第40話:黒龍の予兆
◇◇◇
#1 小さな揺らぎ、静かな放課後
放課後――
神楽市の空は、不自然なほど静まり返っていた。
夕焼けは赤というより“灰色”に近い。
学校の屋上から見る街には、
いつもより人が少ないように感じる。
蒼真、永瑠、ノアの三人は屋上にいた。
フェンスの隙間から吹き込む風が、妙に冷たい。
ノアは、空の雲をじっと見つめていた。
ノア
「観測……対象、黒龍の“呼吸圏”、濃度が上がってきています」
蒼真は息をのむ。
蒼真
「あの空の色……やっぱり異常なんだな」
永瑠は黙ったまま、街の遠くを見つめている。
その瞳の奥が、わずかに揺れているように見えた。
蒼真(心の声)
「……永瑠、昨日から少し様子が変だよな」
ウィンターの言葉が頭に浮かぶ。
『大切な誰かの未来を守って欲しい』
蒼真(心の声)
「……永瑠のことなのか?
でも……なんでだよ。なんで俺がそんな気持ちになってるんだ……?」
永瑠は何も言わず、ただ風に髪を揺らしていた。
◇◇◇
#2 神楽市の深層、さざ波
その日の夜――。
神楽市の地下で、
誰も知らない“小さな地震”が起きていた。
家の棚がほんの少し震える程度の揺れ。
しかしノアは、ただ一人それに気づいた。
ノアは蒼真の部屋の床に膝をつけ、
その小さな振動を“触るように”観測する。
ノア
「……これ……」
蒼真が声をかける。
蒼真
「どうした。観測バグか?」
ノアは首を振った。
ノア
「いいえ。
これは、黒龍が“こちら側の層”に触れ始めた合図です」
蒼真の心臓が跳ねる。
蒼真
「触れ始めた……って、それって――」
ノア
「はい。
侵入行動の……『第一段階』です」
永瑠が眉を寄せた。
永瑠
「早すぎる……。まだ距離があるはずなのに」
ノアは、震える声で言った。
ノア
「永瑠さん。
黒龍は……距離ではなく、“魂の重力”に引き寄せられます」
蒼真
「魂の……重力?」
ノアは、永瑠の胸元を見つめた。
ノア
「永瑠さんの魂が……黒龍の“起点”と同じ波形を持っています」
永瑠は一瞬息を飲み、
しかしすぐに普段通りの無表情に戻った。
蒼真
「お、おい永瑠! どういうことなんだよそれ!」
永瑠は落ち着いた声で答えた。
永瑠
「解らない……。」
蒼真
「で、でも……永瑠は戦ってたじゃねぇか!
人間助けて、俺たちを救って……そんな奴に……!」
永瑠はふっと笑った。
永瑠
「心配してるの? 珍しいわね、アンタ」
蒼真
「う、うるさい!」
ノアがぽんと手を叩いた。
ノア
「安心してください。
永瑠さんの魂は“黒龍の起点”になり得るけれど――
蒼真さんの〈焔生〉があれば……。」
蒼真(心の声)
「……ウィンターが言ってた、“救え”と……」
蒼真は焔生の布包みに触れた。
永瑠はふいにそっぽを向いて言った。
永瑠
「……アンタのせいで、私の運命までややこしくなったわね」
蒼真
「俺のせい!?」
永瑠
「だって……アンタといると……」
永瑠は小さく、しかし聞き逃せない声で言った。
永瑠
「“心が生きてる”みたいになるから」
蒼真は言葉を失った。
ノアは、静かに二人を観測しながら呟く。
ノア
「……永瑠さん。
本当に、変わってきてますね」
永瑠は照れを誤魔化すようにノアを睨む。
永瑠
「うるさいわ、観測魔」
◇◇◇
#3 街の歪みと、黒い“線”
深夜。
永瑠と蒼真、ノアの三人は神楽市の中心部へ出ていた。
街灯が一つ、二つと……
突然ふっと“消える”。
風が止む。
車の音も、人の声も……消えていく。
蒼真は背中に冷汗が流れた。
蒼真
「なんだ……これ……?」
ノアの声が震えている。
ノア
「黒龍の“第一接触”。
世界の情報層が……“削られ始めてる”」
永瑠は前に出て、人差し指を空に向けた。
空の雲の隙間に、
細い――黒い“亀裂”が走っている。
今は細い線。
だが、呼吸のたびに脈動し、わずかに広がっている。
蒼真は喉が詰まった。
蒼真
「……あれが……黒龍の……?」
ノアが頷く。
ノア
「“背骨”……のような、もの、です。
本体は……まだ……こっちに来ていません」
永瑠の横顔が硬い。
永瑠
「黒龍は……理を食べながら降りてくる。
最初に消えるのは“光”。
次に“音”。そして“魂”。」
蒼真
「……来るなら……来いよ。
俺たちが……止める」
永瑠は蒼真を横目で見た。
その視線は……昔と少し違う。
強い何かを、
あるいは願いのようなものを宿している。
ノアが静かに呟いた。
ノア
「……黒龍、降下フェーズへ移行します」
蒼真は刀を握った。
蒼真(心の声)
「絶対……守る……」
永瑠は目を細めて空を見上げた。
黒龍の亀裂が、また一つ……広がった。
神楽市崩壊まで――10時間。




