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赤い月とふたりの舟 ~嫌いなあなたと不思議な国~  作者: 五十鈴 りく


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53/55

50✤相反する

 私は兄様から離れ、カーディフに向けて一歩前に出た。


 カーディフも兄様の一部なら、妹が多少は特別であってほしいと期待したかった。

 ただし、カーディフの目は冷たく私に向けられた。


「ミシェル、僕は君みたいにはなれないんだよ」

「えっ?」

「身を挺して人を庇うような勇気はなくて、人の後ろに隠れたがる。妹の小さな背中にどれくらいの憧れや妬ましさを感じてきただろうね」


 私がよかれと思ってしてきたことは、結局のところ兄様を傷つけてもいたのだ。

 ロドリックに、『兄貴に恥をかかせるだけだ』と言われた言葉も本当だったのだろう。兄様が私にそれを言えなかっただけで。


 王である兄様の顔も見られなかった。多分、兄様も今、私に顔を見られたくはないだろうから。

 そう思ったけれど――。

 兄様の手が私の両肩に載った。ギュッと、想いを伝えるように力が籠る。


「……そうなんだけど、それはミシェルのせいじゃなくて、僕が情けないから。ミシェルの優しさを否定するつもりはなくて……。妬んでばかりいるのに、変われなくて、それならいっそ違う自分になったらいいなんて考えて、自分のことを()てた。本当の自分のことを好きになる努力をするよりこの方が楽だったから……」


 でも、と兄様は続ける。


「本当の僕はカーディフ(おまえ)の方だ。だから……こうして向き合うのは怖い。僕にとっては最強の敵だよ。せめて、この世界では夢を見ていたかった。でも、僕が夢を見たままだと取り返しがつかないことになるんだろう」


 兄様の声が震えている。

 肩に置かれた兄様の手に手を重ねて励ますことくらいしかできなかった。


「お前を消す、というのは、僕がお前を受け入れるということ。本来の僕であるということ。それをすれば、この世界は終わる。でも、それをしない方を選ぶ自分は、僕が求める完璧な(じぶん)とは縁遠い身勝手な人間でしかないんだ。だから、ミシェルのためにこの世界を終わらせる」


 それが兄様の精いっぱいの勇気だった。

 十年かけて大切に育んだ宝物を壊してでも、私の宝物を守ってくれると。

 ただし、カーディフも兄様だ。この言葉のすべてが本心でないことも知っている。


「本当に? お前にそれができるとでも?」


 人が口に出す言葉がすべて本心であるとは限らない。

 その何割かは違う、時には正反対の気持ちを抱えている。

 だとしても、言葉にして誰かに聞かせた以上それを貫こうとするのだ。


「やるよ。妹なのに、ミシェルが僕に頼み事をしたのは初めてだから。僕は、ひとつくらいは自分に誇れる決断をするんだ」


 王である兄様の掌から光が溢れる。

 けれど、カーディフからは闇が。

 二つの相反するものが目の前でぶつかった。


「……口で言うほどの力は籠っていない。お前はそういう人間だ」


 カーディフの虚ろな目が兄様を苛む。


「そんなことは……っ」

「王様、お気を強くお持ちください!」


 使い魔のガネルが白い翼で兄様の周囲を羽ばたき、力を与えている。ただし、カーディフのそばにも大きな鷲のような魔物(ルナティック)が飛び交う。


 強い風が双方の間に起こり、私も目を開けているのがやっとだった。けれど――兄様の方が競り負けているように思われた。


「兄様!」


 私も兄様に加勢しなくてはと思う反面、カーディフも兄様なのだとしたら、兄様を攻撃してしまうことになるのだろうか。

 そんなことをしたら、より傷つけてしまうだけのような気もする。


 カーディフの目が、ほんの少し悲しげに私に向いたと思ったのは勘違いではないだろう。


 兄様の弱い部分が彼だとするなら、カーディフは私をこの水辺に繋ぎ止めようとした。妹の私がいつか大事な人を見つけて離れて行くのを寂しく思う気持ちも兄様にはあったのかもしれない。


 ――私は、どうしたらいいのだろう。

 光と闇と。

 どちらも表裏一体のものなのに。


「私は……」


 戸惑っていると、ひと際強い風が吹いた。体が吹き飛び、水の中へと落ちる。

 兄様の力が及ぶ範囲からはみ出してしまったのだ。


 沈む――。


明日完結です(+エピローグ)

お付き合いいただけると幸いです!

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