第69話:竜の巣一日目 ― まだ諦めない
◇◇◇
#1 Lv5 vs 12639 ― 最初の挑戦
地底の巨大空洞。
天井は暗く、足元には淡く青白い光を放つ湖。回復の泉は、この地獄における唯一の安全地帯だ。
その向こう、広間の中心には、世界の理を無視した存在が静かに立っていた。
【エンシェントドラゴン:Lv. 12639】
エンシェントドラゴンは動かない。
ただ、金色の瞳だけが、蒼真をじっと見下ろしている。その視線には、敵意よりも、純粋な「無関心」が宿っていた。
蒼真(心の声):
「(まだLv5。ステータス的には、ただの雑魚。だが、ここを抜けなきゃ永瑠のところにも、帰れない)」
蒼真は、震える脚を叱咤し、焔生を構える。
蒼真:
「――行くぞ」
一歩、大地を踏みしめた瞬間。
ゴオォォォォォォッ!!
風圧。ドラゴンが翼をほんの僅かに動かしただけで、爆風が襲いかかった。
蒼真:
「がっ――!!」
視界が横に流れる。強烈な衝撃に、身体は壁へと激しく叩きつけられる。
ボキッ。
肋骨が嫌な角度で折れる。
蒼真:
「……っ、がああぁぁあああッ!!」
地面を転がりながら、意識が途切れる前に湖の方へ這っていく。
身体は意識より先に、回復の泉を求めていた。
指先が水に触れる。
ジリジリジリ……ッ。
骨が勝手に繋がり、裂けた肉が縮む。
全身を焼くような“生き返る痛み”が駆け抜けた。
蒼真:
「……っはぁ……っ…いてぇ……!」
息を整え、もう一度立ち上がる。ドラゴンは、相変わらず微動だにしない。
その眼だけが、「まだか?」と言っているようだった。
蒼真:
「……分かったよ。付き合ってやるよ、テメェの遊びに」
◇◇◇
#2 繰り返される死線と身体の学習
どれくらい時間が経ったのか、正確にはわからない。
蒼真が意識的に把握できただけでも、この時点で瀕死は10数回を超えていた。
エンシェントドラゴンは、一時間に一回、あるいはそれ以上の頻度で、容赦のない即死攻撃を繰り出してくる。
アーカ・メモリアの未来予測で避けるのが精一杯だった。
蒼真(心の声):
「(回避はできるようになった。10度目の挑戦で、ようやくこの巨体の予備動作を、DEX 38の限界で捉えられるようになった……!)」
立つ。走る。吹っ飛ぶ。這う。回復する。
そのサイクルを繰り返すたび、回復の泉の力で再生する身体は、少しずつ、ドラゴンの速度に「慣れて」いった。
23回目の挑戦。
蒼真は、ドラゴンの爪が振り下ろされる瞬間に合わせて叫んだ。
未来予測
白銀の光が瞳に宿る。視界が引き伸ばされ、世界がゆっくりになる。
爪の軌道、重心移動、筋肉の収縮。全てが鮮明な“線”で見えた。
蒼真(心の声):
「(読める!この速度……捉えた!)」
半歩だけズラし、懐に潜り込む。焔生の刃が、鱗と鱗の隙間を狙って走った。
ギンッ!
金属がぶつかったような音。手が痺れ、刃が弾かれる。
蒼真:
「な……!!」
◇◇◇
#3 アーカ・メモリアの限界と永瑠の笑顔
蒼真の攻撃は、ドラゴンの極小の隙間に届いたが、鱗の硬さを破れない。
直後、ドラゴンの尾が薙ぎ払われた。
ドゴォッ!!
蒼真:
「がはっ――!!」
再び宙を舞い、地面に叩きつけられる。
肺が潰れ、視界が揺れた。
アーカ・メモリアを使った分だけ、頭の中がノイズに満ちてきしむ。
蒼真(心の声):
「(情報量が……多すぎる……!
DEXとAGIが、この世界の理そのものを処理しきれてねぇ……!)」
彼は必死で泉へ向かった。
動かない指を無理やり動かし、爪先で地面を掻きながら。
「死んだ方が楽だ」という考えが、一瞬だけ頭をかすめる。
けれど――
永瑠の顔が浮かんだ。
泣きそうで、それでも強くあろうとする、あの不器用な笑みが。
蒼真(心の声):
「(……ここで終わったら、マジでダサすぎだろ、俺)」
指が水に触れた。
ジリジリジリ……ッ。
回復するたびに、すこしずつ、どこかが慣れていく。
身体の痛みに。恐怖に。何よりも、「死にかけること」に。
◇◇◇
#4 一日目の終わりに
体感で三十回目。時間の感覚が完全におかしくなっている。
蒼真は、回復の泉の縁に座り込んだ。
蒼真:
「……はぁ……はぁ……」
焔生を膝に立て、額を柄に預ける。
足は震え、腕は重く、全身は鉛のようにだるい。
蒼真(心の声):
「(まだ、ドラゴンのHPはビクともしねぇ。
だが、俺の身体は確実に速くなった。)」
彼はゆっくりと立ち上がる。
蒼真:
「一日で諦めたら、マジで一生後悔する」
焔生を握り直す。青白い炎が、かすかに刃に灯る。
蒼真:
「ふざけた数値しやがって。」
彼は、再びドラゴンの方へ歩き出した。
地底での“最初の一日”が、ようやく終わろうとしていた。




