第19話:地獄の夕食会
◇◇◇
#1 嵐のあとの、カレーの匂い
魔王ルシェルが霧となって消え、凍り付いていた神楽市の空気がようやく動き出した。
蒼真、永瑠、ノアの三人は、絶望的な威圧感に打ちのめされ、しばらく玄関前で立ち尽くしていた。
蒼真
「……帰った、よな? あのお義父さん(仮)」
永瑠
「誰がお義父さんよ……。
でも、磁場の痛みが消えたわ。本当に立ち去ったみたい」
ノア
「蒼真さん、心拍数は落ち着きましたが、胃酸の分泌が過剰です。ストレスですね」
蒼真
「当たり前だろ! 世界の終わりとか言われて胃に穴が開かない高校生がいるかよ!」
その時、玄関の扉が「ガラッ」と開いた。
咲夜(母)
「あら、お友達とのお話は終わったのかしら?
さあ、カレーが冷めちゃうわよ。早く入りなさい」
蒼真
「……母さん、外で何が起きてたか、少しは見えた?」
咲夜
「ええ、なんだか凄く背の高い、モデルさんみたいな人が浮いてたわね。
最近のプロジェクションマッピングは凄いわねぇ」
蒼真
「プロジェクションマッピングで街灯がねじ曲がるかよ!!!」
◇◇◇
#2 食卓 ―― 聖女と吸血鬼と、お母さん
咲夜
「あら、お友達はみんな帰っちゃったのかしら。お母さんチョット作りすぎちゃった?」
雪村家の食卓には、湯気を立てる特大盛りのカレーライス40人前が並んでいた。
蒼真
「……母さん、確認していい?」
咲夜
「なあに?」
蒼真
「うち、いつから自衛隊の炊き出し拠点になった?」
永瑠
「鍋のサイズがおかしいのよ。何そのドラム缶みたいなの」
咲夜
「だって今日は“お客様が多そうな気がした”んだもの」
ノア
「“予感”という曖昧な情報源に基づいて、この物量を用意するのは非合理的です」
咲夜
「ノアちゃん、理屈はいいから座りなさい。はい、エプロン取って」
ノア
「……私も配膳要員に組み込まれています?」
蒼真
「諦めろノア。うちの母さんは概念より強い」
#3 帰還 ―― 雪村(父)の帰宅
その瞬間、玄関から轟音のような声が響き渡った。
「ただいまー! 雪村無限幻夢零式最終奥義様が帰還したぞー!!」
ガチャン。
現れたのは、ボロボロの着流しに巨大な「道場の看板」を背負った男。
蒼真の父、雪村 無限幻夢零式最終奥義(父)その人であった。
咲夜
「あなた、おかえりなさい。ちょうど今から40人前のカレーパーティーを始めるところよ」
雪村無限幻夢零式最終奥義(父)
「40人前? 足りるか? 俺は今、銀河を三つほど喰えるくらい腹が減ってるんだが」
蒼真
「……おい、親父、自分の名前をフルネームで叫びながら帰ってきたのか?」
雪村無限幻夢零式最終奥義(父)
「よう蒼真! ガハハ! 相変わらずツッコミのキレが良いな! ……お、今日は賑やかじゃないか」
永瑠
「……な、なにあれ。人間なの? あの人の周りだけ空間の解像度がバグってるんだけど」
ノア
「……警告。個体名:無限幻夢零式最終奥義。私の観測ログに該当するデータがありません。というか、名前が長すぎて演算エラーが出ました。……蒼真さん、あれは本当に血縁者ですか?」
蒼真
「俺が聞きたいよ! 父さん、その名前、また改名したのか!? 前は『健一』だっただろ!」
無限幻夢零式最終奥義
「ああ、先月な。宇宙の真理をちょっと掴んだ気がしたから、市役所で手続きしてきたぞ。……おや?」
そこで、無限幻夢零式最終奥義の視線がピタリと止まった。
部屋の隅に置かれた、禍々しいオーラを放つ妖刀〈焔生〉。
その瞬間、彼の顔から余裕が消え、戦慄が走った。
無限幻夢零式最終奥義
「そ、それは……! 間違いない、蔵の奥深くに封印してあった、爺さんの形見の……!」
蒼真
(ゴクリ……。やっぱりそうなのか。この刀は、雪村家に代々伝わる選ばれし者の……!)
永瑠
(このおじさんが焦るなんて。相当な因縁がある刀なのね……)
無限幻夢零式最終奥義
「……爺さんの形見の『漬物石』の代わりにしてた、古い刀じゃねーか!!」
蒼真
「漬物石ィィィィィ!?」
#4 妖刀の「衝撃の正体」
無限幻夢零式最終奥義
「いやぁ懐かしいな! 爺さんが昔、駅前の骨董品屋で『一番安くて重そうなやつをくれ』って言って、五千円で買ってきたやつだぞ、それ」
永瑠
「ご、五千円……!? 大型モンスターを何体も倒した強力な武器が、五千円!?」
ノア
「解析。購入価格:5,000円。……非常にコスパの良い終末兵器です」
無限幻夢零式最終奥義
「確か、店主が『これを持つ者は破滅する(かもしれないし、しないかもしれない)』とか言ってたな。でも、うちは代々、これを使って茄子や胡瓜を漬けてきたんだ。重さが絶妙でな。おかげで雪村家の漬物は、魔力……じゃなくて塩味がよく染みるんだよ」
蒼真
「……俺、この刀で世界を救わなきゃいけないんだけど。これ、伝説の武器じゃなくて、ただのキッチングッズだったのかよ!」
咲夜
「あら、そういえば最近、漬物が少し酸っぱくなったと思ってたのよね。封印が解けちゃったせいかしら?」
蒼真
「封印って言うな! 賞味期限の問題だよそれ!」
#5 夕食の喧騒
無限幻夢零式最終奥義
「まあいい。五千円だろうがなんだろうが、蒼真がそれを使うって決めたんなら、それはもうお前の『魂』だ。……さあ、飯だ! 咲夜、このカレーに隠し味で『概念』とか混ぜたか? 凄くいい匂いだ!」
蒼真
「(ガックリと肩を落として)……五千円。魔王の娘が欲しがった刀が、五千円……。俺の苦労も、たぶん五千円くらいの価値なんだろうな……」
永瑠
「……蒼真。元気出しなさいよ。私が、その五千円の刀を……5,010円くらいの価値にまで、鍛えてあげるから……」
蒼真
「十円しか増えてねーよ!!」
魔王の再来という絶望的な夜。
雪村家の食卓は、あまりに安上がりな「伝説」と、40人前のカレーの湯気に包まれ、今日も平和に更けていくのだった。




