十五話 天地を分かつ戦争、百熱と混沌を出会わせる。
期末テストまで、あと一週間。
先月から日程も範囲も知らされている。
つまり、誰もが準備する時間は十分にあった。
「……そろそろ本気でやらないとな」
教室のあちこちから、そんな声が聞こえてくる。
春斗も机の上に置いた問題集を眺めながら、小さく息を吐いた。
その隣では。
「ふっ……」
ゆいが腕を組み、妙に余裕のある顔をしている。
「なんだか余裕そうだな」
「ほほう。やはり滲み出てしまうか、知と契約した我のオーラが……」
「前のテスト」
「……」
ゆいが固まる。まるで石像みたいに微動だにしない。
「数学」
「……」
「赤点だっただろ」
「だ、だまれー!それは過去の我だ!」
「先月だぞ」
ゆいが勢いよく顔を逸らす。
「そ、それにだな……!」
何か言い返そうとするが、言葉が止まる。
「……まあ、いい」
春斗は問題集に視線を戻す。
「俺もそろそろやらないとな」
少し離れた席では、クラスメイトたちがテストの話をしている。
教室全体が、少しずつ勉強モードへ切り替わり始めていた。
◆◇◆
放課後。
帰り支度をしている春斗とゆいのところへ、茜がやって来た。
「春斗くん、ゆいちゃん」
「なんだ?」
「今日、時間ある?」
「まあ、特に予定はないけど」
「じゃあさ、みんなで勉強しない?」
「勉強か……」
春斗が少し考える。
「いいんじゃないか」
「よし!」
茜が嬉しそうに笑う。ゆいが机の上に立つ。
「柊一にも集合命令をくだそう!」
「あいつなら喜んで来そうだな」
「確かに」
「なぜだ?」
ゆいが首を傾げる。
「柊一は勉強など必要ないのではないか?」
「それはそうかもしれないけど」
茜が苦笑する。
「一緒にやった方が楽しいでしょ?」
「なるほど!」
ゆいが勢いよく頷いた。
「では、四人で知識を極めるぞ!」
「お前はまず自分の知識を増やせ」
「任せろ!」
◆◇◆
図書室。
地下の部屋に入ると、柊一がすでに席についていた。
「遅かったですね」
「悪い」
「いえ。自分も先ほど来たところです」
柊一の前には、すでに教科書と問題集が整然と並んでいる。
その横には、今日やる予定らしい範囲がまとめられたノートまで置かれていた。
ゆいが目を丸くする。
「……準備が良すぎないか?」
「テストまで一週間ありますから」
「一週間しかないの間違いだろ」
春斗が椅子を引く。
「まあ、始めるか」
「はい」
四人がそれぞれ席につく。
最初は静かだった。
春斗は問題集を進める。
茜は教科書を読みながら、要点をノートにまとめている。
柊一は問題を解くのが早い。
かなり早い。
春斗が一問解いている間に、柊一は三問ほど終わっていた。
「……速いな」
「そうですか?」
「普通にやってそれなのか?」
「まあ、いつもこのくらいですよ」
柊一は何でもないように答える。
その隣で、ゆいが問題集を睨んでいた。
「……」
「どうした?」
「この問題……」
ゆいが指差す。
「意味が分からん」
柊一が問題を見る。
「これは、ここに書いてある公式を使えば解けますよ」
「ふむ」
柊一が途中式を書いていく。
「まず、ここを整理して――」
「なるほど!」
ゆいが目を輝かせる。
「つまり、この数式は敵の防御結界を破壊するための術式なのだな!」
「違います」
即答だった。
「なんでだよ」
春斗が思わず口を挟む。
「でも、ゆいちゃん。その考え方なら覚えやすいかも」
茜が笑う。
「本当か!?」
「うん。自分が覚えやすい形に置き換えるのは悪くないよ」
「ならばこれは――」
ゆいが問題集の余白に魔法陣を描き始める。
「おい」
春斗が止める。
「問題を解け」
「これは必要な作業だ!」
「絶対違う」
◆◇◆
時計を見ると始めた頃からかなり時が経っていた。
「そろそろ、帰るか」
「そうですね」
みんなが教科書やノートを片付け始める。
地下室を出る。
図書室の扉を閉めると、校舎はすっかり静まり返っていた。
「結構遅くなったな」
「集中していると時間が早いですね」
「そうだね」
四人で校舎を出る。
夜の道を並んで歩く。
「疲れた〜」
茜が伸びをする。
「我はまだ戦えるぞ!」
「お前は途中で何回も休憩してただろ」
「戦略的休息だ!」
春斗が呆れる。
少し歩いてから、ふと思い出したように口を開く。
「そういや、ちゃんと覚えたか?」
「無論だ!」
ゆいが即答する。
「じゃあ数学のあの問題」
「……」
ゆいが黙る。
「ゆいちゃん?」
「……」
「覚えてないだろ」
「いや、違う」
ゆいが真剣な顔をする。
「今はまだ、力を蓄えている途中なのだ」
「つまり覚えてないんだな」
「……明日には覚えている!」
「怪しいなぁ」
茜が笑う。
柊一も小さく笑った。
「でも、今日やった分は確実に身についていますよ」
「そうだな」
春斗も頷く。
夜道に四人の足音が並ぶ。
テストはまだ先。けれど。
一人で机に向かっていた頃よりも、少しだけ心強かった。
春斗は前を向く。
「……明日もやるか」
「うむ!」
「もちろん」
「はい」
三人の返事が重なった。
その声を聞きながら、春斗はほんの少しだけ笑った。




