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赤い月とふたりの舟 ~嫌いなあなたと不思議な国~  作者: 五十鈴 りく


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37✤望まれた

「初めまして、お姫様。僕はカーディフ。以後お見知りおきを」


 お姫様、と皮肉たっぷりに言う。

 いかにも禍々しいと感じてしまうのは、暗い色で覆われているせいなのと、感情が読めないせいだ。


魔物(ルナティック)を作っているって、そんなことをしてなんの意味があるの?」


 カラスの声が不安を煽る。ロドリックは馬を落ち着けるように首を撫でるが、カーディフから目は逸らさない。

 カーディフは軽く首を傾げた。


「意味ね。それは()()()()からだよ」

「望まれた?」


 誰がそんなことを望むというのだ。

 それでも、カーディフは余裕を持って笑っている。

 私は続けて問いかけた。


「それを望むのは誰? あなたは王の敵なの?」


 あれは夢ではなかったのだ。この人が私のもとを訪れて見せたという気がする。

 すると、カーディフは楽しげに声を立てて笑った。カラスは上空を飛び交うけれど、彼が合図を出さない限りは襲ってこないのか。


「そうだよ。僕は王の敵。王の治世を乱す敵だ」

「あんな化け物を作って、国でも乗っ取るつもりか?」


 ロドリックも噛みつくように声を上げた。ただし、カーディフもロドリックにはあまり興味を示さなかった。


「まあ、そういうことだ。それでね、そこのお姫様が王のもとへ向かうのを阻止したい。あなたが王のもとへ辿り着けば、我らの負けだろうから」


 ゾッとするようなことを言い、カーディフが私に目を向けていた。フードの下になってはっきりと見えないけれど。

 彼は人ではないのだろうか。正体がまるでわからない。

 カーディフは力に酔い痴れているように感じられた。ロドリックの腕が私にギュッと絡みつく。


「ミシェル! 大丈夫、ぼくがついてるからね!」


 サディアスも頼もしいことを言ってくれた。


「強い光……」


 つぶやいてみる。魔物(ルナティック)は強い光を嫌うのだ。


 サディアスと共に、私は空を覆いつくす黒色を蹴散らす光を作り出した。その光は巨鳥を象り、大きく羽ばたいて飛翔する。その鳥が起こした風さえも煌めいて見えた。


 それは眩い光景だった。空が暗雲から解き放たれたように晴れていく。

 私たちが作った魔法は魔物(ルナティック)が消えた空から降る朝日に溶けた。


 気づけばカーディフもいない。彼はただの挨拶のつもりで私たちの前に現れたのだろうか。


「ミシェル、無理してないか?」


 すかさずロドリックに言われた。


「これくらいは大丈夫よ。十分休ませてもらったし」


 そう答えたものの、ロドリックは安心できないらしい。そして、どこか落ち込んでもいるように見えた。


「ミシェルのことを守るって言ったのに、俺は何もできてないな」


 そんなことを気にするらしい。

 こちらとしては十分守ってもらったと思っているのに。


「……そうかしら? 疲れるくらいギリギリまで力を使えるのって、倒れても大丈夫って思えるからだもの。あなたは私が倒れたらまた運んでくれるのでしょう?」


 顔なんて見て言わない。言えない。

 それでも、今の私の顔を見たリスのサディアスが、『あーあ』とぼやいた。やめてほしい。

 前に首を向けたままうつむいている私の耳にロドリックはささやいた。


「じゃあ、俺がここへ来た意味もあったんだな。そう思っていいなら嬉しい」


 私はどう答えようか迷い、結局、ん、と小さく声を出しただけで終えた。

 今、私が考えなくてはならないことはたくさんあるのに、少しも整理がつかない。




 とにかく、どこかの町へ行きたいのだけれど、アップルヤードの町には近づきたくない。

 ロドリックが地図を片手に行き先として選んだのは、オーティスの町というところだった。


 そこへ辿り着くまでロドリックは眠らなかった。馬を休ませるためにも止まろうと提案したのに納得しなかった。


「またあんなのに襲われたくないし、町に着いてしまわないと」


 そういえば、食事も取れていなかった。人がいるところが安全とは言えないけれど、少なくとも食べるものはあるだろう。

 サディアスは食事が要らないから羨ましい。


「ねえ、サディアス。前に月の精が魔物(ルナティック)になるって言ったわよね?」

「まあね。それが何?」


 サディアスが馬の頭から振り向いてみせる。


「それはあなたの仲間なの? 悲しくはない?」


 ふとそんなことを思ったのだが、サディアスはただ首を傾げた。


「えー? 悲しいとか考えたこともないけど」


 仲間という表現は根本的に違ったのかもしれない。私だって悪事を働いたのが人間だから悲しいかと問われるなら、他人なら悲しいというより嫌悪感を抱くだけだ。サディアスにとって他の月の精はそれほど親しい存在ではないらしい。


「それならいいの。変なことを訊いてごめんなさい」

「ミシェルは優しいね! でも情けをかけちゃ駄目な時もあるからね。気をつけてね!」


 小さな赤い目が私を見ている。私は苦笑してうなずいた。


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