第30話:夜を喰らう牙
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#1 夕暮れ、終わらない地響き
スタンピード第一波の、おびただしい数の魔物の死骸が城壁の下に積み重なり、その上に夕闇が静かに降りてきた。
地獄のような激戦だったが、それはまだ序章に過ぎない。
蒼真は、刀を杖代わりにして息も絶え絶えに座り込み、汗が顎から滴り落ちるのも構わず、空を仰いだ。
蒼真
「……終わった、のか……?」
永瑠は、刀を鞘に収めずに、地平の先を鋭く見据える。
永瑠
「いいえ……まだ続くわ」
地平線の先――まだ黒い波が、静かに蠢いているのが見える。
それは、太陽が沈むのを待っているかのように、密度を増していた。
ノアの顔に緊張が走る。
ノア
「……日没と共に、魔物密度が跳ね上がります。これは観測済みですが……速度が速い」
疲れ切った騎士たちの中から、低いざわめきが広がった。
陽が落ちる。
それは、この世界における最悪の戦況を意味していた。
◇◇◇
#2 永瑠の瞳が変わる
完全に日が落ち、闇がオルド王国の城壁を深い影で包み込んだ瞬間。
永瑠は、静かに、だが深く息をついた。
その瞬間、彼女の瞳が、通常の紅から、血のように濃く、激しい深紅へと輝きを増す。
永瑠
「……来たわね」
蒼真は彼女の異変に気づき、思わず問い返す。
蒼真
「え?」
ノアもまた、空を見上げながら、その状況を静かに宣言した。
ノア
「……夜間戦力、投入です」
遥か遠くから、冷たい夜風に乗って、奇妙な羽音と、身を刺すような寒気が、城壁へと一直線に向かってくる。
兵士が恐怖に顔を引きつらせて叫んだ。
兵士
「な、なんだ……あれは……!」
◇◇◇
#3 夜種、到来
闇の空を切り裂いて飛来したのは、単なる巨大な影ではなかった。
黒く禍々しい翼を持ち、人の形を保ったまま、数十もの影が城壁の上に音もなく降り立つ。
永瑠が、吐き出すようにその種族の名を口にした。
永瑠
「ヴァ…ヴァンパイア……」
全員が人間と同じ……夜風を裂いて静かに着地する。
最前線に立つのは、一際威圧感を放つ男だった。
蒼黒の翼が異様に禍々しい。
吸血種統領は、傲慢な笑みを浮かべた。
吸血種統領
「よぉ……今宵は気持ちの良い夜だな、人間たち……」
指揮を執っていたギルド長が、信じられないものを見るように声を上げる。
レイ
「ヴァンパイア……だとッ!」
蒼真は、その光景に震えた。
蒼真(心の声)
「ひ、人型のモンスター……?……ヴァンパイア……」
夜空の下、異様な静寂に包まれていた。その静寂を破るように、蒼真の目には、その影の姿が次々と捉えられた。
美しい銀髪を持つ者。整った顔立ちをした、人間と見紛うばかりの女。まるで飢えた少年のような痩せた者。
その姿は確かに人間に近かった。
だが――
彼らの瞳だけが、この世のものとは思えないほど異様だった。
暗く、深く、飢えた色。
それは、永遠に満たされることのない渇望を映し出す、獣の眼光。
永瑠
「違う。そいつらは――」
永瑠の低い声が、蒼真の耳元で響いた。
その声は、いつも蒼真に毒づく時の軽口とは違い、凍てつくように冷たかった。




