七話 病魔に呪われし者、安らかなる光を浴びて
ピピピピピピ。
スマホの目覚ましを止め、時間を見る。
6:00
体がやけに重い。熱がこもっているような感覚。額にはじんわりと汗。
春斗はゆっくりと上半身を起こし、体温計を脇に挟む。
しばらくして表示された数字は——
38.8
一目で分かる、風邪だった。
「課外で貰ったか……」
ぼそりと呟き、学校へ連絡を入れる。
そのままふらつく足取りで冷蔵庫へ向かい、水のペットボトルだけを取り出すと、ソファへ倒れ込んだ。
体のだるさは増すばかりで、ベッドに戻る気力も残っていない。
「あー……飯、どうすっかな……」
思考は途中で途切れ、そのまま意識が落ちた。
◇◆◇
ピンポーン。
インターホンの音で目が覚める。
いつの間にか眠っていたらしい。時計はすでに昼を回っていた。
「……出ないと……」
重い体を無理やり起こし、壁に手をつきながら玄関へ向かう。
一歩進むたびに、体が軋む。
ようやく辿り着き、扉を開けると——
「こんにちは、春斗さん」
そこにいたのは柊一だった。ビニール袋を片手に立っている。
その後ろから、ひょこっと顔を出す二人。
「体調、大丈夫?」「大丈夫か!春斗!」
ゆいと茜。
三人の姿を見て、春斗は固まった。
「なんで……お前ら……」
「お見舞いですよ。ゆいさんの提案で」
柊一の言葉に、ゆいが誇らしげに胸を張る。
「うつるから来なくてよかったのに……」
「みんな心配で来たんだから。病人は大人しく頼るの」
結局、三人は部屋に上がることになった。
生活感はあるのに、どこか音のない1LDK。
一人暮らしの静けさが、そのまま形になったような空間。
茜と柊一が、一瞬だけ目を合わせる。
「とりあえず、春斗くんは休んでて」
「……わかった」
春斗はそのままベッドに倒れ込んだ。
◆◇◆
「よし!回復の儀式を執り行う!」
「やめろ」
即座に拒否。
しかし、ゆいは止まらない。
「光よ集え!生命の源よ、この者に力を——」
「頼むから静かにしてくれ……」
弱々しいツッコミがベッドから飛ぶ。
開いたままの扉の向こうでは、柊一が無言で動いていた。
読みっぱなしの本を整え、流しに残った食器を片付け、静かに部屋を整えていく。
茜はキッチンに立ち、手際よく何かを作っていた。
「……お前ら、ほんと何しに来たんだよ」
春斗が小さく呟く。
すると——
「仲間が倒れたら駆けつける。それが当然だろう?」
ゆいが即答した。
なぜか頭にろうそくを立てながら。
「……そうか」
それ以上は、何も言わなかった。
◆◇◆
しばらくして。
部屋は見違えるほど整っていた。
「はい、おかゆできたよ」
茜が優しく声をかける。
「食べれそうなら、少しでいいから」
春斗は体を起こし、お盆を受け取る。
一口。
じんわりと温かい。
「……うまい」
「でしょ?」
少し得意げな茜。
その横で、ゆいが満足そうに頷く。
「我の儀式も効いてきたようだな!」
「関係ないだろ……」
「もしかしたら効いてるかもよ?なんだって、ゆいちゃんなんだから」
「そんなわけ——」
「呪術医療という分野もありますし、完全に否定はできませんね」
突然の柊一の声にゆいと茜が驚いて後ろを振り向く。
「いつの間にいたの!?」
「先程からいましたよ。ですよね、春斗さん」
「あぁ、確かにいたぞ」
「まったく気づかなかった……」
「まさか貴様……漆黒の暗殺者の家系か!?」
静かだった部屋が、一気に騒がしくなる。
それが妙に心地よくて。
春斗の表情が、自然と緩んでいた。
◆◇◆
夕方。
「やば、もうこんな時間!」
「少し長居してしまいましたね」
三人は玄関へ向かう。
その背中を見て、春斗の胸の奥がじんわりと温かくなる。
「……ありがとな」
ぽつりと漏れた言葉。
三人は一瞬きょとんとして、すぐに笑う。
「当然だ!」「大したことしてないよ」「お大事にしてください」
扉が閉まる。
静寂が戻る。
けれど——
さっきまでの気配が、まだ部屋に残っている気がした。
天井を見上げる。
「……うるさかったな」
ぽつりと呟く。
でも、その声はどこか柔らかくて。
目を閉じると、少しだけ安心できた。




