31✤小鳥
歩き出そうとした途端にサディアスの声がかかる。
「正面から『ごめんください』って行くつもり?」
「……駄目かしら?」
ギクリとする。そのつもりだったから。
サディアスはゆるゆると首を振る。
「やめた方がいいんじゃない? 歓迎されないと思うよ」
レクシー嬢は私の顔を見ているから、堂々と訪ねても追い返されるだけかもしれない。
その場合、二度と取り合ってはもらえないだろう。困った。
「じゃあ、どうするといいの? 屋敷の中に転移する?」
「魔法使いの屋敷だよ。招待されていない魔法使いが転移できないように術を使ってあるから、それは難しいんだ」
ベリスの屋敷へ入った時は堂々と正面から赴いた。転移して無理やり入ったわけではない。
転移したのは出て行く時だけだったから、出て行く分にはそうした術に制限はないらしい。
「堂々と訪ねても駄目、転移も無理。じゃあこっそり忍び込めってこと?」
「だね」
他の提案をしてほしかったのに、全力で肯定された。私はどうしたらいいのだろう。
ちょっと泣きたくなった。
今頃、ロドリックはどうなっているのだろう。
操られているのならなんの不安もなく、思い悩むこともないのか。
それなら、残してきた私の心配なんてしているはずもない。
ロドリックは、私のことを思い出しもしない。
目の前のレクシー嬢のことだけを見つめ、彼女が望む言葉を紡ぎ、そして――。
今、胸が痛んでいると私が感じたなら、それをロドリックはどう思うだろう。
そんなことを考えるだけ無駄だ。
ロドリックの中に今、私はいないのだから。
私が突き詰めて考えるのを避けたいだけかもしれないけれど。
とにかく、今は屋敷へ入るためにどうするかを考える。
例えばうちの屋敷だったらどうだろう。
外部から人が来るのは主に商人だ。食料などの日用品を届けてくれる。そこに紛れるのはどうだろうか。
「ねえ、私って自分から名乗ったら商人に見える?」
これを言ったら、サディアスに声を立てて笑われた。
「見えない! 可愛いミシェルがそんなのに見えるわけないじゃないかぁ」
「でも、商人が一番屋敷に入り込みやすいと思うのよね」
「そうかなぁ? 小鳥とかでいいんじゃない?」
「…………あなたはね」
サディアスに小鳥になってもらって中に向かわせればどうにかなるだろうか。いや、サディアスはロドリックに無関心だから、上手く助けてくれるとは思えない。
そんなことを考えていると、サディアスは軽く言った。
「ここはそれほど風もないし、ミシェルも小鳥でいいんじゃない?」
「本気で言ってる?」
「うん」
こっくりとうなずかれた。
まさかとは思うけれど、魔法使いというのは自分の姿も変えられるものなのだろうか。
「……私も鳥になれるの?」
「なろうと思えばなれるんじゃないかなぁ」
とのことである。
空を見上げると、太陽と見紛うばかりの月が浮かんでいる。昼間でも消えずにそこにある。夜ほど鮮明に赤くは感じないけれど、それでも赤みはある。
「なるべく近づいてからにした方がいいよ。小鳥だと長距離を飛ぶのは疲れるし」
サディアスはどこまでも本気らしい。
「あなたも来てくれるのよね?」
「ミシェルのためだからね! 鳥は嫌なんだけど、ミシェルのためにちょっとだけ我慢するよ」
「ありがとう」
私も人生で鳥になった経験はないのだけれど、どうにかなると信じたい。
途中までは領主館を目指す。緊張してしまって足が進みづらいけれど、行かないという選択はしないと自分で決めたのだ。
大きく深呼吸を繰り返していると、サディアスがそんな私の頭を撫でた。
「ぼくがいるからね」
彫刻でできているような美青年なのに、言動が子供っぽいからか微笑されても和んでしまう。私も笑って返した。
「ええ、頼りにしているわ」
アップルヤードの町の領主館は、ベリスの屋敷よりも少し装飾的で繊細な外観をしていた。女性が好むのはこちらだろうか。
門が見えてきたところで私たちは立ち止まる。
「そろそろ飛んでいこうか」
「そうね……」
と返したものの、どうやって飛ぶのだろうか。
そんな私の両手を取り、サディアスはささやく。
「ぼくと鳥になって空を飛ぶ様子をイメージして。大丈夫だよ、僕がリードするから」
私はうなずき、目を閉じた。
小鳥――あまり小さいと飛ぶのが大変かもしれないけれど、大きな鳥ではすぐに見つかって潜り込めないだろう。そうなると、やはり掌サイズがいいのか。
サディアスは白いから、私も白い鳥がいい。
ふわり、と体が軽いような感覚がした。
「そう、それでいいんだよ。じゃあ、行こう」
風が私たちの小さな体を攫う。大きく羽ばたかなくても、風が運んでくれているようにも思えた。
ただ、私は空から地上を見たことなどなく、真下を見たら我に返ってしまいそうで、とにかく上ばかりを見るようにしていた。
遠くにあった屋敷は次第に近づき、目の前にある。
ただ、問題があるとすれば、窓が開いていなかったことだ。
鳥が窓ガラスが見えずに激突して落ちるところを何度か見たことがある。今の私たちの小さな体ではとても破れない。開いている窓を探さなくては。
それから、ロドリックがどの部屋にいるのかも見つけないと、闇雲に動き回ってはいけない。なんとなく、囚われの人というのは高いところにいるのではないかという気がした。
そんな私の勘が当たっていたのか、光を集める大きな窓の縁で翼を休めていると、その部屋の中にロドリックの姿が見えた。鋲打ちの立派な一人がけの椅子に座らされているが、どこを見ているのか焦点が合っていない。ただぼうっと虚空を見つめている。
そんな彼の頬を両手で包み、しなだれかかっているレクシー嬢がささやく声が聞こえた。
「エメラン、あなたは私を愛している。毎日愛をささやいて、私を求める。私だけがあなたのすべて……」
その様子にはゾッとした。暗示をかけているようにしか見えなかった。
ロドリックは身動きひとつしない。どう考えても異常だ。
「あの人、ちゃんとわかっててやってるよね」
隣のサディアスが笑いながらさえずった。
「どういうこと?」
「婚約者が死んだの、ちゃんとわかってるよ。でも代わりがほしかったんだね。それであいつにああやって暗示をかけて代わりにしてるの」
「……最悪」
それは少しも同情する必要はないと思っていいだろうか。
「でも、あれで結構強力だし、あいつはただの人間だし、案外よく効くんじゃない?」
アハハ、と軽く言われた。さっきから笑うところではないと思うのだが。
疲れを感じつつもサディアスを少し睨んだ。
「じゃあ、急がないと。入れるところを探しましょう」
「はーい」
きっと乗り気ではないが、サディアスは元気よく返事をした。




