32✤レクシーの婚約者
小鳥の姿のままぐるぐると飛び回ったけれど、開いている窓がない。
「開いてないねぇ」
サディアスにはのん気に言われてしまい、へこたれそうになって私も屋根の上に降りた。
「でも、何とかしないと……」
焦っているのは私だけだった。
サディアスは屋根の上で踊るように飛び跳ねている。本当に少しもロドリックのことは心配していないらしい。
この時、屋根裏部屋のものらしき小窓が見えた。
閉じているけれど、ここなら破っても人目にはつきにくいかもしれない。
「サディアス、もとの姿に戻るわ」
「え? ここで?」
「ええ。この窓を破りたいの」
小鳥は飛べるからいいけれど、窓を破るのは無理だ。
「危ないよ。ミシェルがそんなことしなくても」
「いいから。急ぐの」
時間をかけて安全な方法を探しているうちに、ロドリックはロドリックでなくなっているかもしれない。
私が用があるのはロドリックであって、作られた〈エメラン〉ではない。
窓に顔を近づけると、そこに私の顔が映った。小鳥ではない、人間の。
そうなると、風はもう私を助けてくれない。むしろ屋根の上で煽られる。
それでもなんとか踏ん張り、靴を脱いで窓に叩きつけた。パリン、と音を立ててガラスが内側に落ちる。
「あーあ。魔法使いはもっとスマートにやらなくちゃ」
未だに鳥の姿のサディアスが余計なことを言う。
私は答えず、ガラスで切ってしまわないように慎重に手を差し入れて鍵を外した。窓を開け、中に滑り込む。ガラスに引っかかったスカートの裾がピッと音を立てて裂けた。
――屋根裏部屋は普段から使われている痕跡がなかった。埃がうっすらと積もっている。
私はその埃の上に雪道のような足跡を残しながら扉に近づいた。鍵は内側からならつまみを捻るだけで開けられた。
慎重に周囲を確認すると、薄暗い階段に続いていた。まったく見えないということはない。
足音を立てないように階段を踏みしめる。小鳥のサディアスは私の肩の上だ。
もう一度何かに変身することも考えたけれど、この後ロドリックを連れて転移するなら力は温存しておきたい。
そうっと行き止まりの扉の鍵も外して隙間を作る。
ここはロドリックのいる部屋があった階だろう。さっき見たものを思えば、この廊下はあの部屋に続いている。
問題は、ロドリックにべったりくっついているレクシー嬢をどう引き剥がすかだ。
私はまだ廊下に出ず、誰かが通りかからないかと警戒していた。どうしてこんな泥棒みたいなことをしなくてはならないのかと、極度の緊張を訴える心臓の苦情を聞き流す。
それでも、この階の廊下を使用人たちが行き来することはなかった。誰も来ない。レクシー嬢が出入りを禁止しているのだろうか。
よし、と覚悟を決めて廊下へ出た。音を立てないように、けれど急いで歩く。
――確か、この辺りだった。
ただし、私が目星をつけた扉に近づいた途端に中から声が聞こえてきた。
「お父様が私をお呼びみたい。少しだけ待っていてね、エメラン」
レクシー嬢が出てくるらしい。領主である父親が呼んでいると。
彼女を呼びに来たメイドにブツブツと文句を言っている。
「まったく、私は忙しいのよ。急ぎの用なのでしょうね?」
「ええ、何やらベリス様からご連絡があったそうで」
「は? ベリス? 私の好みじゃないわ」
「い、いえ、縁談ではなくて――」
ベリスの名が出たのでドキリとする。
もしかすると私たちを探してここに連絡してきたのかもしれない。急がなければ。
私は身を隠すため、とっさに隣の部屋に飛び込んだ。幸い、鍵がかかっていなかったのだ。
そこで息を殺してやり過ごす。扉の隙間からこっそり見ると、レクシー嬢の背中が遠ざかっていった。ほっと胸を撫で下ろした後、やっとこの部屋の中に目を向けた。
――部屋の中には四人もの人がいたのだ。
「っ!」
自分から人のいる部屋に入ってしまった。人の気配は感じなかったのに。
その失敗を悔いても遅い。
けれど、彼らは私が来ても顔を向けなかった。ベッドや椅子、床に座り込んだまま動かない。明らかに様子がおかしかった。
皆、若い男性だ。見目がよく上等な服を身に着けているものの、誰も彼も生気がない。
そんな青年たちの姿を見てゾッとした。今、私が抱いた懸念をサディアスが言葉にする。
「あーあ。こんなに〈婚約者〉がいるのにまだ欲しいんだね!」
レクシーはロドリックを求めたのではない。若くて容姿が整い、自分が満足できる青年であれば誰でもよいのだ。
間違ってもそんな人に渡せない。ロドリックには自分の意思がある。
怒りが沸々と湧いてくるけれど、今はまだ冷静でいなくては。
レクシー嬢がロドリックから離れた今、急がなくてはすぐに戻ってきてしまう。




