39✤好物
保存食を買うために店を探す途中、通りに人だかりができていた。何事かと思えば、怪我人が町の外から運ばれてきたようだった。
顔は見えないけれど、戸板のようなものに乗せられた人が運ばれていく。それを皆が遠巻きに見ていた。
「怪我人ですか?」
ロドリックが野次馬に声をかける。
「ああ、途中で獣に襲われたらしいよ。怖いね」
それを聞き、ロドリックと顔を見合わせて小声で話す。
「それって、魔物かしら……?」
「多分ね」
私の肩のサディアスが会話に加わった。怪我人は魔物に襲われた可能性が高いようだ。
ロドリックはまた野次馬から情報を得ようとする。
「こういうことは多いんですか?」
「近頃は増えているね。君たちも町の外へ出かけるのなら気をつけた方がいい」
そう言われてみると、私が知る限りでは町中に魔物が出たことはなかったかもしれない。
私と同じことをロドリックも考えたのか、続けて尋ねた。
「町の中にいれば安全なんですね?」
「まあね。王様と領主様が守ってくださっているから」
魔法使いだけが魔物に対抗し得る。この町にはなんらかの対処がされていて魔物は入ってこられないということか。
そうでなければ人々は安心して暮らせないのだから。
そこで納得した私とは違い、ロドリックは何か考え込んでいるふうだった。野次馬たちが散っていっても黙ったままだ。
「何か気になるの?」
ロドリックはチラリと私を見遣り、うなずいた。
「ああ。町の外とはいっても、町から町へ旅をする人だっている。国内での安全が保たれていないなんて、それでどうしてもっと不満が出ないのかなと思って」
「えっ?」
「王の治世への不満だ。国を統べる者には責任がある。もしこれが俺たちの住む国だった場合、もっと荒れるんじゃないか?」
そうかもしれない。
民は天災でさえも為政者のせいにしたがる。バルカム王国の歴代国王は、神さえも味方につける徳を求められ、何度も糾弾された。飢饉などあった時代には城へ民が押し寄せ、王に退位を迫ったことも――。
けれど、ここはスターレット王国だ。私たちの普通が通用しないのかもしれない。
サディアスがぴょんぴょんと飛び跳ねながら騒いでいる。
「はぁっ? 相手は王様だよ? 王様に不満なんて誰も考えたこともないよ!」
人間ではないサディアスですら不満を持たないらしい。やはりこの国で王は神のような存在なのだ。
ただし、私たちはこの国の民ではないから、無条件で王を崇めることはない。
この国の人間は、王に反感を持たない。ただ崇拝する。
あの領主のベリスも王のことになると極端だった。
――結局、王とはなんなのだろう。何者なのだろう。
それを考えたら、会いに行くのが怖いような気にもなった。
けれど、会わずに済ませることはできないのだ。
「……なんでもいいけど、ミシェルに何かあったら絶対許さないからな」
ポツリ、とロドリックがつぶやく。
その小さな声に私の鼓動が乱れた。
ドキドキと、自分の耳にさえ届きそうな音だった。サディアスに聞こえるかもしれないと思って落ち着かない。
「あの人の怪我、大丈夫かしら? 私、何かした方がいい?」
ロドリックが私に優しさを向けるからか、私も優しくならなくてはいけないような、そんな気分でつぶやく。
そうしたら、サディアスがぶるぶると小さな首を振る。
「ここの領主だって魔法使いだからね! 任せた方がいいよ」
「確かに、そうかもしれないわね」
そんな会話の間も、ロドリックは私を見ていた。私は素直にそちらを向けない。
「……じゃあ、食料を買って出発しましょう」
それだけ言う。別に不自然ではないはずだ。
「そうだな。行こう」
私はロドリックの隣を歩きながら、その距離感に悩む。振った手が当たりそうな近さがいいのか、もっと間隔が必要なのか、以前はどうだったのか、なんとなくわからなくなってきた。
そんな中、ロドリックは可愛らしい看板の提げられた店先で何かを見つけたようだ。
あ、と小さくつぶやいて商品を買い求めに行った。戻ってきた彼が手に持っていたのは、甘い匂いのするチェリーパイだった。ふたつあるうちのひとつを私にくれた。
「はい、これ」
パラフィン紙に包まれたパイにはカスタードがたっぷり詰まっていて、その上にダークチェリーを載せて焼いてある。この世界に来てからはティータイムとは無縁で、お菓子を食べる機会もなかった。
私はこんな時なのにちょっと浮足立った。
「子供の頃の話だけど、ミシェルはこういうの好きだったなって」
「……っ」
子供の頃から、だ。今でも大好きなのだから。
ロドリックが私の好物を未だに覚えていたことに驚いた。そして、それを嬉しいと感じている。この心は自分でも偽れない。
「あ、ありがとう」
受け取った途端に、ロドリックはクスリと笑った。
「よっぽど好きなんだな」
「えっ?」
「いや、いつになく嬉しそうだから」
指摘されて複雑な心境になった。
嬉しいのは、仲違いした期間があんなにも長かったのに好物を覚えていてくれたから。
私はそんなに食いしん坊ではないつもりだ。それなのに、ロドリックはその違いがわからないらしい。
「それは……っ」
――言えない。
結局のところ、私はどこまでも意地っ張りなのだ。
黙ってしまいそうになって、チェリーパイを頬張ってごまかした。行儀が悪いけれど、もういい。
もぐもぐと咀嚼する。今まで食べた物の中で一番美味しいかもしれない。それは何も味だけの問題ではなくて。
「美味しい」
自然と顔が綻ぶ。
この気持ちはどう表現したらいいのだろう。
私が笑ったせいか、今度はロドリックの方が少し戸惑ったように見えた。心臓の辺りを擦っている。
「どうしよう、可愛い」
「えっ?」
「これが向こうの世界だったら、全部買い占めてミシェルに贈るのに」
「……さすがに太るから、それは断るわ」
山盛りのチェリーパイとそれを食べて太った自分を想像したら、何か可笑しくなった。笑いが込み上げて声を立てて笑ったら、ロドリックはパイを持っていない片方の手で急に私を抱きしめた。
「…………っ!」
「ごめん。ちょっと体が言うことを利かなくて」
少しも悪びれた様子ではなかった。しかも放すどころかなかなか退かない。
そして、私の方がこの不意打ちに赤い顔をしている。
何か言ってやりたいのに、言葉が出てこない。振り払わなかった理由もあってしかるべきなのに。
そんな私をロドリックは優しい目で見ていて――。
「あのさ、お二人さん、ぼくのこと忘れてない?」
サディアスの尻尾が主張するように私の視界の端でフサフサと揺れた。




