十一話 輝きし翼は空を切り、魔境へと降り立つ。
修学旅行当日。
まだ朝早いというのに、学校前には妙な熱気があった。
大きなキャリーバッグを引く音。友人同士ではしゃぐ声。眠そうに欠伸をする生徒。
そんな朝の憂鬱が残る騒がしさの中——
「ついにこの時が来たかぁ!!」
ゆいだけは朝から全力だった。キャリーバッグを引きながら、スキップして校門へ向かう。
「常夏の魔境・沖縄!!我らを待つ未知なる冒険!!」
「朝から元気だな……」
春斗は半分眠そうな目を擦りながら呟く。
その隣で、茜が小さく笑った。
「でも、ゆいちゃん昨日は絶対あんまり寝てないよね」「ふふん!興奮のあまり7時間しか眠れなかった!」「しっかり寝てる、じゃねぇか」
即座にツッコむ。
柊一はそんなやり取りを見ながら、静かに口を開いた。
「皆さん、忘れ物はありませんか?集合時間まではまだ余裕があるのでコンビニなどで買いに行けますよ」「修学旅行でそこまで冷静なのすごいな、お前」「いやいや、しっかり浮かれてはいますよ」
相変わらず分かりづらい。
でもほんの少しだけ、口元が緩んでいる気がした。
◇◆◇
空港へ向かうバスの中。
生徒たちのテンションは、すでにかなり高かった。
後方の席では誰かがトランプを始め、前の方では先生が「騒ぎすぎないように〜」と注意している。
そんな中。
「春斗!」
ゆいが勢いよく身を乗り出してきた。
「飛行機とは本当に空を飛ぶのか!?」「いや逆に何だと思ってたんだよ」「巨大な転移装置の可能性もあるだろう!いや、飛行魔法で飛んでいる可能も……」
真顔だった。
「ないから安心しろ」
その会話を聞いて、茜が後ろのシートから顔を出す。
「ゆいちゃん、飛行機初めて?」「うむ!」「じゃあ離陸の時びっくりするかもね〜」「問題ない!我は高位存在だからな!」
その言葉を聞いた春斗は、なんとなく嫌な予感がした。
◇◆◇
空港。
「広っ……」
春斗は思わず呟いた。
巨大な天井。行き交う人の波。ずらりと並ぶ土産店。
普段あまり遠出をしない春斗にとっても、それは少し非日常な景色だった。
その横では——
「おおぉぉ……!」
ゆいが完全に観光客になっていた。
「見ろ春斗!白銀の翼だ!!」
ガラス越しに見える飛行機を指差している。
「声でかいって」「これが空を征く機械文明……!」
「本当に好きだね、そういうの」
茜が笑いながら言う。
すると柊一が、搭乗券を確認しながら静かに呟いた。
「そろそろ搭乗開始ですね」「もうか!?」「今まで何聞いてたんだよ」
「結構早いね〜」
春斗はため息を吐きながら、歩き出した。
◇◆◇
搭乗口を抜け、機内へ入る。
「狭いな」「秘密基地みたいだね〜」「まるで移動式要塞……!」
それぞれ感想はバラバラだった。
座席は、窓側にゆい、その隣に春斗。
通路を挟んで茜と柊一。
ゆいは窓に張り付くように外を見ていた。
「すごいぞ春斗!地上の民が小さい!」「まだ飛んでないぞ」「なにっ!?」
そんなやり取りをしているうちに、機体がゆっくり動き始める。
エンジン音が大きくなる。
「……おぉ」
ゆいの声が少し小さくなった。
滑走路。
加速。
そして——
激しい揺れと、ふわりと体が浮く感覚。
「浮いた!!」
ゆいが目を輝かせた。
「我らは今、空を征いているのか!?」「だから飛行機だって言っただろ……」
春斗は遠い目をする。
その横で、ゆいは完全に窓に釘付けだった。
「すごいぞ!地面がどんどん離れていく!」「落ち着けって」
だが、春斗も少しだけ窓の外を見る。
白い雲。
青い空。
現実感が薄れるような景色だった。
通路側では、柊一が静かに本を読んでいる。
「お前よくそんな平然としてられるな」「慣れていますので」「慣れってすごいね〜。何度か乗ったことあるけどやっぱり慣れないよ、この感覚」
茜が感心したように言う。
そのとき。
機体が少し揺れた。
「うわっ!?」
ゆいが春斗の腕を掴む。
「ちょ、離せって」「落ちるのか!?」「大丈夫だから落ち着け!」
半分叫びながら返す。
前の席から、小さな笑い声が聞こえた。
「気流の影響により揺れがありますが、運航への影響はありません」
機内にアナウンスが響く。学生達がホッとした為か、会話する声が聞こえてくる。
◇◆◇
数時間後。
飛行機がアナウンスと共にゆっくり高度を下げ始める。
窓の外に見えたのは——
「海……」
どこまでも青い景色だった。陽射しを反射して輝く水面。白い雲。濃い緑。
今まで見てきた景色とは、どこか色そのものが違う。
「常夏の魔境……」
ゆいがぽつりと呟く。
「本物だ……!!」
その声には、いつものふざけた調子だけじゃない感動が混じっていた。
春斗も窓の外を見つめる。
胸の奥が、少しだけ高鳴っていた。
(……修学旅行、か)
ようやく湧いてきた気がした、この非日常が始まった実感が。




