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第六話

 ある日、ダンジョンができた。


 俺は、まだ見ぬ過疎ダンジョンに備えることにした。


『隠密を検証しようと思う。来てくれないか』


『おー、お誘いとは珍しい。オッケー、かくれんぼでもする?』


『そんな感じ。もしかしたら、人が多い方がいいかも』


『いろいろバレてもいいなら、知り合いに声かけるけど』


『どうせなら、他の探索者を巻き込むのもいいだろう。パーッといこう』



 検証を翌日に控え、俺は会社で打ち合わせの議事録を書いていた。


 音声録音からテキスト化、自動議事録作成まで、世の中にはソリューションが溢れている。


 なんでいちいち自分で作らないといけないのか。


 このフォーマット、本当に正しいのか。


 こないだ依頼されたフォーマットは、全然テイストが違ったぞ。


 テキストで保存しているやつもいる。


 とはいえ、無駄っぽくても、なんやかんや人は忘れるものだ。


 いざという時、頼みの綱になることもある。


 イライラしながらブツブツ言って作業していると、結城が外出から戻ってきた。


「お、結城。お疲れ様。どうだった?」


「ああ、なんとか調整できそうだ。更新契約なだけなのにヒヤヒヤしたよ。ワークフロー結構ギリだ」


「まあ、あるあるだな」


 結城も席につき、パチパチとキーボードを叩き始める。


「議事録、お前このフォーマット使ってる?」


 俺は思わず笑ってしまった。


「なんだっていいんだよ。適当で。そうだ、相談があったんだ。

お前、どうすれば人の注目を浴びないようにできると思う?」


「なんだ? 今度の本部の飲み会か?

部長に絡まれたら、めんどくさいもんなー」


「まあな」


「やっぱり、電話がかかってきたふりをして出ていくか、生け贄を用意するか。

こないだはたまたま仕切りのカーテンがかかって、死角に入れて内輪で盛り上がれたよ」


「ポジショニング大事だよな。

自然体で抜けていくのもありだよな」


「後は、毒をもって毒を制す、かな」


「あー、部長とあっちの別の部長をぶつけて、潰し合いを狙うか。


まあ、作戦考えるわ」


 俺は結城の言っていたことを、頭の中で反芻していた。


 どれかが使えそうな気がする。



 週末、俺たちは豊洲ダンジョンに集合した。


 俺は例のごとく、ダンジョンギルドのソファーでふんぞり返っていた。


「ハロー」


 のどかが声をかけてくる。


 軽く手を挙げる。


 女性を一人連れてきていた。


 小柄でメガネをかけた、大人しそうな、場合によってはコミュ障っぽさすら感じるかわいい系女子だ。


 ただ、ふわっとしたセミロングの髪が真っ赤だった。


「こ、こんにちは」


「どーも。梶といいます。梶はじめ。

今日はありがとう。助かるよ」


「は、はい。日野あかりです。よろしくお願いします」


「ダンジョンは長いの?」


「は、はい。最初の頃から潜ってて、見ての通り魔法を使えるから」


「そうなんだ。すごいね。

ちなみに、のどかとはよく潜ってるの?」


「のんちゃんには、結構危ないところを助けてもらったことがあって、それからの付き合い。

もう一年くらいかも」


「アッキーは、あたしが目をかけてるの。

やっぱりダンジョンって言ったらファイヤーボール、そしてティルト○ェイトでしょ」


「ロマンだよなー、爆炎」


「ちょっと、そんなに大爆発させたことないよ。自分も危ないでしょ」


 俺の中で、アッキー改造計画が組み上がっていく。


「梶、目つき怖いから」


「何を言う。お前の悪巧みの方が怖いわ」


 のどかは俺の先々の計画も見込んで、アッキーを巻き込んだに違いない。


 なんせ、かわいいものには目がないのだ。


 しかし、赤い髪は初めてだ。


 属性が出ることがあると、ネットで見た記憶はある。


「俺の連れも、もうすぐ来るはずだ」


 そうこうしていると、百九十近い、でかい、存在しているだけで威圧感のある男が現れた。


 プロレスラーのような体に乗っかる顔は、よく見ると整っていて、それでいて不思議と愛嬌がある。


 こう見えて人当たりはいい。


「こ、ん、にちは。お、で、こん、どう、ゆう。ニンゲン、たべる」


「いや、食わねえだろ」


「か、じ。おまえ、いつもニンゲン食ってる、だろ」


「アホか」


 強烈な出落ちだ。


 こいつはアホなことが欠点だ。


 とはいえ、さすがに営業が長いだけあり、笑いを取るのもうまい。


「すごい個性。異世界っぽい」


「か、梶さんも人を食べるの?」


 アッキーは、のどかに隠れながら聞いてくる。


「こいつも食べないよ。

こいつはこんな見た目だから勘違いされやすいけど、ITソリューションの営業パーソンなんだよ」


「IT?」


「営業?」


「最先端のAIツールを取り扱ってる。ゆう、やり直せ」


「ハハッ、近藤ゆうです。ゆうは優しいの優。

だいたい出落ちでかまして、そこからのギャップで攻めるタイプなんです」


「えっ」


「まあ、ある意味バカってこと。

営業やりすぎてると、ちょっと色々コントロールが効かなくなるというか、特徴出していかないとだから」


「ハハ、そうそう。お手柔らかに。

梶さん、こんな美人ばかりって聞いてないっすよ」


「ふふ、わたしは春風のどか。よろしくね」


「日野あかりです。よ、よろしくね。食べないでね?」


「ハハ、よろしくね」


 ゆうは俺の方を向き、小声で言った。


「食べてオッケーってことっすかね?

めちゃくちゃかわいいんだけど」


「アホか。どうでもいいわ」


 俺はパーンと手を鳴らす。


「さて、挨拶は終わりだ。さっそく今日のミッションを説明する」


 ブリーフィングタイムだ。


「アッキーがどう聞いているか知らないが、俺とのどかは検証を通じて、ダンジョンの謎を究明している、ある意味ビジネスパートナーだ。


今日は『隠密』といった、モンスターなどから見つかりにくくなるようなスキルを身につけたいと思っている。


また、ダンジョンはレベル制やステータスが見えるタイプではなく、スキル制のようだということは知っていると思う。


そしてそのスキルが、行動の累積で伸びるということも周知の事実だ」


「梶さん、待ってください。

そうだろうと言われていますが、まだ可能性の段階という認識です」


「も、もうアッキーとか呼ばれてるんだけど」


「梶はこんな感じで結構俺様なの。それでどっか抜けてるし。

その上バカだし、ショタコンだし変態なんだ」


「なんつう紹介だ。変態はお前だろ。

さて、いいか。俺とのどかの間では、可能性ではなく事実だ。しかもバグっている。


むずいかもしれんが、今日のことはできるだけ黙ってろよ」


「のんちゃんがヤバすぎるのは、それが理由?」


「梶さんが人間じゃないのは、それが理由ですか?

俺より力がある探索者、梶さん以外見たことなかったし・・・。

てっきり、魔王スキルとかユニークで持ってると思ってた。てか、まだ思ってる。


やっぱりニンゲン、食べる?」


「食うか」


 グダグダと言い合いながら、のどかと野球を楽しんだダンジョンの検証エリアへ向かう。


「豊洲は詳しくないっすけど、モンスターあまりいないっすね」


「しかし、ゆうくん良い体してるねー」


 のどかは歩きながら、ずっとパチパチとゆうの背中や腹を叩いている。


 でかいやつ特有のよくあることなのか、ゆうも慣れたもので、特に何か言うことはない。


 むしろ嬉しそうだ。


「アッキーも叩いてみなよ。すげえぜ」


「恥ずかしいよ。のんちゃんもやめなよ。恋が芽生えちゃう」


 思わず俺も乗ってしまう。


「恋スキルか。ロマンチックだな」


 のどかは、ゆうたちから見えない角度でニヤリと笑っている。


 つい俺も目を合わせてしまう。


「なんかお二人は、以心伝心って感じですね。ツーカーっていうか」


「もう、付き合っちゃいなよ」


 俺も反対側へ回り、ツンツンやり出す。


「つつきあいじゃないって」


 到着する頃には、俺とのどかはエスカレートして、ゆうの体や腕へまさにつつきあいをしていた。


「ちょ、ちょっと待ってください」


「なんだ?」


 のどかはむしろ真剣に続けている。


「なんかこう、衝撃が弱まっているというか、まさか」


 のどかは最後にパーンと叩いた。


「はい、終わり。だいたい五千回くらいかなー」


「まあ、そのあたりが基準なのか」


「どういうことですか?」


「そーゆうこと。さっきの話だ」


「る、累積!!」


 カッキーが先に気がついたようだ。


「そう。カッキーの言う通り。


ただ、言葉にはするな。バグならバグのままにしておきたい。これからのこともそう。質問は外で頼む」


「アッキーね。ふふ、楽しみにしといてね」


「ハハ、ハ・・・。今までの努力は・・・。


前に一緒した時、教えてくれたらよかったのに」


「前回俺は言ったぜ。そのでかい剣じゃなくて、小さい剣をたくさん振りなって」


 検証場所にたどり着いたので、俺はバッグから検証用のグッズを取り出す。


「か、傘、なの?」


「そう。隠密の定義ってなんだと思う? ユッキー?」


「お、俺のことっすか?ええと、敵に見つかりにくい、かな」


「カッキーナ?」


「アッキーね」


「け、結構適当なのね。えっと、音がしない、とか、匂いがしない、かな。

それだと、デオドラントスプレーとかで消すのかな」


「ス、スプレー!ヤバい、想定してなかった」


 俺は思わず声を上げた。


 メモしておこう。


「液体の粒を吹きかけるんだしね。ヤバすぎるわ。アッキー最高」


 アッキーとユッキーは戸惑っているようだ。


「あんまり詳しくは言わないが、たくさん当たるってことが大事なんだ。もう一個注意点がある。


きちんと攻撃するという意思、目的意識を忘れるな。

それ自体の有無による影響は検証していないが、おそらく影響する」


「んで、この傘は?」


 俺は傘を開き、三人から身を隠す。


 傘を避けて身を現し、また隠す。


 それを繰り返した。


 できるだけ音を立てずに繰り返す。


 最初はポカンとしていた三人も、途中から真剣に俺を見出した。


 おそらく、俺を感じにくくなってきているはずだ。


「ば、ばかな・・・」


 ユッキーが囁く。


 静かな、そして馬鹿馬鹿しい時間が過ぎる。


 途中からのどかが座り始め、二人も座る。


「ちゃんと見ろよ」


「笑い殺す気ですか。さっきからたまに変顔混じってるじゃないっすか」


「ぷっ、ほんとだ」


「これ、きついっすね」


「安心して。みんなやるから」


「!」


 二十分はたっていない頃だろうか。


 俺はなんとなく来た気がして、傘を放り投げた。


 三人の目線が傘を追う。


「え、いない!」


 まずユッキーが異常に気付く。


「え? え?」


 アッキーもキョロキョロしだした。


 のどかは俺の性格をよく知っているのか、元の場所を凝視していた。


「梶、動いてないとか?」


「いや、ここだ」


 俺はのどかの真後ろに立って言った。


 のどかはカッコつけたことが恥ずかしかったのか、無言で俺の頭をはたいた。


 ちょっと頬が赤い。


「いたた。グーで殴るな、グーで」


「ちょ、ちょっと待ってください。


いつの間にっていうか、さっきの傘飛ばした時なんでしょうが、全然気が付かなかったっすよ」


「これがハンドパワーです」


「違うでしょ」


「な、なんか思ってたのと違う。

わたしたち、ダンジョンで命を懸けて戦ってきた。

それはしんどいからこそ価値があると思ってた」


「同感」


 実際は、たまにモンスターが近寄ってくることはあった。


 だが、のどかが遠くに見えた段階で瞬殺していた。


 豊洲ダンジョンには、魚ならぬ牛タイプのモンスターがいる。


「さて、同じことを代わりばんこでやっても二時間くらいかかるので、ここで時短したい」


 またカバンをゴソゴソしだす。


 俺はホームセンターで購入してきたグッズを出す。


 アッキーが気がつく。


「え? ブラインドですか?」


「そうだ。最初はカーテンで隠れるのもいいかと思ったが、それだと効率がさっきの傘と変わらない。


それなら隙間がある方が早そうだな、と」


「どう使うといいかしら」


「ハハ、どうって、ブラインドだから、開けたり閉じたりして、合間に変顔とかしたらいいんじゃないかな?」


「梶さん!


もしかして、開いたまま横に立てたらいいんじゃないでしょうか?」


 アッキーが嬉しそうに言う。


「なるほどな。いいね。アッキー、さっきからすげえ冴えてるよ。もう、うちの子になりな」


「なんやかんや、あんたもかわいい子好きだもんね」


「えっ、えっと」


「ちょうどでかいやつがいるから、いい感じに支えてもらおう」


「ハハ、これ梶さんが俺を誘った理由だったりして」


 俺はあえて答えず、本来は吊るすところを横にして立てた。


 大きな岩にロープで片方を引っかけ、片方は大きな男に持ってもらう。


「まずはのどかが、ブラインドの向こうを行ったり来たりしてくれ。俺とアッキーが見てる」


「りょうかい」


 ブラインドの向こうを、ヒラヒラとのどかが行ったり来たりを繰り返す。


「スリットが二十くらいあるね。二百五十回行ったり来たりでいいのかな」


「いや、二人で見てるから百二十五回かな」


「こ、効率的ね」


 と、のどかが立ち止まり、首を傾げた。


「あっ!」


 のどかが声を上げ、俺の後ろを指差した。


 つい振り返ると、そこには何もない。


 前を見ると、案の定のどかはいない。


「うーん、俺はなんとなく隠密って、視線を逸らすのがセットと思ったけど、ほんとにそうだな」


「全然わかんないよー」


「ユッキーは?」


「え、のどかさん、そこにいますよ」


 ブラインドの方を見る。


「お前は釣られなかったんだな」


「普通にずっと見えてましたし」


 その時、スパーンと俺は後頭部をはたかれた。


「ナイス、ユッキー」


 ユッキーはのどかにガッツポーズを返す。


「イタタ、お前マジで気をつけろよ。

一般人なんてあっという間に圧殺しちまうからな。


ちなみにユッキー。最後に恐怖のスキル祭りを行うからな。覚悟しとけよ」


 今度は俺がブラインドを持つ。


 アッキーが行ったり来たりを始める。


「おい、アッキー。疑うな。


視線を避ける、隠れる気持ちを忘れるなよ」


「はい」


 のどかに比べると、ややのそのそしている印象はある。


 それでも一般人よりは軽やかにステップを踏む。


 歩いたり跳んだりと、工夫もしようとしている。


 とても素質がありそうだ。


 俺たちのスタンスの探索に、だが。


 どんな隠密を見せるのか、期待している。


 やがて立ち止まり、アッキーはゆっくりとブラインドを閉じていく。


 アッキーの姿は、もちろん俺からは見えている。


 どうやらアッキーは、さっきまでの他への視線誘導による隠密ではなく、そっと隠れる方法にしたようだ。


 その場でアッキーは伏せた。


 俺には見えているが、他の二人にはわからないだろう。


 アッキーの前を横切る形にはなるが、俺はそっとブラインドを手繰っていった。


 のどかとユッキーは、目線をさまよわせている。


「おお、わからない」


 俺はあえて視界の端に捉え、目線はずらす。


 ぼんやりと捉えている気配が、少しずつ動いているのがわかる。


 おそらく、どれくらい動くと見つかるかを試している。


 中腰になり、ゆっくり動いている。


「あっ、アッキー発見」


「ほんとだ」


 二人との中間くらいまで近寄ったあたりで発見された。


 アッキーは俺と目を合わせる。


「た、多分ね。動きよりも距離の方が重要みたい」


「そうなんだ。なるほどなー。目の付け所がいいね。


さて、最後はお前だ」


「わかった。でも、こんなでっかい俺でも隠密発動するんすかね」


「おいおい、ポイントは信じるってことだ」


「よし!」


 俺はまたブラインドを広げ、スリットを開ける。


 ユッキーは体格に似合わず、身軽なステップで行き来する。


 意外に足音も少ない。


 俺もあえて、ブラインド越しのユッキーと反対側へ立ち、ブラインド越しのユッキーを見つめる。


 効果三倍だ。


 自分への信頼の気持ちも大事だ。


 すると、なんとなくユッキーがぼんやりしてきた。


 程なくして、ユッキーはゆっくりと立ち止まった。


「身についたみたいです」


 釈然としていない。


 まさに狐につままれたような表情をしている。


「確かにすごいんですが、本当にいいんでしょうか」


「残念ながら、いいとか悪いとかの話じゃないんだ。

常識に囚われすぎてるんだよ、みんな」


「ユッキーはいい奴なんだね」


「そうなんだよ。こいつはいい奴で、かわいい奴なんだ」


「あんたほんと守備範囲広いのね」


「アホか。俺はあすか一筋だ」


 ギャーギャーやりながら、さっとブルーシートを敷き、BB弾を取り出した。


「宴の始まりだ」



今回のリザルト


 梶、のどか

「隠密? 隠形?」

「気配察知」


 アッキーアンドユッキー

「隠密? 隠形?」

「気配察知」

「見切り」

「物理耐性」

「打撃強化」

「投擲」


 最終的にはBB弾のぶつけ合いで変なテンションになった俺たちは、そのままカラオケに突入し、オールしたのは言うまでもない。


 そして後日、でかい男がなぜか大剣を背負いながらも、ショートソードをドラムスティックのように振って歩いている姿が目撃されたのも、言うまでもない。

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