十六話 闇の契約。伝説と共に。
期末テストまで、あと数日。
昼休みの教室は、テストの話題で持ちきりだった。
「次の数学、範囲広すぎない?」
「英語もヤバいって」
「俺、昨日三時間やったわ」
そんな会話を聞き流しながら、春斗は教科書片手に弁当を食べる。
「ついにたどり着いたぞ」
隣から、妙に小さな声が聞こえるが、それでも春斗は食べる手を止めない。
痺れを切らしたゆいが机にひょっこり顔を出す。
「ついにたどり着いたのだぞ!すべての願いを叶える伝説に」
「……また変な話か?」
「変な話ではない!」
呆れながらも春斗はゆいの話に耳を傾ける。ゆいは周囲を確認するように辺りを見回し、慎重になって口を開く。
「この近くにある神社には、ある伝説がある」
「どんなのだ?」
「特定の時刻に願い事をすると——」
ゆいが声を潜める。
「願いが叶うのだ!」
「……」
春斗は無言で弁当のおかずを口に入れた。
「反応が薄いぞ!」
ドヤ顔をするゆいを横目に食べ終わったお弁当の片付けを始める。
「我は今、人類史最大の危機に直面している!」
「期末テストだろ」
いつもの授業風景やテストの点数を見ているだけでもその考えに辿り着くのは容易い。
「そうだ!」
即答だった。
「だったら勉強すればいいだろ」
「絶望的状況。ならば奇跡に縋り、伝説を追うのは当然の節理!」
「そんなに暇なら勉強しろよ……」
春斗の発言はゆいの耳に届かず、勢いは増すばかり。
「とゆうことで!今夜、行くぞ!」
「俺も?」
「当然だ!」
「……はぁ」
春斗はため息をついた。ゆいに怪我や事故が起きたらその日の夢見が悪くなる。
「分かったよ」
「それでは茜と柊一も……」
「ただし、勉強はしろよ」
「……」
ゆいの笑顔が一瞬だけ固まる。
「も……もちろんだ!」
明らかに怪しかった。
◆◇◆
鳥居の前。夜の中で春斗は三人を一人で待つ。
辺りは闇と静寂に包まれ、月明かりが優しく照らす、その中をゆい一人が足早に近づいてくる。
「茜と柊一は?」
スマホのライトを一人で来たゆいに当てる。
「茜は門限があると言って、柊一は夜の身支度があるからと言って今回の作戦に参加することは叶わなかった。二人の為にも本作戦は必ず成功させるぞ!!」
「なら俺もやめ……」
来た道を春斗が引き返そうとするが腕をゆいに掴まれる。
「待て!春斗!我を一人にするつもりか!」
「そうだが?」
ゆいが絶望した顔をなる。それでも春斗はその場を離れようとするもゆいが腕を巻き込んで抱きついてくる。
「お願いだ、共に来てくれ!じゃないとテストが……」
春斗はゆいを引き離そうとするが思った以上に力強く抱きつかれている。
「テストなら勉強すればいいだろ」
「勉強するから、むしろ教えるから共に……共に……」
スマホのライトでゆいを照らす。
「終わったら勉強するんだよな」
ゆいが大きく頷く。
「じゃあ、早く行くぞ」
「あ、ああ!さぁ、行こう!春斗もいれば百人力だ!」
ゆいはライトに照らされながら鳥居の下をくぐる。春斗も渋々ついて行った。
◇◆◇
鳥居をくぐると雰囲気がガラッと変わった。街灯の光もあまり届かず、スマホのライトをつけなければゆいの顔すら見えない。
「雰囲気がすごいな」
「ここが伝説の地。力を感じる」
参道の長い階段を二人は上がって行く。いや、ゆいだけぐんぐん春斗の先を進んで行く。
「ゆい!あまり急いで行くなよ!」
「もう少しで願いが叶うのだぞ!うかうかしてられるか!」
風が木々を恐ろしく吹き荒らす。風は止むが静寂だけが深く残る。
さっきまでかなり先を進んでいたゆいが、いつの間にか春斗の前にいる。
「どうしたんだ?」
「何がだ?」
「いや、さっきまで前歩いてただろ」
「作戦変更だ!」
「何の作戦だよ」
「……まぁ、いいじゃないか」
さらに階段を登る。だんだんとゆいの歩幅が小さくなる。
そして。
いつの間にか、春斗のすぐ横を歩いていた。
「……怖いのか?」
「違う!」
即答。だけど少し震えていて、恐怖を隠しきれていない。
「これは警戒しているだけだ!」
「はいはい」
「本当に違うからな!」
「分かったって」
春斗はそれ以上何も言わなかった。
ただ、歩く速度を少しだけ落とした。
◇◆◇
階段を上り終わる。本堂が目の前に見えて、ゆいと春斗が賽銭箱の前に立つ。
「ここなのか」
ゆいが境内を見渡す。
「もうすぐ時間だ」
スマホの時計を見る。
あと少し。
ゆいの顔にはいつもの騒がしい表情はない。
時間になり、静かに目を閉じて手を合わせる。
「……」
ゆいの真剣な横顔。
何を願っているのか。本当にテストの事を願っているのか、それとも他の事を願っているのか、その真偽はわからない。
でも。
今は聞かない方がいい気がした。
やがて、ゆいが目を開く。
「……終わったか?」
「ああ」
「何を願ったか、聞いていいか?」
「秘密だ」
ゆいはそう言って笑った。
「なんだよ、それ」
「願い事は誰にも言わないものなのだ!」
「テストじゃないのか?」
いつもの調子。
けれど。
一瞬だけ見えた横顔は、どこか真剣だった。
◆◇◆
帰り道。
「……」
「静かだな」
すごく静か。ゆいも、この街も、この夜も。
「我は考え事をしているのだ」
「テストのことか?」
「……」
返事は返ってこなかった。
しばらくして。
春斗の袖が、ほんの少し引かれた。
「……?」
見ると、ゆいの手が春斗の袖を掴んでいる。
「どうしたんだ?」
「……別に」
「そうか」
「これは、その……」
ゆいは顔を逸らす。街灯はちらほらあったがゆいの顔は見えなかった。
「帰り道の安全を確保するためだ!」
「はいはい」
袖を掴まれたまま、歩き続ける。
夜道には二人の足音だけが響き、目の前の空には月が輝く。その明かりへ向かって。
二人は並んで歩いていった。
「……叶うといいな」
春斗がぽつりと言う。
「……!」
ゆいが顔を上げる。
そして。
「……うむ」
小さく笑った。
「きっと、叶う」
何を願ったのか、わからない。
ただ。
帰り道の間だけは。
ゆいの手が、春斗から離れることはなかった。
「テスト勉強しとけよ」
「も……勿論だ」




