33✤勘違い
その部屋から逃げるように出て、隣の部屋のドアノブを握った。暗示をかけられているロドリックが自分から外に出ることはないと思うからか、鍵はかかっていない。
扉は簡単に開き、そこには椅子に座ったままのロドリックがいた。
彼に駆け寄り、虚ろな目をしたロドリックの肩を揺さぶった。
声を大にして呼びかけたかったのを抑え、小さくささやく。
「ロドリック、しっかりしてっ」
私が揺するたび、ロドリックの頭がぐらぐらと揺れる。
その目は私を見ない。いつもの熱がなく、そんなロドリックを見ているこちらの方のがつらくなる。
「ロドリック!」
再度呼びかけると、ほんのりと目に光が戻ったように感じられた。
ロドリックの手が動き、私の腰を引き寄せる。よろけた私を捕まえたロドリックはほっとしたように微笑んだ。
よかった、いつものロドリックに戻った。
そう安堵したのも束の間。ロドリックは、私に不必要なほど顔を近づける。
互いの顔がぼやけて見えなくなるほど近づき、そして――。
一瞬、何が起こったのかわからなくなって、私の思考は停止した。
彼の柔らかな唇が押しつけられている。――私の唇に。
それを認識した途端に、どうにか体を離そうとした。
「や……っ」
体を離しかけても、ロドリックはいつになく強い力で私を捕らえ、想いを伝えるように熱っぽく夢中でキスを続けた。体が疼くような慣れない感覚に、抵抗する力が抜けてしまう。
私の指先には彼を押し戻すほどの力もなくて、ただロドリックの肩に添えた手が滑り落ちる。
そうしたら、ようやく我に返ったらしいロドリックがつぶやいた。
「ミシェル……? あ……」
先ほどまでの熱が一気に冷めたような、それは気まずい表情をしている。
今のはなんだったのだろう。私だと認識していなかったような口ぶりだ。
レクシー嬢と間違えたとか、そんな理由だったらどうしてくれよう。
私の目が戸惑いと怒りでうっすら潤んでいたからか、ロドリックは顔を引き攣らせながら謝った。
「ご、ごめん。これは、その……っ」
「迎えに来たつもりだったけど、やっぱり置いていっていいかしら?」
「いや、ちょっと意識が朦朧としていてっ」
この慌てぶりを見ていたら、やっぱりさっきの行為に想いは伴っていなかったのだと思えた。
自分でも驚いたけれど、目からポトリと涙が落ちる。それを見た途端、ロドリックがとても傷ついた顔をした。
私のことを何があっても簡単に泣かない女と思っていたのかもしれない。それが泣くほど嫌だったのかと。
どうして涙が零れたのかというと、感情が追いつかなかったせいだろうか。
すると、椅子の背もたれに移動していた小鳥のサディアスが首を伸ばして言った。
「どーするの? そろそろ行かないと。やっぱりこのお荷物置いていく?」
「置いていくな! 一緒に行くに決まってるだろ」
私は指先で涙を払い、ロドリックに冷たい目を向けた。
「私と来るより、ここで大事にしてもらった方がいいんじゃないの? エメランさん」
「やめてくれ! こっちは必死で戦ってたってのに」
戦っていたと言う。一体何と――?
ザワ、と首筋の辺りに寒気がした。
振り返ると、いつの間にかレクシー嬢がいた。それは恐ろしい表情で私たちを睨んでいる。
「あーあ」
サディアスだけが場違いなほど明るい声でぼやく。
「ここまで追ってくるなんて、しつこい女ね」
レクシー嬢が言うと、彼女の手に光る指輪の宝石から火花のようなものがバチバチと飛び散る。あれは何か特殊なアイテムだろうか。
もしかすると、あれが魔法使いが魔法を使うための〈月石〉というものかもしれない。
「サディアス、お願い!」
私がとっさに首を向けると、サディアスは嫌そうに飛んできた。
「どうしよっかなぁ。戦うといろいろマズいしさ、逃げよ!」
逃げるらしい。でも、私もそれがいいと思う。
ロドリックの手を握り、ここではないところへ逃げたいと願った。
何度か経験したあの感覚――視界が白くかすみ始める。
レクシー嬢の金切り声が追ってきたけれど、彼女までもが一緒に転移してくることはなかった。




