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第58話:雪の街で ― 運命の邂逅

◇◇◇



#1 時間外領域の残響


ノイズ混じりの残響が、蒼真の意識を包み込む。白い虚空の中、ウィンターの声だけが響いていた。その声は、遠く、そしてどこか冷たい。


ウィンター:「蒼真……」


蒼真:

「……また明晰夢か………なぁ、ウィンター。永瑠を終わらせるってどういう意味なんだ? 那美さんは、それが救済だと……」


ウィンター:

「終わらせる……か……。確かに、そう考えてもおかしくない。魂が輪廻に帰れば、また生まれ変わり、出会える……。苦しみから解放される」


蒼真:「そんなの……」


ウィンター:

「だが、それが正しいことなのか、俺にも解らない。それは、お前が答えを見つけるしかない」


蒼真:「答え……」


ウィンター:

「俺は、アリアに助けられ、そこから傷の回復と共に暮らした三年間は幸せだった」


その声に、微かながらも温かい感情が宿った。


ウィンター(声):

「……見せるよ。君が“選ぼうとしている未来”の……始まりを。そして、俺の、すべてを奪われた瞬間を」


蒼真は、息を飲んだ。彼の意識は、周囲の白い虚空から切り離され、強制的に、雪の降る異世界の夜へと引きずり込まれていく。


蒼真:

「……これは……」


画面が切り替わり、蒼真の視界は、ウィンターの青白い瞳を通して見る世界となった。



◇◇◇



#2 追われる影と少女


夜明け前の灰色の空の下、世界全体が巨大な静寂に包まれていた。足跡は、雪の上にどこまでも一直線に伸び、それは絶望的な逃走の軌跡だった。


ウィンターは、もはや意識だけで身体を前へ、前へと押し出していた。


内側から肺が焼けるような痛みが襲い、傷口からは熱い血が途切れることなく滴り落ちる。指先は冷たさで感覚が麻痺していた。


ウィンター(心の声):

「……逃げ切れてはいない。まだ奴らは、近くにいる」


呼吸を抑えたつもりでも、荒い息遣いは止まらない。喉の奥からは、錆びた鉄のような血の匂いが上がってきた。


どこへ行けばいいのかも分からない。どれだけ過去を振り返っても、もう姉のルーナはいない。胸に残るのは、彼女が最後に放った温かい光の残滓だけだった。


――限界だった。


一歩踏み出した瞬間、膝が崩れた。雪の上に、身体がそのまま重く沈んだ。深々と積もった雪が、痛みよりも優しく、彼を包み込んだ。


冷たさは、時に痛みを遠ざける。ウィンターは、初めてそれを知った。


視界が白く滲み、風の音、自分の息遣い、世界のすべての音が遠のいていく。


アリア:

「……大丈夫……ですか……?」


柔らかい、透明感のある声だった。雪の帳の向こうに、一人の少女が立っている。


白い吐息。艶やかな赤髪。白い毛糸のマフラーを巻き、その瞳は、氷のように透き通っているのに、内側には微かな炎のように優しく揺れていた。


ウィンター:

「……危険だ。関わるな」


絞り出すように息が漏れた。彼は、自分がまだ追われていることを知っている。


少女は、ためらうことなく膝を雪に沈め、真正面から、逃亡者の瞳を覗き込んだ。


少女:

「危険なのは、あなたのその傷でしょ?」


ウィンター:

「放っておけ……どうせ、すぐ追いつかれる」


少女:

「嫌です」


きっぱりとしたその返答に、ウィンターは理解が及ばず、眉を寄せた。何故、この少女は見知らぬ瀕死の男を助けようとするのか。


少女は少し笑って、曇りのない瞳で言った。


少女:

「理由なんて、いらないよ。助けたいと思う時に、理由なんて」


その言葉は、凍り付いていたウィンターの胸に、鋭く、熱く突き刺さった。


少女はゆっくりとウィンターの肩に手を添えた。その手の温度だけが、彼を現実に繋ぎとめた。


少女:

「立てる?無理なら、私が支えるから」


ウィンターは答えられなかった。ただ、その手から伝わる温もりを、無言で受け入れることしかできなかった。


その彼女の名は-アリア-と言った。



◇◇◇



#3 最初の冬、三年間の夢


彼女、アリアの小さな家で、ウィンターは三年間を過ごすことになる。


**冬**


雪が静かに降り積もる夜。暖炉の前で、アリアは鍋に川魚を入れた熱いスープをかき混ぜていた。


アリア:

「もう、胸の傷は痛まない?」


ウィンター:

「ああ……君のおかげだ。助かった。傷だけでなく、心も」


アリア:

「助け合いってそういうものよ」


そう言って微笑む表情は、暖炉の炎の光に照らされて、柔らかく揺れていた。彼女は、彼の失われた時間を取り戻すように、静かに寄り添った。


**春**


小さな庭に、黄色い小さな花が咲いた頃。アリアは、朝の日差しの中でほうきを抱えながら、楽しそうに笑った。


アリア:

「最近、よく笑うようになったわね、ウィンター」


ウィンター:

「……君が、いるからだ。君の笑顔が、俺を、ここに繋ぎとめている」


アリア:

「ふふ……じゃあ、責任取らなきゃね。ずっと、笑わせ続けてあげる」


その言葉が、凍った彼の胸の奥深くに温かく染みた。


**夏**


夜風が窓を揺らすころ。ふたりは、村外れの丘に座って、満天の星を見ていた。空は遠く、美しく、無限に広がっていた。


アリア:

「願いごと、した?」


ウィンター:

「したよ。……ひとつだけ」


アリア:

「なぁに?」


ウィンター:

「……この時間が、ずっと続くように」


アリアは一瞬、驚いたように大きく目を見開き――次の瞬間、涙を溜めながら、極上の笑顔になった。その横顔は、星空よりも美しかった。


**小さな約束**


家に戻ると、彼女は毛布を広げながら、彼に語りかけた。


アリア:

「ねえ、ウィンター」


ウィンター:

「ん?」


アリア:

「また、明日も笑ってくれる?」


その問いは、まるで“永遠を願う勇気のない祈り”のように聞こえた。彼女自身が、その「永遠」ではないことを知っているかのように。


ウィンター:

「笑うよ。君が望むなら、毎日、笑う」


アリア:

「……うん」


その夜、彼女はウィンターの肩にもたれたまま、深い眠りについた。薪が静かに爆ぜる音だけが響き、月光が二人を優しく、儚く包んでいた。


――その三年間は、ウィンターの人生で最も穏やかで、最も温かく、そして二度と戻らない、刹那の夢だった。





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