温泉化粧水ってよくありますよね
結論から言うと、確かにそれは水だったし、これまでに飲んだ水とは違った。
ただし、味や温度には激しい違いはない。
味に違いがあるようでは、それは果たして同じ水なのかという話になってしまう。
では何が違うのかというと。
吸収。
それが一番正確だろう。
一口飲んだだけで、喉の渇きが消えて、全身に水分が行き渡る感じがした。
なんなら、肌まで潤った気さえする。
「これは、確かに……」
私が渡されたグラスを凝視している間に、クラウス様はもう一方のグラスの水も口に運んでいた。
「うん。やはり違うな。エレオノーラ、今ルカが持っているグラスの水が、水筒の中身だろう?」
振り返り尋ねるクラウス様に、エレオノーラさんがその通りですとうなずいている。
間違いはないらしい。
それにしても、同じ水のままでこんな違いが出るとは思わなかった。
今回の実験としては、成功、なのだろう。
ということでだ。
「では、次は口にしないものにも影響があるのか、調べたいところですね」
そう言う私の手から、クラウス様がグラスを取り去って首をかしげる。
「それなら、私が入浴で効果を感じているということでいいんじゃないのか?」
「いえ、私が何かしなくてもいれば影響があると」
分かっただけなので、もう少しはっきりと影響を確かめてみたい。
と言いたかった言葉を途中で止めたのは、クラウス様がそれがさも当然とばかりに、私から引き取ったグラスを口にしていたからだ。
どうかしたか、と目を向けられたので、これは気にした方が負けなのだろうかと、気にしないことにして元々言いたかったことを口にしておいた。
「だがそうなると、何かあるかな?」
指先でグラスをくるくる回しながらクラウス様が考え込むと、エレオノーラさんが一歩前に出て言った。
「この辺りでは温泉が有名ですから、温泉水を化粧水にと売っている物もあります。それをルカ様に持っていただくか、ハーブなどと合わせてみていただいて使ってみるというのはいかがでしょうか?」
「化粧水か……、誰が」
「僭越ながら、わたくしが」
誰が効果を確かめるのかと、多分クラウス様は言いたかったのだろう。
エレオノーラさんの決断は物凄く早かったわけだけれど。
それは効果を見るにはよさそうだなと、同意することにした。
物は多分、売られているものと同じ物を、使い比べる方がいいだろう。他に何か合わせていいのであれば、もちろんちょっと興味はあるけれどそれはまたの機会でいい。
「それはいいですね。もし効果がよければ、エレオノーラさんに使っていただけるのは、私も嬉しいですし。えっと、効果がよければ、ですけど」
肌につけるものだから、効果が悪いと肌荒れだのなんだので、ちょっとよろしくないことになるわけなのだけれど、それでもいいのだろうかと肩をすくめながらエレオノーラさんを見上げる。
「そんなの、いいに決まっていますわ。ルカ様に服を着せるに相応しいメイドになってみせます」
いや、もう十分ですからと思うのだけれど、エレオノーラさんはやたらと気合を入れて言っている。まあ、本人がやる気なら、いい。のだろうか。
「いいなあ。私も使ってみようかな」
それを見ていたクラウス様が気軽にそんなことを言ったので、私はぽかんと口を開けてしまった。
「私の男前が上げると、ルカも嬉しいだろう?」
さらにかぶせてくるので、私は口を閉じるのも忘れたまま、ゆっくりとうなずく。
そりゃまあ、素敵なおじ様度がアップするのなら、いいけれど。
「でもクラウス様、男前ですよ?」
つい、思っていることが言葉になってしまった。
いや、だって、本当に。
四十前後だろうに緩みのない筋肉、たるみのない肌。手入れされた髪と髭、仕立てのいい服。
十分ではなかろうか。
なので、特別褒めたとか、おもねったとか、おべっかをつかったとか、そういうつもりは全くなかったのだけれど、気が付くとクラウス様が私の隣にやって来ていて、頭を撫でられていた。
「嬉しいね。いつでも私を受け入れてくれていいんだよ、ルカ」
それには曖昧に笑って返しておくけれど。
まあでも、せっかくすぐ近くにクラウス様がいるのだ。先ほどから気にかかっていたことを言うにはよい距離だろう。
そばにいる本人には聞こえないように、背を伸ばして耳元に口を寄せると、クラウス様もかがんでくれた。
「エレオノーラさんが私に言ったこと、怒らないでくださいね?」
そんなことしそうにないけれど、念のため。気になってしまっていたのだから仕方がない。
するとクラウス様は、心得ているとばかりにほほ笑んだ。
「もちろん。最初から、気にはしていないよ。長い付き合いだしね」
その言葉が嬉しかったので、私はそのままクラウス様の方に額を寄せてしばらく座っていた。




