第59話:奪われた瞬間
◇◇◇
#1 絶望の夜の回想
雪が、ゆっくりと、そして絶望的に降り注いでいる。冷たい夜気に、二人の荒い息遣いだけが響いていた。
アリアは、顔色を失いながら叫んだ。
アリア:
「な、なんて圧力なの……!私の聖域結界が……もう、押し潰される……!」
ウィンターは、結界の維持に全魔力を注ぐアリアを庇うように前に出る。
ウィンター:
「アリア、下がって!」
ゴオォォン!!
轟音と共に、空から無数の小さな蝙蝠が降り注ぎ、黒い渦を作りながら、中央で一体の“人の形”を編み上げた。闇を凝縮したような存在、ルシェルだ。
ルシェル:
「よく逃げ続けたな、ウィンター。だが――終わりだ。この追跡劇は、ここで終幕だ」
ルシェルの剣が、黒い魔力を吸い込んで不気味に光る。
ウィンター:
「終わらない!世界意志に託されたこの刀……一撃でも奴に入れれば、この均衡は崩せる!」
ルシェルは鼻で笑う。
ルシェル:
「一撃?そんな希望、ここで塵に戻してやろう」
瞬間加速。ルシェルの姿は残像となり、斬りつけた軌跡が地面の雪を焼き払う。熱線のような衝撃波がウィンターを襲う。
ウィンター(心の声):
「(見えない……!速度が、情報量が……違いすぎる……!《アーカ・メモリア》でも追いつかない!)」
ルシェル:
「終わりだ、少年」
黒い剣が、ウィンターの首筋目掛けて閃く。
ウィンター:
「ッ――!」
額に青白い魔法陣が浮かび上がる。瞳が、世界の構造を記録しようと青白く激しく輝いた。
ウィンター:
「《アーカ・メモリア》……!!」
世界がスローモーションに変わる。斬撃の軌道。その回転速度。その先の未来。
一撃。二撃。三撃。
ルシェルの速度は、ウィンターの予測速度を超越していた。回避できたはずの未来が、崩れていく。
ウィンター:
「しまっ――!」
その絶望的な予知の瞬間に、横から白いローブの影が、二人の間に割って入った。
アリア:
「――ウィンター!!!」
ザンッ!!
甲高い音。黒い剣は、アリアの胸を、心臓を、迷いなく貫いた。
雪が、ゆっくりと舞い降りる。赤い血飛沫が、青白い雪の上に鮮やかなコントラストを描いて散る。時間が、止まった。
アリアは、口から血を吐き出しながらも、慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。
アリア:
「ウィンター……生きて……また、逢えるから……」
ウィンター:
「アリア……やめろ……やめてくれ……!!」
悲鳴が喉でつかえる。彼女は微笑んで、まるで雪が崩れるように静かに、ウィンターの腕の中で砕け散った。
ウィンター:
「アリアぁぁぁぁぁああああああああ!!!!!!」
膝をつき、絶叫し、血に染まった雪を握りしめる。
ルシェルは、剣を血振るいながら冷酷に言い放った。
ルシェル:
「戦いの最中で女に庇われるとは。滑稽だな。お前はそのまま、罪を抱いて生きるがいい………」
ルシェルは黒い霧と共に、嘲笑を残して消えた。
ウィンター(震え):
「……お前がいない世界なんて……いらない……!!」
◇◇◇
#3 魂の継承
【白の虚空に戻る】
蒼真は、激しい動悸と共に、その凄惨な映像から引き戻された。呼吸ができない。あまりの衝撃に、言葉が喉に詰まる。
ウィンターは、再び穏やかな表情で蒼真の前に立っていた。
ウィンター:
「……君に託したかったのは、ただ一つだ。この、守れなかった後悔を、終わらせてほしかった」
蒼真:
「……アリア……あの女性が……」
ウィンター:
「あぁ。君の知る永瑠だよ」
蒼真:
「……っ……!」
言葉にならない。頭の中で、アリアと永瑠の姿が重なる。同じ眼差し。そして、その魂の根源。
ウィンター:
「彼女は、輪廻できない魂となってしまった。不死という檻に閉じこめられた存在。君が出会った永瑠は、あの夜、私の代わりに死んだ“彼女の魂”なんだ」
蒼真:
「……っ……そんな……!」
ウィンター:
「だから君は彼女に惹かれた。だから彼女は、君の前だけで強く揺らぐ。魂が、三年間共に生きた“続き”を覚えていたんだ」
蒼真は、自分が永瑠に抱いていた、理不尽なほどの親近感と守りたい衝動の理由を悟った。
蒼真:
「……だから俺は……」
ウィンター:
「救いたかった。俺が守れなかった未来を、君なら変えられると思った。時間を超えて、魂の縁を繋ぐ君になら」
蒼真は、強い決意と共に、固く拳を握る。
蒼真:
「ウィンター……俺……」
ウィンター:
「未来は、まだ解らない。俺の《アーカ・メモリア》も、君の力の影響で、その先は読み取れない。そして……永瑠の運命も」
白い光が収束し、周囲の虚空が崩れ始める。時間が、現実に戻り始めるサインだ。
ウィンター:
「頼んだよ、蒼真。アリアを――永瑠を、今度こそ救ってくれ」
蒼真は、その場に強く足を踏みしめた。胸に誓う。
蒼真:
「……絶対に救う。……絶対にだ……!」
光が弾けて、蒼真の意識は現実へと引き戻された。




