その男を渡せ」


シアーダが鼻で笑った。


「お前たちの神は、落とし物を自分で拾うこともできないのか?」


周囲のパラディンが武器を構える。


ヴェレスティンだけは、楽しそうに大剣を肩へ担いだ。


「機械に魂を売った人形が、神々を語るか」


「試してみるか」


シアーダがブレードを抜く。


「お前を解体して、祈れば動く部品が入っているか確かめてやる」


喜んでいる。


この男は単純に、強い相手と戦いたいのだ。


シアーダは俺を見ずに言った。


「エイユ。お前には命を救ってもらった――らしい」


「らしい?」


「だから一度だけ助けてやる。だが、期待はするな」


彼女の視線がヴェレスティンへ向く。


「あれは私一人では無理だ。あと三人ほど私がいれば別だがな」


「全員撤収準備! エイユも連れていけ!」


兵士が俺の腕を掴もうとする。


俺はそれを振り払った。


「待ってください。俺にも策があります」


もう《神々の僕》へ疑いを晴らす必要はない。


ヴェレスティンを倒さなければ、追跡は終わらない。


アレイシアから授かった即死能力がある。


俺は敵へ指を向け、声を張り上げた。


「万象を見通す深淵の叡眼――アカシック・アナライザー!」


《鑑定を開始します》


《ヴェレスティン》

所属:宗教勢力《神々の僕》


レベル:測定不能

攻撃力:700 (+600)

防御力:850 (+600)

素早さ:200 (+100)


保有能力:一部解析不能


「……強すぎるだろ」


シアーダ大佐の攻撃力は三百、素早さは四百だった。


速度では勝っている。


それ以外は、絶望的な差だ。


「コール!」


シアーダが叫んだ。


上空から、黒い物体が猛烈な速度で降下してくる。


翼のない、無人のホバー戦車。


機体下部が開き、無数の光が地上へ落ちた。


爆発。


炎と土煙が追手を吞み込む。


周囲にいたパラディンたちがややよろめいて、膝をついている。


だが、爆炎の中央に立つヴェレスティンは全く微動だにしない。


深紅の甲冑には、傷一つついていなかった。


ヴェレスティンが手でサインを送るとパラディンたちは撤退する。


シアーダが腰の容器を地面へ投げる。


中から黒い素材が流れ出し、瞬く間に砲台と巨大な対物ライフルを形成した。


轟音。


弾丸がヴェレスティンの胸を直撃する。


わずかに身体が揺れただけだった。


「硬すぎだろ……!」


次の瞬間、シアーダの姿が消えた。


金属音が連続する。


前。


右。


背後。


上。


シアーダは視線で追えない速度で移動し、四方からブレードを叩き込んでいた。


攻撃の一つひとつに、相手を確実に殺そうとする意志がこもっている。


ヴェレスティンは大剣だけで、それらを受け止めていた。


巨大な刃が横薙ぎに振るわれる。


シアーダがブレードを傾け、受け流そうとする。


甲高い音。


彼女のブレードが、中央から折れた。


シアーダは表情一つ変えず、柄を捨てた。


腕の装置から黒い素材が流れ出し、新しい刃を形成する。


「言っただろ。期待するなと」


息が上がっている。


「次で奥の手を使う。策があるなら早くしろ。ないなら逃げろ」


彼女の瞳に、青い炎のような光が灯った。


《アカシック・アナライザー》が、変化を捉える。


《戦闘機構:オーバークロック》


神経伝達および外部装備の処理限界を一時的に解除。

身体能力を大幅に向上させる。

装備寿命の急激な消耗、および使用者への重大な身体負荷を伴う。


シアーダが踏み込んだ。


音が、あとから来た。


先ほどまでとは比べものにならない狂ったような連撃が、ヴェレスティンへ集中する。


深紅の甲冑がへこむ。


巨体が初めてよろめいた。


効いている。


しかし、シアーダの腕や脚からも血が噴き出していた。


攻撃の反動に、身体そのものが耐えられていない。


ヴェレスティンの大剣が彼女を捉えた。


刃の腹で弾き飛ばされ、シアーダの身体が地面を転がる。


「危ない!」


俺はヴェレスティンへ狙いを定めた。


ためらっている場合ではない。


殺さなければ、シアーダも俺も殺される。


腹の底から、正式名称を叫ぶ。


「因果を断ち命脈を絶つ終焉魔眼――デッド・エンド・オブ・デス!」


視界が黒く染まった。


ヴェレスティンの胸へ、細い光が伸びる。


《対象の生命活動へ干渉しました》


しかし、ヴェレスティンは死なない。


苦しむ様子すらない。


ゆっくりと、こちらへ顔を向ける。


「どうなってるんだ! 即死は!?」


アレイシア。


このスキル、不良品じゃないか。


ヴェレスティンが、こちらへ歩き始めた。


即死能力は通じない。


だが、まだ俺にも他に切り札がある。


俺は両手を広げ、荒野へ向かって叫んだ。


「魂魄を束ねし神経共鳴――ソウル・シナプス・ハーモナイズ!」


意識を、可能な限り遠くまで広げる。


森。


大地。


その地下に張り巡らされた、無数の小さな神経。


赤茶けた地面のあちこちから、銀色の光が浮かび上がった。


一匹。


十匹。


百匹。


この地上を恐怖に陥れている、最悪の魔物


無数の《ソウル・フライ》が群れを作り、空を覆う。


「行け!」


銀色の群れがぬらぬらとした輝く鋭い槍となって、一直線にヴェレスティンへ襲いかかる。


そのとき。


上級パラディンの背後で、炎が燃え上がった。


一本の剣だった。


刃そのものが白熱し、柄も、鍔も、その輪郭さえ絶えず揺らめいている。


炎の剣は誰の手にも握られていない。


ひとりでに回転し、深紅の騎士の周囲へ灼熱の円を描いた。


一度。


二度。


三度。


銀色の群れが、その輪へ飛び込む。


ソウル・フライは焼けもしなかった。


触れた瞬間、ただ消えた。


灰も、断末魔さえ残らない。


まるで最初から、近づくことも、存在することも許されなかったように一瞬で消滅した。


《神聖防壁――エデンの回転炎剣》


かつて、楽園を追われた人間の前に置かれた炎の剣。


神と人とを隔てる、絶対の拒絶。


炎の向こうで、男がゆっくりと俺を見た。


兜の奥に、ぎらぎらと燃える眼が見えた。


そのとき、誰のものとも知れない声が、頭の中で囁いた。


――用心せよ。用心せよ。


――あの男の燃える眼を、炎になびく髪を。


――彼のまわりに三度、輪を描き、


――聖なる畏れとともに目を閉じよ。


深紅の騎士が、一歩ずつゆっくりと踏み出す。


炎の剣が回転する。


原生生物も触れることすらできない。


シアーダは血まみれで、地面に片膝をついている。


違う。


こいつは人間じゃない。


神の執行人――神罰そのものだ。


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