第九話 決闘裁判、勝っても死刑らしいです(後編)
長くなったので分割しました。内容は以前と同じです。
どれほど時間が経ったのか。
窓のない石造りの牢では、外が昼なのか夜なのかも分からない。
やがて扉の向こうから足音が聞こえた。
「エイユさん」
鉄格子の前に、ミリアが立っていた。
顔には疲労の色が濃かった。
「まずい状況になりました」
「見れば分かります」
「あなたの存在が、教団上層部へ知られてしまいました。今、枢機卿会は二つに割れています」
ミリアは鉄格子を握った。
「あなたを神々に遣わされた英雄として保護すべきだという者。そして、魔物と通じる異端者として、直ちに処刑すべきだという者」
「多数決で決めるんですか?」
「おそらく、決着はつきません」
「じゃあ助かる?」
ミリアは答えなかった。
その沈黙で、嫌な予感がした。
「この国には、古い決闘裁判の制度があります」
「決闘?」
「互いの主張が人の知恵では裁けぬとき、神々の御前で戦うのです。正しき者には加護が与えられ、生き残るとされています」
「俺が誰と?」
「上級パラディン、ヴェレスティン」
終わった。
戦う前から結果が出ている。
「ちなみに、装備は?」
「身分に応じて定められます」
「ヴェレスティンは?」
「パラディンの正式装備一式です」
「あの甲冑と大剣?」
「はい」
「俺は?」
ミリアが目を伏せる。
「織綿か革でできた鎧と、棍棒です」
裁判ではない。
公開処刑だ。
装備が同じでも勝てないのに、相手は全身甲冑。こちらは棒切れ。
神々は、ずいぶん分かりやすく身分の高い方へ加護を与えるらしい。
「ですが、あなたを死なせはしません」
ミリアが強い口調で言った。
そのとき、彼女の胸元にある小さな端末が光った。
誰かから呼び出しが入ったらしい。
「すぐ戻ります。ここで待っていてください」
「牢屋なので、ほかに行けません」
ミリアは少しだけ笑い、牢番とともに通路の奥へ消えた。
◇
一人になった俺は考えた。
ヴェレスティンに勝つ方法。
自分の今のステータスを見る。
《エイユ》
レベル:4
攻撃力:7(+0)
防御力:45(+40)
素早さ:10(+0)
まともに戦っても勝ち目はない。
だが、俺には女神がいる。
彼女の用意した千三十二の能力の中には、雷や嵐を操るものもあった。
今から攻撃系スキルを手に入れれば、あるいは――。
俺は意識を集中させた。
「魂魄を束ねし神経共鳴――ソウル・シナプス・ハーモナイズ」
《接続先を検索しています》
《対象を発見》
《接続を開始します》
『……何?』
不機嫌そうな女神の声が聞こえた。
『こんな時間に』
「寝てた?」
『寝てない。目を閉じて、世界の深遠について考えてただけ』
寝ていたらしい。
「決闘することになった」
『へえ。頑張って』
「相手がめちゃくちゃ強い。ほぼ確実に死ぬから、攻撃系のスキルが欲しい」
沈黙。
次の瞬間、女神の声が明るくなった。
『やっとその気になったの?』
「そんなにうれしい?」
『だって、あんた今まで何してたの。怪物の情報を見て、怪物の気持ちを聞いて、最後には「向こうへ行け」って追い払っただけじゃん』
「役には立っただろ」
『転生者としては地味すぎ。犬でももう少し戦うよ』
「煽るな」
『相手がそんなに強いなら、中途半端な攻撃はやめた方がいいね』
視界に、新たなスキルが表示された。
《因果を断ち命脈を絶つ終焉魔眼――デッド・エンド・オブ・デス》
指定した生命体の生命活動を、即座に停止させる。
「名前、過去一で頭悪そうだな」
『強そうでしょ?』
「これ、つまり……相手を殺すのか?」
『即死って言ったじゃん』
軽い調子で返された。
人を殺す。
これまで怪物に襲われ、兵士が死ぬところも見た。
それでも、自分の意思で人間を殺したことはない。
ヴェレスティンにも家族や仲間がいるのかもしれない。
俺がためらっていると、女神が言った。
『殺さなかったら、あんたが死ぬんでしょ?』
「……そうだけど」
『じゃあ、仕方ないじゃん』
簡単に言う。
だが、ほかに方法はない。
「分かった。それを覚える」
《スキルを取得しました》
《因果を断ち命脈を絶つ終焉魔眼――デッド・エンド・オブ・デス》
『ちゃんと正式名称を叫んでね』
「即死させる前に、能力名を最後まで聞いてもらう必要ある?」
『礼儀じゃん』
何に対する礼儀だ。
『それと、前から言おうと思ってたんだけど』
女神の声が、少しだけ小さくなる。
『私のこと、女神って呼ぶのやめてくれない?』
「じゃあ何て呼ぶんだよ」
『アレイシア』
初めて聞く名前だった。
『次からは、そう呼んで』
「ああ、分かった。ありがとう、アレイシア」
わずかな沈黙。
『……別に』
照れたような声を残し、接続が切れた。
◇
ほどなくして、ミリアが戻ってきた。
「ミリア。女神と話した」
「また神託を?」
「ああ。新しいスキルも手に入れた」
俺は自分へ言い聞かせるように続ける。
「この能力なら勝てる。ヴェレスティンを一撃で倒せる」
ミリアの表情は明るくならなかった。
「……そういう問題ではないのです」
「どういう意味だ?」
「あなたが勝っても、これで終わりにはなりません」
彼女は鉄格子越しに俺を見る。
「教団が必要としているのは、経典に矛盾しない結末なのです」
「俺が勝てば、俺が正しいことになるんじゃないのか?」
「異端と疑われた者が、不可解な力で倒すのです。彼らはそれを奇跡とは呼ばないでしょう」
「じゃあ、何と呼ぶ?」
「悪魔の力です」
言葉を失った。
「たとえ正々堂々と勝ったとしても、教義に沿った理由がなければ、不正か悪魔の加護とされるでしょう」
「負けたら死ぬ。勝っても異端認定がなくなるわけではない」
「はい」
「それ、決闘する意味ある?」
ミリアは答えなかった。
ないのだ。
最初から、俺を殺すための手続きにすぎない。
「ひどい話だな」
思わず、言葉が漏れた。
「自分が清らかだと証明するために、誰かを汚れたことにする。正しい人間でいるために、間違っている人間を作り続ける。本当はその人が何なのかなんて気にもかけない」
ミリアが悲しそうに目を伏せた。
彼女も、その国の一員だ。
その信仰を心から信じている。
それでも、言葉を止められなかった。
「こんなものが神の裁きなら、神様は最初から答えを聞く気なんてないじゃないか」
「……神は、そのようなお方ではありません」
小さな声だった。
反論するような言葉なのに、その声には力がなかった。
「なら、これは何なんだよ」
ミリアはしばらく黙っていた。
「……私にも、わかりません」
それは彼女にとって、口にするだけでも苦しい言葉だったのだろう。
「ただ……人が神の御心を正しく理解しているとは、限らないのだと思います」
そして、顔を上げた。
「ですから、逃げてください」
鉄格子の扉が、音を立てて開く。
牢番は俺と目を合わせず、静かに頭を下げた。
「ミリアはどうなる?」
「私には聖女としての立場があります。すぐに命を奪われることはないでしょう」
すぐには。
その言葉が引っかかった。
「行きましょう。時間がありません」
◇
ミリアは俺を、聖堂地下の古い通路へ案内した。
湿った石段を下り、使われていない納骨堂を抜ける。
祭壇の裏に隠された扉の先には、町の外まで続く細い地下道があった。
出口の前で、ミリアが小さな端末を差し出す。
「この座標へ向かってください」
表示された場所は、町から離れた森林地帯だった。
「そこに《緑環同盟》のセレスタという女性が来ます。原生生物との共存を研究している方です」
「信用できる?」
「考え方は、私とは大きく異なります」
ミリアは少し迷ってから続けた。
「ですが、あなたに危害を及ぼすことはありません」
この国にいるよりは信用できそうだ。
「ミリアも一緒に来ないのか?」
「私は行けません」
即答だった。
「あなたを逃がした者がいなくなれば、協力した人々へ疑いが向けられます。それに――」
ミリアは胸元の聖印にそっと触れた。
「私は、ここで聖女として生きてきました。私の言葉を信じてくれた人も、私を頼ってくれた人もいます。」
その顔を見て、言葉を失った。
ミリアは泣いていなかった。
取り乱してもいない。
ただ、静かに立っている。
それなのに、まるで一人で地獄に残ろうとしているように見えた。
悪魔たちの嘲りと罵りを浴びせられ、信じてきたものすべてから辱められても、声を上げずに耐えようとしている。
「だからこそ、私はここを捨てられません」
ミリアが、いつもの優しい笑顔を作った。
「……わかった」
俺は立ち上がった。
「でも、必ず戻る」
ミリアは一瞬だけ目を見開いた。
しばらく俺を見つめていた。
やがて、少しだけ困ったように眉を下げる。
「……それは、困ります」
「どうして」
ほんの少しだけ、彼女の頬が緩んだ。
泣きそうなのに、嬉しそうな顔だった。
「嬉しくなってしまうので」
鉄の扉が閉じていく。
最後に見えた彼女の赤い髪は、地下道の暗闇の中で、小さな炎のように揺れていた。
鉄の扉が閉じたあと、静かな暗闇の中に文字が浮かび上がった
《称号を獲得しました――聖女が選んだ異端者》
高エネルギー兵器に対する耐性がわずかに上昇
瀕死時、一度だけ精神力が上昇
◇
はるか後ろから、何かの気配がする。
姿は見えない。
足音も、まだ聞こえない。
それでも、おぞましく強大な何か。
――夜ごと安らかに眠れると思うな。神の正義は、決してお前を見失わない
あの男の声が聞こえた気がした。




