ダンジョンの異変
ある日ダンジョンができた。
このダンジョンにいるモンスターを倒すと、魔石というエネルギーの素となる素材がとれた。
世界には同時に数千のダンジョンができたため、各国でそれを管理する機関ができ、日本では地下資源開発機構という組織が組成された。
各国の調査により、さまざまなダンジョンという現象が研究、開拓されていった。
また、このダンジョンでは、いわゆるステータスは見えないが、モンスターを倒すことで力などが強くなること、何らかの理由でスキルを手に入れることができることがわかっている。
そんなダンジョンを通じて超人となっていく探索者も出てきており、有名な探索者も現れてきた。
ある者は操る魔法から、雷光の聖女、爆炎の乙女などと呼ばれたり、戦闘スタイルから、城壁と呼ばれるような探索者もいる。
そんな有名探索者の一人、もはや追随を許さない圧倒的な戦闘力や実績を有して、世界的にも『インクレディブルスター』と呼ばれた探索者がいる。
戦闘力はもちろん、攻略したダンジョンも複数ある。納品した魔石の数も世界一と、実績には事欠かない。
育成にも定評があり、日本の地下資源開発機構の主戦力は彼の指導のもと、世界有数の戦闘力を持つに至っている。
「そのインクレディブルスターが何の用だ」
発言した白衣の女性は、いくらか化粧も崩れており、うっすらと隈も見えるが、相当な美女だ。長いウェービーな髪をかき上げながら、めんどくさそうに尋ねる。
ここは地下資源開発機構の研究局にある会議室だ。
「教授、ついにスキル減衰の方法を発見したぞ」
対面に座っている男が嬉しそうに話しかけた。
スーツ姿で、見るからに営業職といった整った服装をしている。少し体育会系を経験しているような、ややがっしりとした体型だが、中肉中背の範囲だろう。
やや眼差しには酷薄な印象はあるが、整った顔でにこやかに話しかけており、全体的には柔和な印象を与える。
「わたしはただの研究者だと言ってるだろ」
美女が口を尖らせる。
教授と言われた女性の横に、メガネをかけた、こちらも白衣を着た研究者然としている男性がいる。
「氷室さん、その点はもう諦めましょう。それで梶さん、スキルの減衰っていうのに興味があります。どうやったんですか?」
「ありがとうございます。教授は相変わらずですね。ちゃんと寝るように鈴木さんからも言ってあげてください」
「ほっとけ。これでもちゃんと寝てるんだ」
氷室が梶に反論する。
この二人のこんな感じのやり取りは慣れっこなようで、鈴木からの眼差しは優しげだ。
「まあいい。で、どうやったんだ?」
「割とわかりやすいやり方だったぞ。アッキーが発見したんだが、ドライヤーの風で減衰した」
「は? ドライヤー? この間の検査は何だったんだ・・・」
氷室は黙り込み、何かを考え始めた。
「そのあたりは梶さんも検証したんですか?」
「もちろん。結果的に扇風機や空気清浄機でも効果がありました。どうやら我々は、体にかかっている見えない粉を使ってスキルを発しているようですよ」
「こ、粉・・・」
鈴木は衝撃を受けたように、言葉を失っている。
「・・・つまり我々は知らず知らずに、スキルの元となる粉をまとっているのか。これは見えない」
「しかも風で飛ぶっていうね。軽い物質だ」
「わたしのスキルなど、頭の内側のスキルはどうやって?」
「おそらく肺からだろう。たくさん吸い込んでいるはずだ。だから、出力される魔法などはこの方法で減衰効果はある。電撃は防げそうだな」
頭を抱えた鈴木が言う。
「これ、どうするんですか? もう発表しましたか?」
「いや、お任せしますよ。まだ三人しか被験者はいませんでしたからね」
「こ、こんなヤバそうな案件をさらっと言うな! ますます寝られんだろうが」
「やっぱり寝てないんじゃん。強がっちゃって。相変わらず教授は可愛いんだから」
「ぐっ、この!! いつも一言多いんだ、お前は」
少し顔を赤らめつつ、目線で人を殺せればと言わんばかりに睨みつける。本人は殺気立っているようだが、はたから見ると、恥ずかしがっているようにしか見えない。
「教授、この検証を任せたい。俺は引き続きダンジョンへ挑んでくるから」
「・・・わかった。また何かあったら教えろよ」
何やかんや、このやり取りは嫌じゃないようだ。
「ああ。そういえばこの近所に新しい定食屋ができててさ! うまそうだから今度行こうぜ」
「そーゆうのはいいんだよ!」
氷室は手でしっしっとやっている。
「梶さん。うちの機構の女性は、マンツーマンで梶さんとは会えないんです。通達が出ていて。今度三人で行きましょう」
「まだその通達生きてるのか。さっきの発見とトレードオフにならん?」
「「ならん!」」
◆
梶はホームとしている練馬ダンジョンに来ていた。
ワイシャツ姿で、いかついガントレットだけを装着している。ダンジョン探索には向かなそうだが、梶は何食わぬ顔で奥へ進んでいく。
現れてきた大アリを一撃で倒す。貫手で魔石を抜き出すと、アリは光の渦をまとい消えていく。
「この渦にも粉はあるのか? うーん、見えんな・・・」
梶はストレスを発散するようにアリの群れに襲いかかる。おそらくアリ側は視認できていないようで、反撃する個体もいない。
世界一と目される実力はまさに異常だ。
練馬ダンジョンの大アリは、その数の暴力から最も危険なダンジョンと言われている。梶はものともせずに奥へと突き進む。
ダンジョンは一度攻略すると消えてしまう。
そして何らかのトリガーで、また復活することは検証されていた。
この練馬ダンジョンは、一度攻略され、復活した数少ないダンジョンだ。現時点では、日本ではこの練馬と巣鴨の二か所だけだ。
「しまった。結構奥まで来たな。結構深いな」
梶は以前、この練馬ダンジョンの主の間へ、無理やり引きずり出されたことがあった。
脱出できないように拘束され、最下層まで突き落とされたのだ。
その時、梶のユニークスキル――厳密には全員のスキルは公開されていないが、梶は公開している――の直感スキルが囁く。もう遅い、と。
「え?」
梶の体が見えない力に拘束される。
これの仕組みを解明したいのだが、できていない。抵抗はできないのだろうか。全力で動く。
わずかには動くが、脱出まではできない。
足元が崩れだす。
「またかーっ!!」
前回同様、落ちていく。
前回は同行者が二名いたため、何とか守ろうと四苦八苦したが、今度は自分だけだ。流れていく景色を冷静に眺め、着陸態勢だけに気をつける。
もう落下で傷つく可能性はないのだ。
やがて轟音と共に最下層に到達する。もちろん靴は全損だ。スーツのズボンもシャツもボロボロだ。
「なんだってんだよ!」
梶は怒りと共に、主の間を見る。
前回は巨大なアリがそこにいた。大アリよりは一回り大きいが、以前戦った主より小さい。
しかし、そこにいるのはアリとは似ても似つかない、蜘蛛のような多足のスタイルで、足は金属のような光沢がある化け物だった。
足の先は鋭角で、装甲車も容易く貫けそうだ。目は複眼もあるのか十個ほどある。顎も鋭く、油断すれば噛み砕かれそうだ。
「なんだ? お前は主なのか?」
思わず問いかけてしまう。
以前主の間を訪れた時、イエンというベトナム人の、いわゆるシャーマンが仲間におり、ダンジョンの主との交信に成功した。
コミュニケーションとはいかないが、意識の交感のようなことができたのだ。
そう、主はまるで知的生命体のようだったのだ。
しかし今回、相手からは殺意を感じている。
何かしらの危険度を感じているのか、すぐには襲ってこない。
梶の直感は、何かしらの対話ができる相手ではないと告げた。
「お前がダンジョンの向こうの本当の化け物なのか?」
反応はない。梶はスマートフォンのビデオを起動させる。
胸ポケットのカメラを外へ向ける。
次の瞬間、その金属蜘蛛の化け物が俺に襲いかかる。速度はそれほどではないが、動き出しを捉えられなかった。
「ヤバっ」
鋭い前足が上から串刺しにしようと襲いかかる。
敵の強度がわからない。体に突き刺さる前に受け止める。
力はそれほどではない。以前戦ったゴーレムの主程度かもしれないと、梶は考えつつ、力比べをしながら感触を試す。
三本目の足が横から襲いかかる。
気合いを入れて体でそのまま受け止める。
金属同士がぶつかったような大きな甲高い轟音が鳴る。何回も叩きつけられる。
「ぐぅ、なかなか強烈だ。普通の探索者では危険だな・・・」
梶の腕に化け物の顎が迫り、噛み砕きにかかった。梶のガントレットがひしゃげ、ちぎり取られる。
それでも無事な梶を見て、化け物は口から弾丸のように体液を飛ばしてくる。
「それは嫌!」
化け物の腕を離し、避ける。
体液のかかった地面から溶けるような音がする。
梶はまた前足を掲げ襲いかかってくる化け物を見据え、身をかわすと、足を掴み捻り上げる。
金属音がしつつ、化け物の足がちぎり取れた。
ガシャガシャと化け物の口元が鳴る。痛みは感じるようだ。
「なるほど」
とりあえず、その足は収納する。
「そろそろいいか」
梶はつぶやくと、ゆっくり化け物に近付き殴りつける。化け物はふらつき、しゃがみ込んだ。
もう一歩近寄ると、最後の足掻きか、噛みついてくる。梶は首を傾げ、再び殴りつける。
「案外しぶといな。今までのモンスターとは違う。これは生き物だ・・・」
もう化け物は動かなかった。
いつもの主を倒した後のエネルギーは感じない。
誰かが拍手をしながら現れるのを待つも、何も起こらない。
次の瞬間、ダンジョンの崩壊が始まり、足元からの突き上げを感じる。慌てて化け物の死骸を捕まえて待つ。
勢いよくダンジョンの崩壊と共に外へ放り出される。
気がつけば空中にいて、放物線を描きながら、そのままダンジョンセンターの二階の屋根を化け物の死骸と共に突き破る。
爆発音が響き渡る。
「ええ! 何? 何?」
下から上がってきたダンジョンセンター責任者の三枝かおりが、もうもうと立ち込める粉塵をかき分け、顔を出す。
「なに? どうしたの? え? モンスター!! キャー!!」
三枝が悲鳴をあげる。
「かおりちゃん、すまん・・・」
「あ、か、梶さん、モンスターが!」
「嘘みたいだろ? 死んでるんだぜ」
半泣きの三枝が目を三角にする。
「ふざけんな!」




