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赤い月とふたりの舟 ~嫌いなあなたと不思議な国~  作者: 五十鈴 りく


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47✤王様

 けれども、サディアスの補助もなく私が転移するのは楽なことではなかった。

 それを可能にしたのは、ある導きのおかげだった。


『おいで。こっちだよ――』


 優しい、身震いするほど心地よい声だった。

 ただし、知らない声だ。


 私の知る誰の声とも違う。

 若い男性だろうということしかわからなかった。


 私が飛んだ先は、鏡のように磨かれた床の上だった。

 とても広い。マナーハウスのエントランスよりもずっと広い空間だ。

 浅く呼吸を繰り返し、膝を突いたままで顔を上げた。


 壁一面が窓になっていて、夜空が美しく映える。星と月とが装飾品のように煌めいている。

 そんな中、金縁の白いローブを来た男性が王座に座っていた。

 スラリと長い手足、完璧に整った白皙(はくせき)の美貌。金髪に純金の王冠――これが王なのだろうか。


「ああ、そんなに傷だらけになってしまって、苦しかったね。ごめん、でももう大丈夫だから」


 美しく微笑み、王座から立ち上がって段を降りてくる。

 一歩ずつ私のところへ近づいてくる。

 私は、その信じられないほどに完成された姿を目の当たりにし言葉を失っていた。


 まず、何から話せばいいのだろう。

 元の世界へ戻りたいということ、それから、ロドリックを助けてほしいということ。

 上手く伝えなくては。


 失敗はできない。緊張で強張っていると、王は慈愛に満ちた目を向けてきた。

 ロドリックが気にしていた、私を王妃にと望むような熱はまるでなかった。どちらかといえば友愛に近いような親しみを感じる。


 そこで私は気づいてしまった。

 魔法使いは姿を変えることができるのだと。


 目の前の美青年は、変身したサディアスとよく似ていた。完璧に()()()顔なのだ。


「あなた――兄様ね?」


 容姿に引け目を感じていた兄が、こんな外見であればよかったのにと思い浮かべた姿であるような気がした。

 私が魔法使いの血筋だとするのなら、兄様も同じだ。むしろ兄様の方がずっと詳しい。


 何故その兄様ではなくて私がこの世界に来ることになったのかと考えた時、ふと思ったのだ。

 兄様はすでにこの世界にいるのではないかと。

 私からの呼びかけに王は一度緑色の目を見開くと、それから綺麗に微笑んでみせた。


「さすがミシェルだね。僕の妹だけあるよ」


 やはり、兄様がこの国の王だった。

 直感でそこに気づいても、これが意味することを私は上手く組み立てられなかった。

 立ち上がりたいけれど、疲れすぎていた。私はそのまま兄様に問いかける。


「兄様が私をここに呼んだの? この国はなんなの?」


 兄様は、この質問が来るのは当然だとわかっているはずだ。大きくうなずいた。

 ただし、兄様がくれた答えは私が想像した以上に突拍子もなかった。


「この国は僕が魔法で(つく)ったんだよ。十年以上もかかったんだけど」


 国を魔法で造った上げたという。

 十年以上かかったというが、そもそもそんなことが可能なのか。


「魔法で? 私たちの世界の月は魔力を失った青い月しかなかったでしょう? どうやって……?」


 私たちの国には魔力を使い果たした月しかなかった。それなのに、兄は魔法を使えたのだ。

 美しく整えた、私に馴染みのない顔で兄様は微笑む。


「青い月でもね、満月の時だけは僅かな魔力を持つんだよ。それを知っていて使う魔法使いはバルカム王国にはいないから、僕だけが満月の魔力を受け取って自由にすることができた。せっかくだから僕は理想郷を作ることにしたんだ」

「使い魔とか月石とか、そういうものは?」


 これを尋ねると、兄様はどこか楽しげに答えた。


「ああ、それは僕がこの世界の中にだけ作った〈ルール〉だよ。だから現実世界には関係ないし、そこから来たミシェルもそれほどルールには縛られていなかっただろう?」


 夢見がちにもほどがあると言いたいのに、兄様は魔法の世界を実現させてしまったのだ。

 冗談でも思い込みでもなく、私たちは魔法使いの末裔だった。


「……ここは兄様の理想郷なの? 魔物(ルナティック)が出て人が傷つくのに」


 これを言うと、兄様は少し怯んだ。


「そこなんだよね。それがミシェルをここへ呼んだ理由だ」

「どういうこと?」


 一緒に討伐してほしいというのだろうか。

 ここへ来て、美青年の姿を保ったままの兄様がいつもの兄様を感じさせる、もじもじとした動きをした。


「お、怒らないで聞いてほしいんだけど。僕、この国では一番偉い王様なんだ」

「そうね、それで?」

「うん、それで……何もしなくても民は僕を敬うように造ったんだけど、その、ちょっと物足りなくなって。王様だから偉いっていうだけじゃなくて、英雄にもなってみたくなったんだ」


 何か子供じみた理由が語られ、私はいつになく冷ややかな気分になった。多分それは顔にも出ていただろう。兄様が焦っている。


「……それで?」

「そ、それで、そのためには敵がいなくちゃいけなくて。それで魔物(ルナティック)も創ったんだけど……」

「兄様が創ったの? 敵を、わざわざ?」


 カーディフが魔物(ルナティック)を作ったとされていたけれど、そのカーディフも元はと言えば兄様が創造したということらしい。それなら、兄様が魔物(ルナティック)を作ったとも言えてしまう。

 私の口調が冷たいからか、兄様は余計にしょんぼりした。


「う、うん。そうしたら、想定よりも段々強くなって、手に余るようになっちゃって」

「…………」

「ミシェルは僕の妹だから、僕を手伝ってくれるんじゃないかなって思って呼んだんだけど」


 この世界に呼ばれた理由がこれだとは。


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