十話 水龍の逆鱗。防御魔法は怠惰を極めて
放課後。
最後のチャイムが鳴った直後だった。
窓の外が、一瞬で暗くなる。
「うわっ、雨!?」
誰かの声と同時に、けたたましい雨音が校舎を叩き始めた。
さっきまで晴れていた空は、もう見えない。
「最近多いよね〜、急な雨」
茜が窓の外を眺めながら呟く。
春斗も鞄を持ったまま、外を見た。
「……走れば帰れるか」
その横で——
「ふふん!我に雨など効かぬ!」
ゆいが謎の自信を見せていた。
「今日、傘持ってきたか?」
「我には大気を操る結界術が——」
ガラガラッ!!
窓の外で雷が鳴る。
「ひゃっ!?」
ゆいの肩が跳ねた。
一瞬だけ教室が静かになる。
そして。
「効いてるじゃねぇか」
「き、気のせいだ!」
ゆいは咳払いをして誤魔化した。
◆◇◆
昇降口。
外はまだ土砂降りだった。
「こうゆう時の為に折り畳み傘があるんだよ」
茜が鞄から傘を取り出す。
「自分もありますよ」
柊一も当然のように黒い傘を出した。
問題は——
「……」
ゆい。
「お前ほんとに無いのか」「……ふっ。雨とは神からの恵み、それから身を守ってどうする」「つまり無いんだな」
春斗はため息を吐いた。
「じゃあ、ゆいちゃん一緒に入ろ?」「よいのか!?」
ぱっと顔を明るくする。
「もちろん」
茜が笑う。
その後ろで、春斗と柊一も傘を開いた。
◆◇◆
雨の中を、四人で歩く。
前には、茜とゆい。
後ろには、春斗と柊一。
「おぉ……!」
ゆいは傘の外に手を伸ばしていた。
「子供かお前は」「雨の力を感じているのだ!」
茜がくすくす笑う。
「風邪引くよ〜?」
「問題ない!」
そう言った直後。
水たまりに足を滑らせた。
「わっ——」
「危なっ」
茜が慌てて腕を掴える。
「……大丈夫?」「う、うむ……」
少しだけ恥ずかしそうな顔。
その様子を後ろから見ていた春斗と柊一が急いで駆け寄る。
「大丈夫か!」「大丈夫ですか!」
「案ずるな!大丈夫」
元気だけはある。
◆◇◆
後ろを歩く二人。
こちらは、比較的静かだった。
雨音だけが一定のリズムで響いている。
「楽しそうですね」
柊一がぽつりと言う。
「……何がだよ」
「皆さんですよ」
前を歩く二人を見る。
ゆいが何かを言って、茜が笑っていた。
騒がしい。
本当に。
「……うるさいだけだろ」
そう返す。
けれど。
その声は、前より少しだけ柔らかかった。
柊一は小さく笑う。
「春斗さん、変わりましたね」
「そうか?」
「ええ」
短いやり取り。
それだけだった。
◆◇◆
前を歩いていたゆいが、ふと後ろを見る。
「む」
「どうしたの?」
「いや……」
春斗と柊一が並んで歩いている。
自然に。
当たり前みたいに。
「なんでもない!」
ゆいは前を向いた。
その横顔を見ながら、茜が小さく笑う。
「ゆいちゃんってさ」
「なんだ!」
「ほんと春斗くん好きだよね〜」
一瞬、ゆいの動きが止まる。
「なっ——!?」
「え、違うの?」
「ち、違くはないが……仲間としてだ!」
顔が真っ赤だった。
「はいはい」
「むぅ……」
茜は笑いながらも、少しだけ視線を落とす。
でも、その表情は暗くなかった。
◆◇◆
分かれ道。
「では、また明日ですね」
柊一が軽く頭を下げる。
「またな〜」
茜が手を振る。
ゆいは晴かけている空を見上げながら、大きく笑った。
「修学旅行も楽しみだな!」
その言葉に。
春斗は少しだけ間を置く。
昔の自分なら、こんな行事に期待なんてしなかった。
でも——
「そうだな」
自然に、そう返していた。
雨音はまだ続いている。
なのに今日は、少しだけ世界が明るく見えた。




