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赤い月とふたりの舟 ~嫌いなあなたと不思議な国~  作者: 五十鈴 りく


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42✤四六時中

 そろそろ谷へ向けて出発したいところだが、支度だけは怠らないよう入念にしておきたい。

 町で手軽に食べられる保存食を買い求める。ロドリックがリュックに詰めて用意してくれた。


 随分て慣れていると思ったら、狩猟に出かける際に自分で支度をするのだという。すべて使用人任せにしない性分がここで役に立っている。


 これまでも魔法でいろいろなものを出してきたけれど、食べ物だけは出さなかった。

 自分たちが食べるものとなると少し怖いというか、不安があったからだ。自分で行っておきながらも、未だに魔法というものを全面的に信じられていないという不思議な矛盾がある。


 それから――谷までは歩いていくか魔法で転移するかしかないようだが、サディアスに転移は進められないと言われた。


「だって、谷のどの辺りに出るかわかんないし、谷に入るまでは歩いた方がいいんじゃない?」


 水の中にポチャンというのは私も嫌なので、歩くことにした。

 私は現実世界で谷に踏み入ったことはない。高所で足を踏み外してしまわないか不安に思うのだが、サディアスはあっさりと言った。


「大丈夫だよ、ミシェルは魔法使いなんだよ? 僕と一緒ならなんだってできるんだって。見えているところなら魔法で下りたらいいんだよ」

「それを聞いて安心したわ」


 飛べるというのとは違うかもしれないけれど、降下をゆるやかにするくらいのことはできそうだ。


 明るい空の下ではあるのだけれど、谷に近づくにつれて靄がかかってきた。

 苔の生えた岩や木々がぼんやりとして見える。静かな中に鳥の声や水音、そして私たちの足音が混ざる。


 視界が鮮明ではないから、音はしてもロドリックが本当にそこにいるのかなんとなく気になる。手を伸ばし、そっと彼のシャツをつかんだ。


「どうした?」


 ロドリックの声が優しい。


「あなたが谷底へ落ちたらすぐに助けなくちゃいけないから、こうしておいた方がわかりやすくていいと思って」


 これを言ったら笑われてしまった。


「なんだ、俺のこと頼りにしてくれてるわけじゃなくて、助けなきゃってことか」


 女性なら、こういう時はつかまっていないと怖いからという理由であるべきなのだろうか。

 それは期待に()えなくて申し訳ないけれど、今更か弱いふりをしてどうなるというのだ。

 ただ――。


「……頼りにしてないとは言ってないじゃない」


 ボソリ、と聞えない程度の声で呟いておいた。それなのに、ロドリックは笑った。


「それはよかった」

「……っ」

「俺、耳がいいから」


 私が狼狽えるところを見て楽しんでいる。絶対そうだ。

 それでも、ロドリックが笑っていると私も落ち着かないような、それでいて不快ではなくて。

 この関係は、現実に戻った時にどう変わっているのだろうか――。




 幸い、落ちることなく歩いて進めた。

 夜が近づき、進むのをやめて野宿をする。

 こんな時なのにピクニックのようで少しだけ楽しかった。


「火だね、焚火だね!」


 サディアスが久しぶりに人間の子供の姿になった。私の肩に乗って移動する方が楽だと気づいたせいで人間にならなくなっていたのかもしれない。


 焚火をイメージし、サディアスと協力して赤い炎を出した。この火は薪を必要としない魔法の火だけれど、ちゃんとあたたかかった。ロドリックがそこでパンとチーズを炙ってくれる。

 それを私に手渡し、ロドリックはサディアスに尋ねた。


「なあ、あの魔物(ルナティック)って光に弱いみたいだったけど、普通の獣みたいに焚火があれば寄ってこないのか?」

「うーん、普通の火は効かないんじゃない?」


 残念ながら私もそう思う。

 ロドリックはため息をついた。


「こんな足場の悪いところで襲われたくないな」


 最初の森も歩きにくかったけれど、ここはもっと湿って滑りやすい。

 あそこでロドリックはよくあの獣を倒せたものだと思う。

 私はある意味魔物(ルナティック)の天敵のようなものだから、私が投げた石は案外効いたのかもしれない。


 私がなんとなく肩を擦っていると、ロドリックが首を揺らす。


「寒いのか? 使い魔に毛布でも出してもらうか」

「お前の使い魔じゃないしぃ!」


 そんなことを言ってサディアスは頬を膨らませていた。それでも毛布は私も欲しい。


「毛布を出しましょう、サディアス」

「はーい!」

「……一貫して態度変わらないよな、お前」


 こうして魔法でなんでも用意するくせがついてしまうと、現実に戻った時に不便になりそうだと苦笑したくもなるのだが。


 サディアスは眠らないので、私とロドリックは彼に見張りを頼んで寝かせてもらった。焚火のおかげで寒くはなかった。




 特に外敵も見当たらないまま朝を迎えられ、平和な朝を迎えた。

 ロドリックは私よりも先に起きて伸びをしていた。私が起きたことに気づくと、パッと華やかな笑顔を浮かべる。


「おはよう、ミシェル。体痛くないか?」

「ええ、大丈夫」


 朝起きてというよりも、四六時中ロドリックと一緒だ。

 この生活は異常で、本来であればあり得ない。なのに、随分とこの状況に慣れてきてしまったと感じている。

 照れもなく、戸惑いもなく、そこにいてくれてほっとする。


「あと少し、頑張ろう」


 ロドリックはそんなことを言って私を励ました。



 それからしばらくして、私たちが歩ける場所はなくなった。

 沢はほとんど水に浸ってしまっている。かといって、舟着き場は見つからないし、舟が進むにはまだ岩が多かった。ぶつかると舟底に穴が空きそうだ。


「サディアス、ここからどう進んだらいいの?」

「もう舟で行こうよ」


 サディアスはまた白いリスになって私の肩に駆け上がった。


「舟着き場はどこだ?」


 ロドリックは周囲を見渡していたけれど、やはり見つけられないようだ。そうしたら、サディアスがフンッと馬鹿にしたように息を荒くした。


「ここだよ、ここ。大体、舟ってなんだと思ってるのさ。船頭が舟の上でちょこんと待っててくれるとでも思ったの?」


 正直なところ、船頭はともかく、舟はそこにあるものだと私も思っていた。


「違うの?」


 すると、サディアスは私には優しく返してくれる。


「うんとね、舟は魔法で浮かべて動かすんだよ。その葉っぱでいいから水に浮かべてよ。舟をイメージしてさ」

「わかったわ」


 沢に落ちてしまわないよう、岩場でロドリックが私を支えてくれた。その手を借りながら一枚の木の葉を千切る。

 特別なものではなく、本当にただの緑色をした細長い葉っぱだった。


 私が乗ったことのある舟は湖で遊ぶボートくらいのものだから、イメージしてもそれに近いものしか出てこない。


 水面に浮いた葉っぱは白い舟になり、私たちの前に現れた。ただ、こんな小さな舟で城まで行けるのだろうかと不安になる。


「いい舟だね! じゃあ王様に会いに行こう!」


 サディアスがいつになくはしゃいでいる。

 もしかすると、サディアスも王様に会ってみたいのだろうか。


 王様は最高峰の魔法使いだから、私が帰った後で王様の使い魔になりたいのかもしれないとちょっと思った。大それた願いだとしても、サディアスみたいな子なら王様も叱責せずに冗談で済ませてくれそうだ。


「本当に大丈夫なんだろうな?」


 ロドリックが不安そうに舟を見遣る。漕ぐための櫂ははい。


「嫌ならお前だけここに残れよ、もー!」


 面倒くさそうなサディアスを撫で、私はロドリックに苦笑した。


「これまでのことを思えばなんとかなるんじゃない? 行きましょう」

「うん……」


 どこかにまだ不安を残しつつ、ロドリックはうなずいた。


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