第57話:触れられない日常
◇◇◇
#1 登校の光と影
蒼真はベッドから飛び起きた後も、心臓の鼓動が収まらなかった。
蒼真:
「また変な夢をみた……」
夢の断片が、意識の表面にへばりついて離れない。
蒼真:
「冬崎那美……終わらせるって……どういうことだよ……」
胸の奥が冷たい鉄で締め付けられるような感覚を覚えながら、彼はいつものように玄関を出た。
ノア:
「おはようございます。蒼真さん!」
永瑠:
「おはよう、蒼真」
ノアと永瑠が、いつもと変わらない笑顔で並び立つ。
蒼真:
「あぁ、おはよう……」
いつもの登校。いつもの光景。しかし、蒼真の視界だけが、一変していた。
隣を歩く永瑠を横目で見る。サラサラの長い黒髪が、朝日に照らされてキラキラと輝きを放っていた。その光景は、あまりにも美しく、そして「永遠」を象徴しているように見えた。
蒼真(心の声):
「(彼女は変わらない。歳も取らない。この髪も、瞳の色も、永遠にそのまま……)」
その「永遠」が、彼の脳内で、那美の「死より残酷です」という言葉と結びつく。永瑠の美しい姿が、見る間に触れることのできない冷たい虚像のように感じられた。
◇◇◇
#2 教室での拒絶
一限目の授業中。蒼真は心ここにあらずで、ノートの隅にひたすら「終わらせてあげる」という言葉を書きつけていた。
永瑠は、蒼真の異変に気づきながらも、いつもの調子で顔を近づけてくる。
永瑠:
「……蒼真。今日の古文、進み早すぎない?」
永瑠の顔が、蒼真の耳元まで近づいた。普段なら「うるさい」と一言で済ますところだったが、那美の涙が脳裏をよぎる。
蒼真(心の声):
「(愛せば愛すほど、残酷なのです)」
蒼真は反射的に、スッと身を引いた。永瑠の顔に触れてしまうことを、本能的に避けるように。
永瑠:
「っ……」
永瑠は、突然の蒼真の拒絶に、目を見開いた。彼女の冷たい瞳に、明確な戸惑いと、微かな傷の色が浮かぶ。
永瑠:
「……何よ、急に」
蒼真:
「いや……ちょっと、集中したかっただけだ」
蒼真は視線をノートに落とし、それ以上永瑠を見なかった。永瑠は口を真一文字に結び、何も言わずに自分の席に戻った。その背中には、目に見えないトゲが刺さったような痛みが走っていた。
◇◇◇
#3 ノアの観測報告
休み時間。蒼真が水を飲むために席を立った瞬間、ノアが影のように隣に現れた。
ノア:
「観測完了です、蒼真さん」
蒼真:
「……何だよ、ノア。プリンか?」
ノアはいつもの調子ではなく、真剣な表情で蒼真の体調を報告する。
ノア:
「蒼真さんの心拍数、過去最高の乱れを記録しています。未来予測の波長にも、通常観測されない強いノイズが混入しています」
蒼真:
「ノイズ……」
ノア:
「心に負荷がかかると、異能にも影響が出ます。特に、誰かの『願い』に関する情報に触れると、蒼真さんは強く反応します」
ノアは蒼真の胸元をじっと見つめる。
ノア:
「無理に蓋をしないでください。それが原因で、いつか貴方の『心』が崩壊しないか、私は心配です」
蒼真はノアの洞察力に驚いたが、深く追求することは避けた。
蒼真:
「……分かってる。ちょっと、寝不足なだけだ」
ノアはそれ以上は聞かず、「また観測しますね」とプリンを抱えて去っていった。しかし、蒼真は知っていた。ノアが自分の内側の秘密に、確実に近づいていることを。
◇◇◇
#4 放課後の問い
放課後。魔物掃討の帰り道、人気のない森の入り口で、蒼真は立ち止まった。
蒼真:
「永瑠」
永瑠:
「何よ」
蒼真は意を決し、夢の言葉を少しぼかして尋ねた。
蒼真:
「……永瑠はさ。自分のこと、どう思ってる?」
永瑠:
「どうって……ヴァンパイアよ。怪物」
蒼真:
「そうじゃなくて。その、終わらない命のことだ」
永瑠の表情が、硬直した。
蒼真:
「その、永遠に続く時間の中で、誰かを愛したり、大切なものを作ることって……どうなんだ? 重荷じゃないのか?」
◇◇◇
#5 夜の重み
永瑠は、蒼真の問いの深さを悟り、動揺を隠せない。彼女の瞳は、まるで遠い過去を見つめているようだった。
永瑠:
「……何よ、急に。そんな詩みたいなこと」
永瑠は、明確な返答を避けるかのように、そっぽを向く。
永瑠:
「私にとっては……ただの夜よ。終わらない夜。朝なんて、来ない夜」
その言葉は、那美が言った「夜に生まれ、夜を彷徨う運命」をそのまま裏付けていた。
蒼真は、拳を握りしめた。那美の「死より残酷です」という言葉の真意を、ようやく理解した気がした。永瑠の命は、彼女自身が「終わらせてほしい」と願われるほどの、深い孤独と苦痛に満ちた重荷なのだ。
蒼真(心の声):
「(俺が、永瑠の永遠を守り続けることは、本当に彼女を救うことになるのか?それとも、那美の言う通り、終わらせてあげることが救済なのか?)」
「終わらせる」か、「永遠を守る」か。この重い選択が、蒼真の中に明確な課題として刻み込まれた。




