十八話 陽輝きし日々。今の徒労は未来を見て。
朝から蝉の声が聞こえていた。
カーテンを開ける。
空は雲一つない晴天で、太陽がギラギラと地面を照りつける。
「……暑いな」
春斗は冷蔵庫を開け、タッパーを取り出した。
昨日の残りの野菜炒め。
炊飯器からご飯をよそい、そのまま台所で朝食を済ませる。
食べ終わった食器をシンクへ置く。
ふと、食器用洗剤に目を向けた。
(これ、中身あるか?)
春斗の不安は的中する。
スポンジに洗剤を出そうとしても、出てきたのはブッという音と、ほんの少しの洗剤だけだった。
「……」
シンク下の収納を開ける。
しかし、そこにも目当てのものはない。
「うわ〜。洗剤切らしてる」
春斗は手を拭くと、適当に着替えた。
財布とスマートフォンをポケットに入れる。
そして、玄関へ向かった。
外へ出た瞬間。
「……暑っ」
家の中とは比べ物にならない熱気が、全身を包み込み、蝉の声も一段と大きく聞こえる。
「早く買って帰ろ」
そう呟いて、春斗は歩き出した。
◇◆◇
近所の店で食器用洗剤を買う。
目的は、それだけだった。
……だったのだが。
帰り道。
春斗は書店の前で足を止め店内をじっと見る。
「……」
店の中は涼しそうだった。
入口から流れてくる冷房の風が、火照った顔に当たる。
「……少しだけ」
別に欲しい本があるわけではない。
ただ、暑いから。
そう自分に言い聞かせて、春斗は店内へ入った。
涼しい。
「……生き返る」
小さく呟き、本棚の間を歩く。
特に目的もなく、気になった本を手に取っては戻していく。
しばらくして。
「あれ?」
後ろから聞き覚えのある声がした。
春斗が振り返る。
「春斗さん?」
「……柊一?」
そこにいたのは柊一だった。
本を片手に持ち、いつものように落ち着いた表情をしている。
「家ここら辺じゃないよな?」
柊一が少し考えた後、にぱっと笑う。
「あぁ、少しこっちで用事があったので。ついでに寄っただけです」
「そうか」
春斗は納得したように頷く。
二人はそのまま本棚を眺めながら、他愛のない話を続けた。
学校のこと。
夏休みのこと。
そして、これから何をするか。
「春斗さんは、この後どうするんですか?」
「帰るつもり」
「私も特に予定はありませんね」
「そうか」
そんな話をしながら、二人で店の外へ出る。
その時だった。
「……」
春斗が突然、足を止めた。
「どうしました?」
「……いや」
少し離れたところ。
そこに見覚えのある二人がいた。
ゆいと茜。
ただし、二人だけではない。
同じクラスの生徒たちと一緒に、楽しそうに話している。
「……」
春斗は何も言わず、柊一の後ろへ移動した。
「……春斗さん?」
柊一は春斗の視線の先を見る。
「ああ……なるほど」
「邪魔したら悪いだろ」
「そういうことですか」
柊一はそれ以上何も言わなかった。
しかし。
ゆいがこちらに気づいた。ガッツリ見てくる。
「……!」
春斗の肩が跳ねる。
茜もこちらを見る。
そして――
二人とも笑顔で手を振った。
「ゆいさんと茜さんですね」
「……」
柊一はゆいと茜へ手を振り返した。
「こんにちは」
「なんで柊一だけ振り返してるのだ!?」
いつの間にか近くに来てたゆいが声を上げる。
「春斗くんもいるよね?」
「……」
観念したように、春斗が柊一の横から顔を出す。
「……よ」
「よ、じゃない!」
茜が笑う。
「なんで隠れてたの?」
「別に」
「我々を見て隠れたではないか!」
「……」
「春斗?」
「……邪魔したら悪いと思っただけだよ」
一瞬。
ゆいと茜が顔を見合わせる。そして二人でふっと笑う。
「別に邪魔かんかじゃないよ」
「そうだぞ!」
ゆいも大きく頷く。
「我々は仲間なのだからな!」
「仲間って……」
春斗が少しだけ困ったような顔をする。
「そういえば、二人はあの子たちと一緒なんですね」
柊一が尋ねる。
「うん。同じクラスの子たちと遊びに来てるんだ」
茜が後ろを見る。
クラスメートたちがこちらを見ながら待っている。
「やば、他の子待たせちゃてる」
茜は後ろを向いて少し焦りを見せる。
「じゃあ、またね」
「夏祭りでまた会おう!」
「ええ。また」
「……じゃあな」
ゆいと茜は手を振ると、クラスメートたちのところへ戻っていった。
春斗はその背中を少しだけ見送る。
「……」
「楽しそうでしたね」
柊一が言う。
「もうそろそろ、帰ろうかな」
「それなら自分も用事があるのでここで」
◇◆◇
夏の日差しの中。
しばらく歩いたところで、春斗はポケットの中に手を入れる。
指先に、買ったばかりの食器用洗剤の感触があった。
「……」
今日は洗剤を買った。
書店にも寄った。
柊一にも会った。
そして、ゆいと茜にも会った。
特別なことなんて、何もない。
蝉の声が、夏の空に響いていた。
――夏休みは、まだ始まったばかりだった。




