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第33話:白い朝 ― 王都、目覚め

◇◇◇



#1 夜明けの静寂


薄明の空が、ゆっくりと夜の帳を押し返していく。


世界は淡い青と白のグラデーションに染まり始めていた。


オルド王国の城壁の上には、昨夜の激戦の名残がまだ生々しく残っている。


黒く焦げた跡。


永瑠と吸血鬼の爪が刻んだ深い傷痕。砕け散った白銀の石片。

そして、血と魔物と、燃え尽きた灰の匂い――。


しかし、今はすべてが静かだった。


地獄のような血の雨の夜が、嘘であったかのように。


冷たい朝の空気が、すべての音を吸い込み、ただ静寂だけが響いていた。



◇◇◇



#2 冒険者と騎士たちの賛辞


夜明けと共に、城下の広場に集まり始めたのは、オルドの冒険者たちと騎士団の兵士たちだった。


彼らは一様に、城壁の上に立つ蒼真たち三人を、畏敬の念をもって見つめている。


ギルド長が、誇らしげな笑みを浮かべて、大声で称えた。


レイ

「やったな、英雄!スタンピードは止まった!お前たちが王都を救ったんだ!」


蒼真は、その言葉に思わず「はっ!?」と間の抜けた声を上げた。


広場から、次々と賛辞が投げかけられる。


冒険者A

「よくやった!!凄かったぞ、お前たちの戦い!」


冒険者B

「昨夜の戦い、城壁の下から見てたぞ!お前らは本物の英雄だ!」


騎士

「吸血鬼を……あの数を一晩で……!信じられん!王都の恩人だ!!」


蒼真は、自分に向けられる過剰なまでの称賛に、ただ固まることしかできなかった。


蒼真

「お、恩人って……俺…ただ……」


隣を見ると、永瑠は一切表情を変えず、無言で硬いパンを齧っている。

まるで、昨夜の戦闘が日常の延長であったかのように淡々としている。



◇◇◇



#3 ノアの過剰な優しさ


永瑠がパンを喉に流し込み、淡白な声で言った。


永瑠

「蒼真。食べないの?腹が減っては、次の敵と戦えないわよ」


蒼真

「あ、あぁ……」


蒼真は永瑠からパンを受け取り、齧る。しかし、昨夜の残像が邪魔をして、一切味がしなかった。


ノアの様子が、いつもと違っていた。顔色は悪く、小さな声が震えている。

彼女は、戦い終えた後の自分たちへの配慮を、過剰なほどに示していた。


ノア

「蒼真さん、怪我……痛みますか? 眠れました?無理しないで休んでください」


蒼真

「え、あ、いや……大丈夫だよ。ノアの回復魔法のおかげで、もうほとんど……」


ノアは強く首を横に振った。


ノア

「大丈夫じゃありませんよ。あんなに酷い戦いを、あなたは経験したんですから」


蒼真は、ノアの小さな身体が震えているのを見て、自分の痛みを押し殺そうとした。


蒼真

「……そうか?」


ノアは俯き、握りしめた拳を震わせた。

彼女が本当に心配しているのは、蒼真の肉体的な傷ではない。


ノア

「…あんな戦い、嫌だったでしょう……。殺さなきゃいけないなんて……」


蒼真は言葉を失った。

ノアもまた、初めて「人型の敵」を相手に戦い、光を放ち続けたのだ。


彼女も同じ痛みを抱えていた。



◇◇◇



#4 初めての笑み


永瑠はパンを食べ終え、夜明けの空を見上げながら、淡々と言う。


永瑠

「でも、生きている。あの痛みを味わって、それでも生きて、朝を迎えている。それで十分よ」


永瑠のその言葉は、蒼真への慰めではなく、彼女自身への確認のように聞こえた。


張り詰めていた蒼真の心の奥の何かが、ふっと緩んだ。


不意に――彼の頬に、うっすらと、安堵の笑みが浮かぶ。


蒼真

「ありがとな。二人とも」


その一言。


永瑠の言葉と、ノアの涙。そして、自分自身が夜を越えたという事実。


ノアは蒼真のその笑みを見た途端、堰を切ったように静かに目を潤ませた。


ノア

「……っ、良かった……。本当に、良かったです」


蒼真は困惑した。


蒼真

「え、なんで泣くんだよ。ノアも疲れてるんだから、休めって」


ノアは涙を拭いもせず、蒼真を見つめながら、王女としての気高さを混ぜた言葉を口にした。


ノア

「昨夜を越えたあなたなら、もう大丈夫です。あなたは、守るべきものを知ったから」



◇◇◇



#5 王妃の訪れ


その時、玉座の廊下から、ふわりと優しい香りが漂ってきた。


淡い雪光を纏うリサ・スノウ王妃が、静かに、しかし優雅に歩み寄ってきた。


蒼真は慌てて立ち上がり、頭を下げる。


蒼真

「お、王妃様……!」


リサは微笑み、玉座の間で示したような形式的なものではなく、心からの慈愛をもって、両手で蒼真の手を包んだ。その手は温かく、柔らかだった。


リサ

「ありがとう。貴方の苦渋の決断が、この街を救ってくれました」


その温度は、深い感謝と、母の優しさそのものだった。


蒼真は、その温かさに、胸が震えるのを感じた。

喉が詰まり、何も言葉を返せない。ただ、涙が溢れそうになるのを堪えるように、唇を強く噛んだ。


リサは静かに言葉を重ねた。


リサ

「あなたが守った命は、ここにあります。私たちの子どもたちも、市民も、皆、朝の光を見ています」


蒼真は、とうとう顔をうつむかせ、震える声で絞り出した。


蒼真

「……よかった……」


その声は、安堵と解放の、涙声だった。初めて、昨夜の行為が報われた気がした。



◇◇◇



#6 朝の風


風が吹く。

冷たくて、柔らかい。城壁を駆け上がり、蒼真の顔を撫でていく。


夜明けの光はまだ淡いが、確実に――夜は明けた。


蒼真の心にも、昨夜の血の雨が残した深い影に、一筋の光が差し込んだ。





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