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赤い月とふたりの舟 ~嫌いなあなたと不思議な国~  作者: 五十鈴 りく


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38✤オーティスの町

 オーティスは川を跨ぐ町で、煉瓦のアーチでできた橋梁(きょうりょう)が町のシンボルのようだ。実際にとても美しい。


 この町に比べると、最初に訪れたチップチェイスはとても小さなところだったのだと思う。

 橋をいろんな人が行き来していて、荷馬車なども通る。私とロドリックは馬から降り、手綱を引いて歩かせていた。


 そこでロドリックは馬を撫でながら言った。


「この馬、売ろうと思うんだ」

「えっ? 馬がいた方が助かると思うけど」


 金銭管理はまかせっきりにしてしまっているけれど、旅費が足りないという話は以前もした。けれど、馬がいた方が何かと便利だと考えた私に、ロドリックは苦笑する。


「いや、急に転移したりして馬を置き去りにするかもしれないから。野生で生きていけるならいいけど、魔物(ルナティック)みたいなのが出るわけだし。危険だから、他の人間に管理してもらった方がいい」


 山賊の馬だったけれど、馬に罪はない。この子は私たちを乗せてここまで頑張ってくれたのだ。

 私は自分の立場でしか物を考えていなかったと反省した。


「それもそうね。そうしましょう」


 とても優しい気持ちになって答えた。

 具合の悪い労働者の老人を担いだり、馬の心配をしたり、ロドリックは不意に私以外にも優しさを見せる。


 あの子供の頃の発言が原因でこれまでいがみ合ってきたけれど、私がそのことに気を取られずに本来の彼をちゃんと見ていれば、こうした性質が変わっていないことにも気づけたのだろうか。


 失った時間は戻らないのと同じくらい、未来がまだ決まっていないのも本当だ。

 ロドリックがこの優しさを失わないのであれば、私はもう彼を嫌うことはないのかもしれない。


 彼の提案通り、町で馬を引き取ってもらった。

 ――馬は私たちとの別れをどう思っただろう。

 引き換えに金を受け取って申し訳ないけれど、おかげで助かったとも言えてしまう。


「大丈夫だよ、賢くていい馬だからね。きっと可愛がられるよ」


 サディアスがそう言った。

 そうであってほしいと私が思っていたからだろうか。




 宿を見つけ、旅の埃を落としてひと息つけた。

 着替えは欲しいけれど荷物は増やしたくないしお金もなるべく使いたくないというところ、魔法はとても便利だ。くたびれた服をすぐに新品のように戻せる。


 そうして、食事を終えるとすぐにロドリックは眠たくなったようだ。見るからにうとうとしている。


「もう休んだら?」

「うん……。ミシェルは?」

「私も休ませてもらうわ」


 それを聞いてやっと安心したように笑い、隣のベッドに潜ると寝息を立てていた。やはり疲れていたようだ。


 思えばロドリックは私よりも先に眠ったことがなかったかもしれない。いつも私が眠っているのを確かめてから寝ていたのか。

 別にもう彼を置いていこうとするわけではないのに、何か心配されている。


「ミシェル、おやすみ!」


 サディアスが私の枕元に来た。可愛いと褒めたせいかリスの姿が定着している。


「おやすみ――あっ」


 そこでふと、カーテンを閉め忘れていることに気づいた。

 立ち上がって窓辺に行くと、赤い月が見えた。赤い丸い月だ。雲に隠されずずっとそこに輝いている。

 それを見て、私はなんとなくつぶやいた。


「ねえ、この世界の月はずっと丸いの?」


 この世界に来てずっと満月が続いている。魔力を秘めた月は欠けることがないのだろうか。

 サディアスは枕の上でぽよん、と飛び跳ねている。


「そうだよ! この世界の月は満ち欠けしないで常に丸いんだ! 綺麗でしょ?」

「ええ。宝石みたいね」


 とても綺麗だ。――怖いくらいに。

 私はカーテンを閉め、ベッドに潜った。

 どうか怖い夢は見ませんようにと願いながら。




 翌朝になって朝陽が差し込んでいた。

 それでも、ロドリックよりも私の方が先に目覚めた。彼の寝顔を見るのはこれで二回目だ。


 よく寝ている。私は少しだけ近づいてみた。

 そうしたら、ロドリックはうっすらとまぶたを開いた。


「おはよう。よく眠れたみたいね」


 声をかけたら、ロドリックは眩しそうに目を瞬いた。それからのっそりと体を起こす。


「まだ夢でも見てるみたいだ」

「何が?」


 首を傾げると、ロドリックは乱れた髪を手で梳きながらボソボソと答えた。


「朝起きてすぐにミシェルがいる。おはようって声をかけてくれて、なんかそれって夫婦みた――」

「おかしなこと言っていないで起きて」


 ピシャリと遮ってしまうのが照れ隠しだと私は自覚している。けれどロドリックは本気で怒られたとしか受け取らない。

 不愉快なわけではないとしても、まだこういう態度を取る癖が抜けない。


「ごめん。調子に乗った……」


 途端にしょぼんとする姿を可愛いと思ってしまうくらいには私も絆されてしまっている。

 そんな自分に見悶えしたくなるけれど、もう今更どうにもならないらしい。




 それでもロドリックは結局上機嫌だった。にこやかに私と町を歩く。


「それで、これからのことなんだけど」


 そう切り出すと、ロドリックは真面目な表情になった。


「お城までどう進むのがいいかしら? サディアスは前に一度、舟で行くって言ったわよね?」


 私の肩に乗っている白いリスのサディアスは尻尾でうなずくように返事をした。


「そうだよ! 王様の許可がないと舟が近づくのも無理なんだけど、ミシェルなら大丈夫でしょ!」


 異世界から呼んだくらいなのだから、訪ねていって門前払いはないだろうとは思う。


「地図を見ると城は水辺に浮かんでいるみたいな地形だから、舟しかないんだろうけど」


 ロドリックも思案している。

 ベリスのところでロドリックだけ引き離されそうになったことを思うと、なるべくもう離れない方がいい。

 王の許可が私にあるのなら、その私がロドリックも一緒でなければいけないと頼むしかないのだから。


「その舟に乗れるのはどこから?」


 サディアスに尋ねる。

 思えばサディアスは城になんて行ったことはないのだった。魔法使いからのまた聞き程度の知識かもしれない。


「えっとね、ここからだとフランケル谷の辺り。川がお城まで繋がってるよ。その川を挟むみたいに王都があるんだ」

「そこに船着き場があるんだな?」

「そんな感じ。王都までは陸地からも行けるけど、川を使った方が速いかもね」


 舟には慣れていないけれど、ここで乗る舟は現実世界とは違い魔法で動くのかもしれない。それなら溺れないだろう。


「じゃあ谷越えをしなといけないのね。準備をしないと」


 サディアスはうんうんとうなずている。


「舟でピュッと行ったら旅費が削減できるんじゃない?」

「それは助かるわね」


 ロドリックも同じことを言うと思ったのだが、彼は何やら考え込んでいた。なんだろうと思って見ていると、私の視線に気づいて笑って返す。


「いや、それならこの旅もわりと大詰めなんだなって」


 それを寂しいと思っているような口ぶりに思えたのは、そうであってほしいという私の気持ちによるところだろうか。

 ――とても勝手だと自嘲してしまいたくなったけれど。


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