40✤手伝い
そうして、私たちがそのまま露店で保存食を物色していると、往来を馬車が通った。
特に気に留めていなかったけれど、その黒塗りの馬車は道の途中で停車したのだ。その時になって初めて振り返った。
馬車の窓にかかっていたカーテンが開き、中から三十代前半くらいの貴婦人が顔を覗かせた。淡い金髪の儚げな美人だ。
「……そこのあなた、使い魔を連れていますね。魔法使いではありませんか?」
すぐにそれがわかったということは、この女性も魔法使いなのだろうか。
どうしようかと戸惑っていると、私を庇うようにロドリックが前に立った。
「すみませんが、あなたはどなたでしょうか?」
警戒心を剥き出しにしたロドリックにも彼女は落ち着いて話す。
「私はこの町の領主の妻でアルティスと申します。このところ、魔物が増えていて困っていたもので、もしそうなら手伝ってほしいものですが、もちろん無理強いはいたしません」
「手伝うとは、何をするのでしょうか?」
「怪我人の手当が最優先ですが、防壁の強化、討伐、何かとあります」
別段おかしなことは言っていない。この女性は穏やかそうだ。
ただ、ベリスの時のように言うことをすべて鵜呑みにしてはいけないとも感じる。レクシー嬢もだけれど、そういえば味方と言える魔法使いには出会えていない。
ロドリックを見遣ると、首を横に振った。聞くまでもなく反対のようだ。
「怪我人は多いのですか?」
そこが私には一番気がかりなことだった。
夫人は微苦笑を見せる。
「ええ、主人は魔物の討伐に出向いていて、町の守備と怪我人の手当は私が。それで手が足りていなくて……」
疲れているのか、顔色が悪い。
私はロドリックではなく肩にいるサディアスに小声で尋ねる。
「あの方の言うことは本当だと思う?」
「うん、嘘じゃないだろうね」
尻尾で私の頬を突く。この真面目な話の中、くすぐったいからやめてほしい。
夫人は嘘をついていないと言う。それなら、せめて怪我人の手当だけでも手伝いたい。
私が気がかりだから、私のためにやるという理由では駄目だろうか。
「……私たち、先を急いでいます。長居はできないのですが、それでも怪我人の手当を少し手伝うくらいなら」
これを言ったら、ロドリックはやっぱり苦い顔をした。けれど、駄目だとは言わなかった。
「ミシェルならそう言う気がしたけど。本当に無理のない程度にしてくれ」
「ええ、そのつもり」
「あと、ベリスの時のことがある。本名は名乗らない方がいい」
素早くそれを言われた。王が私の名前を領主たちに通達しているのだった。
私の答えに夫人はほっとしたように表情をゆるめた。
「ありがとうございます。あなた方のお名前は?」
「キリアン・バッセルです。こちらはヴァイオレット・アーチデイル」
キリアンはともかく、ヴァイオレットは――あなたが連れていた、私を睨んだ令嬢よね? と言いたくなったけれど。
「そう。キリアンさんとヴァイオレットさん、こちらの馬車にお乗りください」
御者が台から降りても馬はちゃんと停止している。賢いと思ったら、多分この馬は夫人の使い魔だ。私もなんとなくそれがわかるようになったらしい。
馬車に乗り込むと、向かった先は領主館ではなく治療院だった。
ベッドが足りないのか、床にまで人が寝かされている。
「お疲れのところありがとうございます!」
看護している女性たちが、完全に頼り切った目をして夫人のところへ集まった。消毒薬と血の臭いが漂う。
私も昔からボランティアで治療院に行くことはあったから、これくらいで卒倒したりはしないものの、怪我人の数が多いと少し不安にも思った。
命に関わるような重傷の人はいなかったけれど、骨折したり傷口が深かったり、かなり痛みがあるだろうと思われる人がいる。
「今日は助っ人が来てくれたの」
夫人に紹介され、私は尻込みしつつも治療を始めた。
以前ロドリックにしたように、傷を癒やすことをイメージして手をかざす。肩のサディアスがポンポンと飛び跳ねて応援されているような気分になるけれど、多分何かしらの手伝いにはなっているのだろう。
「ああ! 奥様の他にも魔法使いが来てくださるなんて!」
「これも王様のおかげですね!」
どんな時でも王様は崇められる。それなら、もう少し国民のために何かしてあげたらいいのにとは思ってしまうけれど、国民たちにはこれで十分なのだろうか。
夫人も私とは反対側の方から治療を始めていた。一人ずつに声をかけ、優しく。その姿は女神のようだ。
それに比べると私は素っ気ないかもしれないけれど、まあいい。
「あ、ありがとう、お嬢さんっ」
傷を治した男性が私の手をしっかりと握った途端、ロドリックが男性の手を叩き落とした。
「感謝を伝えるのに、触る必要はないですよね?」
凄まれ、男性は無言でこっくりとうなずいた。
その男性で五人目だった。さすがに私も少し疲れた。
ロドリックにはそれが伝わってしまったのか、急に肩を支えられた。
「それくらいにしておいてもいいだろ? なんかフラついてる」
「ええ、そうね……」
そこで夫人も治療を切り上げたようだった。
来た時に比べると、呻き声が聞こえなくなって静かに感じる。
「ありがとう、ヴァイオレットさん。あなた、とっても優秀な魔法使いなのね。もちろん、そこの使い魔の子も」
「ぼく? うん、もちろん優秀だよ!」
黙っていたサディアスが礼儀を置き忘れてはしゃぐ。ここまで静かにしていただけ偉かったかもしれないが。
夫人は仕事が減って気分も軽くなったのか、微笑んだ。
「お礼に、今晩は招待させてくださいね。うちに泊まって休んでから旅立ってもよいでしょう?」
実際に疲れたから、休ませてくれるのなら嬉しい。
何事もなければいいと思うけれど、今回はベリスの時とは違いサディアスがいるから心配要らないだろうか。それ以前に夫人はよい人だとは思う。
「ありがとうございます。……ええと、俺と彼女は同じ部屋でお願いしたいのですが」
ロドリックが平然と言うから、周りがざわついた。
それなのに、ロドリックは慌てない。
「ずっと二人で旅をしてきたので、彼女が見えるところにいてくれないと不安なんです。いつも同じ部屋に泊まるので」
ベリスの屋敷では引き離されたから、警戒しているのはわかる。それに毎日同じ部屋で寝ていたから今更だけれど、そんなに堂々と言わなくてもいい。
私が恥ずかしくても、ロドリックは恥ずかしくないらしい。
「え、ええ。わかりました」
夫人まで青白かった顔にほんのりと血の気を滲ませている。私はもう黙っておくことにした。何か言うと深みにはまる気がしたから。




