九話 灼熱の時、魔境を夢見たコンチェルト
ホームルームの時間。
「はい、では来月の修学旅行について説明しますね〜」
先生の一言で、教室の空気が一気にざわついた。
「沖縄だってよ」「マジか、海じゃん」
あちこちから期待の声が上がる中——
「……すぅ、我が魔術によって滅びるがいい……」
一人だけ、机に突っ伏して寝言をつぶやく少女がいた。
(……いつも通り、何してるんだか)
春斗は横目でゆいを見て、特に起こすこともなく黒板に視線を戻した。
◆◇◆
放課後。
四人で並んで帰る道。
「ちゃんと聞いてたか?」
春斗が何気なく聞く。
「無論だ。完璧に把握している」
即答。
嫌な予感しかしない。
「じゃあどこ行くんだよ」「ふふん……魔境だ!」
「それはどこだよ」
春斗のツッコミに、ゆいは胸を張り、自信ありげな顔を貫く。
「はぁ……沖縄だよ。行くところは」
「おぉ!!沖縄!!南方に存在する常夏の魔境——沖縄……最高だ!!」
「まぁまぁ、楽しいのはこれからだよ〜」「そうですね。準備も含めて、行事ですから」
茜と柊一が自然にフォローする。
「ということでだ!」
ゆいがぴたりと足を止める。
「装備を整える必要がある!我の力に相応しい装束をな!」「ただの服買いに行くだけだろ」
「いいね、じゃあみんなで買いに行こっか」「賛成です」
そのまま、週末に四人で出かけることが決まった。
◆◇◆
ショッピングモール。
人の流れと明るい音楽。
夏本番も近いからか、ショッピングモールはいつも以上に人で溢れていた。
「では我はこの闇に染まりし衣を——」「ダメだ」
服が陳列しているところからゆいが手に取ったのは、真っ黒でフード付き、やたらと装飾の多い服。
「なんでだ!完璧だろう!」「沖縄でそれ着る気かよ」
春斗の呆れた声。
横で、茜が一枚の服を手に取る。
「ゆいちゃん、こっち着てみてよ」
淡い色のワンピース。ゆいがあまり着ないタイプの服。
「なっ……これは……!」
「絶対似合うよ」
そう言われて、ゆいは一瞬固まる。
そして——
「……そ、そうか?」
少しだけ声が小さくなる。
数分後。
試着室から出てきたゆいを見て、茜がぱっと笑う。
「やっぱり似合う!可愛い!」
「そう……なのか……!」
耳まで真っ赤にしながら、視線を逸らすゆい。
その様子に、春斗は思わず口元を緩める。
「ほら春斗くんもなんか言ってあげて」「え、俺?」
急に振られて、一瞬言葉に詰まる。
「……まぁ、いいんじゃないか」
ぶっきらぼうな一言。
でも、ゆいはそれを聞いてさらに顔を赤くした。
「そ、そうか……そうに決まってるだろ!!」
春斗の肩をバシバシとゆいが叩く。
「あれ?柊一くんは何も買わない?」
「無いのは水着だけなので服は大丈夫ですよ」
柊一は遠い目でゆい達を見る。その目は寂しさもあるが——
「春斗!柊一!貴様らに似合いそうな服を見つけたぞ!」
笑顔でゆいが服を二着持ってくる。
「ゆい、柊一は買わないみたいだぞ」
「いえ、試着して考えましょう」
柊一は、ゆいの元へ歩いていく。顔には紛れもなく笑顔が浮かんでいた。
◆◇◆
水着売り場。
「次はこれだな!」「やっぱ、水着はテンション上がる〜」
並ぶ色とりどりの水着。
ゆいはその中からいくつか手に取り、体に当ててみる。
「どうだ!」「いいと思うよ〜」
フリフリのついた水着を見て、茜が頷く。
そのやり取りを少し離れた場所から見ていた春斗は——
その視線に、茜が気づく。
ほんの一瞬。
でも確かに見逃さなかった。
茜は、何も言わずに小さく笑う。
「じゃあこれにしよっか」「うむ!」
ゆいは嬉しそうに頷いた。
「春斗さんも選びましょう」
「あぁ、そうだな」
水着を選びながら、春斗はラックを眺める。
「意外と派手な柄とかあるんだな」
「海ですからね。浮かれている人向けです」
柊一がさらりと言う。
「確かにそうだな」
柊一の意外な発言に春斗は微笑む。
「一応、自分も浮かれてはいますよ」
本当にわかりづらい。でも本人が言ってる以上本当のことだろう。
春斗は適当に黒ベースの水着を手に取った。
「春斗さんらしいですね」「無難なだけだ」
少し離れた場所から、ゆいと茜の笑い声が聞こえてくる。
騒がしい。
でも、不思議と嫌じゃない。
「……なんか、修学旅行って感じしてきたな」
ぽつりと漏れる。
柊一は、糸目をさらに柔らかく緩めた。
「ええ。きっと、楽しくなりますよ」
◆◇◆
帰り道。
夕焼けの中。
ゆいが紙袋を抱えて歩いている。
「ふふん……この伝説の防具さえあれば、沖縄も攻略したも同然だ!」
「まだ行ってすらないだろ」
春斗のツッコミ。
その横顔を、少しだけ見る。
(……楽しそうだな)
それは、ゆいだけじゃない。
隣を歩く茜も、後ろの柊一も。
そして——
「……まぁ、悪くないか」
小さく呟く。
その声は、夕焼けの中に溶けていった。




