第四十一話
ある日ダンジョンができた。
ダンジョンの謎はとりあえず放っておくことにした。
そして秘匿していたスキルも解放した。
いつもなら仕事に集中といきたいところだったが、やはり雰囲気的にも定時上がりだ。
今日は目的があるわけではなかったが、快適な豊洲ダンジョンセンターへ暇つぶしに向かっていた。
受付に顔だけ出す。
「こんにちは。軽く潜ってきますね」
「あっ! すいません、梶さん。少しお時間よろしいですか?」
珍しく若手の受付嬢だ。
基本はお姉さん方が担当だが、何かあったのか。
「はい。どうしました?」
「実は、今日デビュー希望の方がいるんですが、一人で入るって聞かなくて。その上、装備もきちんとしてないんです・・・」
受付嬢は話しながら、俺のスタイルを見て口をつぐむ。
俺は普通にスーツを着ているからな。ネクタイは外している。
「えーっと、世界の梶さんに説得されたら、ちゃんとするかな、と。で、でも、その格好で潜るんですよね・・・。わたしの説得プランが」
受付嬢は少し取り乱してしまった。
まるでベテラン探索者を捕まえて説得してもらおうとしたが、まさかの一番ひどい人に当たってしまったかのようだった。
「その新人さんはどこかで待ってるんですか?」
「はい、会議室で待ってもらってます。信頼できるベテランの方をアテンドする約束で、一人で行くのはなんとか思いとどまってもらったんです」
「なるほど。いいでしょう。世のため、人のため、一肌脱ぎましょう」
受付嬢は何とも言えない顔をしている。
頼むべき相手としては最上だが、新人との食い合わせは最悪なのではないか、と。
「跳ねっ返りには慣れてますよ。ダンジョンの怖さとは何ぞやを仕込んでやりますよ」
受付嬢が小声でぶつぶつ言い出した。
「梶さんは世界一だから、お任せしよう。大丈夫。私の判断は正しい。なんでこんな時に限って先輩がいないの・・・」
「きみきみ、頼んどいて急に不安になるの、なんでなの」
つい、おじさんみたいな聞き方をしてしまった。
「よく考えたら、新人の方は女性なんで、梶さんは最悪かもと、ふと思い当たりまして」
「へ?」
「春風のどかさんから、梶さんは女の敵なので気をつけるように通達が」
「すぐ取り消しなさい」
「でも、さらに変態でサイコだって、先日情報がアップデートされたばかりで」
「き、きみ、それはどのあたりまで広がってるのかな」
おじさんキャラが崩せない。
「あ、機構の女性全員と、男性でも統括くらいまでです」
「なんつー通達やねん」
「あ、梶さん、すいません。これ、梶さんが知ってることになると、私クビ間違いなしです」
「その上、人質まで」
「あ、私、内藤ゆりな、独身です」
「こら、自己紹介するな。身動き取れんくなるやろ!」
「バレたら責任取ってくれるんですよね?」
「アホ! そんときゃ機構ごと更地にしたるわ」
「そんな! やっぱりひどい人!」
「・・・どっから対応マニュアル?」
「いえいえ、マニュアルなんて、そんな」
「・・・」
「というわけで、色んな意味で慎重にお願いします」
「ほんとは何かを俺に依頼するマニュアル、あるんじゃねぇの?」
ゆりなはにっこり微笑んだ。
◆
別室に連れて行かれると、そこには一人の女子高生がいた。
茶髪の巻き髪を高めの位置で後ろに結んでいる。
目元はぱっちりメイク。
ありていに言えばギャルだ。
足元はローファーではなく、幸いスニーカーだ。
ソックスは短い。スカート丈も短い。
学校帰りそのままだ。
何やら携帯へメッセージを打ち込んでいる。
俺は受付嬢を振り返った。
「呼ぶべきは生活指導の先生なんじゃねぇの?」
「彼女は十八歳で、通っている高校はダンジョン探索を禁止していません。すでに学校に問い合わせ済みです」
あらら。話を聞くしかないか。
「宇賀神うららさんです。宇賀神さん。探索者の方をお呼びしました」
うららは弾かれたようにこちらを見て、少し肩を落としたような仕草をする。
「内藤ちゃん、イケメンのプロ探索者に頼むって言ってたじゃん。話が違くない? ただのおじさんじゃん」
見るからにスーツ姿の俺にガッカリしたようだ。
スーツ姿の人はただのおじさんに見えてしまうのが、女子高生らしい。
スーツしか見ていないはずだ。目は悪いようだ。
「宇賀神さん! おじさんじゃないです。よく見てください。ギリお兄さんでしょ?」
「オイ、内藤」
「うーん、そうなのかな? でもスーツ着てるよ?」
「この人はちょっといろいろおかしいんです。でも超絶おかしいスーパーベテランです」
「その紹介だと、すごいおかしい人にならんか?」
失礼な受付嬢だ。
「おじさん、あのさ」
「おじさんじゃありません。梶さんです」
内藤がカットインする。冷や汗がたらりと垂れている。
俺の眼光に気が付いたようだ。
俺は内藤を睨んでいるだけで、失礼な若者のことはこの際大目に見ている。
「初めまして。探索者の梶です。続きをどうぞ」
「おじ・・・か、梶さん、あのさ。ウチ急に稼がないといけなくなったんだ。だけど、ちょっとダンジョン入ろうとしたら内藤さんに止められちゃって。クラスの男子とかは余裕で入ってるって言うから、ウチもいけるかなって」
「それは家族に相談しているのか?」
「ママには言ったけど、クラスの友達と行くから大丈夫って説得したんだ」
「クラスの友達は?」
「さっきから連絡ない。チャットも未読。バックレた」
俺は言い返そうとしたが、直感がささやき、思い留まった。
「うららだったか? お前、そんな軽めに言ってるけど、実は無茶苦茶深刻だろ。事情を話せ」
「うん。今月のお小遣い使い切ってさ、明日ギガ買わないと携帯止まっちゃう。超ヤバい」
「低速で頑張りなさい。あとはどっかの店のWi-Fiとか」
なんだ? たいしたことないのか?
でも直感がビービーきてるぞ。
うららの表情には悲愴感はない。
だが何故か真剣そのものだ。
「他は?」
「他? えっと、お母さん入院しちゃってるから、学費も稼ぎたいな、と」
「他は?」
「妹の塾の支払いとか、受験とかあるし」
「お前は?」
「え?」
「お前の気持ちだ」
「ウチは・・・」
さっきまでツンとしていたが、顔をくしゃっとして、詰まりながらも話し出した。
「ウチはバイトも続かないし、大学も行きたい。でも生活ギリギリだから、すぐにでも働かなきゃって。ママがこの間、電話で誰かと話してるの聞いて、どうすればいいかわからなくって。ママ倒れたの初めてじゃないし・・・」
「なるほどな」
まあ、落ち着いて考えると普通のことだな。
だけど学生からしたら、ファンタジーだもんな。
「うらら、お前、ダンジョンで稼げればいいのであって、探索者になりたいわけじゃないんだな?」
「え? う、うん。春風さんとか橘兄妹とかかっこいいから、憧れるけど。別に単なるファンなだけだし。最近バズってるせりかちゃんも可愛いから好きなだけだし」
「ん? せりかって、バズってるの?」
「せりかちゃんは、動画の歌を聴くだけで病気が治るって評判なの。ママにも聞いてもらってるんだ」
「・・・」
自重してくれよ、頼むから。
まあいい。こいつをどうしたものか。
俺はうらら改造計画を考えていた。
とはいえ俺だけで連れて行くのは、ちょっと問題だろう。
「オイ内藤。俺一人で連れて行くのは、いくらなんでもアレだろ。女子高生だぞ。風評被害で社会的に俺死んじゃうだろ」
「あ、やっぱりですか? うーん、どうしましょう」
「誰か適当なカカシでもいないのか」
「え! で、デクですか? バイオレンスですね」
「なんじゃそりゃ。なんでもいいからあと一人は確保したい。ちょっと待ってろ」
今日この時間から行けるフリーの探索者なんかいるのだろうか。
先日の件があり、パーティーメンバーには声をかけにくい。
俺はロビーに取って返し、隅の方をじーっと見る。
なんだ、いるじゃないか。
「おい、仕事だぞ」
そのまま見つめているとスキルを解き、都市迷彩を着た男が現れた。
ロビーに他の客はいなかったので、出てきたのだろう。
見たことのある大男、東条だった。
「げ、東条さんじゃんか。もっと下っ端にしてくれよ。本気すぎんか?」
「・・・危険物の自覚はあるんだな。今日は単独でダンジョンに向かっていると通報があったんで、俺が来た。よからぬことを企んでいるに違いない、と」
俺の中の煽り魂に火がついたが、ここは堪え時だ。
「お前も知ってるかもしれんが、機構では俺には適当な女子を仕掛けとくと、思い通りに事が運ぶと通達されているらしいぞ。まあ、俺もそう思うわ」
「なんで話しかけてきた?」
「実は助けてほしいんだ。さすがの俺でも、風評被害からは逃げきれん。社会的正義側の力が必要だ」
「奥の女子高生の話か? あんまり表沙汰になるのは俺もよくないんだが」
「まあ聞いてくれよ」
女子高生側の事情をちょっと悲劇度を上げて説明する。
「ギャルっぽいけどいい子なんだ。力を借りれんか?」
いい子かどうか全く知らんが。
「・・・確認する」
東条は一度外へ出て行った。
別に東条じゃなくても、その辺を通りかかる知らない人でも別にいいが・・・。
東条と入れ替わるように、危険な思想を振り撒く魔石グッズ販売会社の極東高分子研究所、東かなたが入ってきた。
「あれ? 梶様、どうしたんですか?」
「いやいや、俺は探索者だから、ここにいてもおかしくないだろ」
「でも爆炎様から、コソコソ逃げ回ってるって聞きましたよ。あの方、普段ほんわかしてるのに、梶様に対しては悪態すごいんですよね。なんかしたんですか?」
「いや、なんかしてんのはお前だろ。まあいい。かなた、お前ダンジョン入れたっけ?」
「え? 入れますけど、秒で死にますよ? わたし生粋の生産職ですから」
「ああ、カカシでも構わんのだ。お前このあと時間あるか?」
「はい、キーホルダーの納品だけなんで、すぐ終わります」
よし、一名確保だ。
あと東条がいれば、体裁は整うだろう。
程なく東条が戻ってきた。
「もともとが機構からの依頼なのであれば、手助けは業務範囲内との判断だ。手伝おう」
「やった! ありがとう。助かるよ」
「お、おう」
あまりに俺が素直に喜んだため、逆に東条は敵愾心が挫かれているようだ。
「さっそくだ。こっちに来てくれ」
かなたを残し、東条を連れて部屋に戻る。
「うらら、こちらのおじさんも手伝ってくれるそうだ」
「うわー、お兄さん、大きい! 装備もおしゃれでかっこいい!」
あれ? なんかすごい反応がいいぞ。
俺、梶さんだぞ?
横目で内藤を見ると、目を見張っている。
「と、特戦隊、東条さん! すごい」
いや、こいつ、俺のストーカーなんだけど、と思ったが、発言は堪える。
「・・・内藤、もう一人女子を捕まえた。社会的には大丈夫だろう。そいつは紙装甲らしいが。ああそうか、そもそも事務所に用があるらしいから、そっちに行ってくれんか?」
「えぇ〜、また東条さんと写真撮ってもらいたいんですけど・・・行きます」
俺の睨みに、さすがに耐えられなかったようで、すごすご事務所へ戻って行く。
「わたし宇賀神うららです。うららちゃんって呼んでください」
嬉しそうに東条に絡み、そのゴツい体をぺたぺた触っている。
一緒に写真も撮っている。
全然羨ましくなんかない。
しかも東条とはたいして歳も変わらん気もする。
やはりスーツしか見ていないんだろうか。
ノックの後、内藤がかなたを連れて戻ってきた。
「お待たせしましたー。梶さん、東さんをお連れしましたよ」
「ありがとう。これでパーティーは四名だ。充分だろ。風評被害もあるまい」
「ありがとうございます。宇賀神さん、東条さん達が手伝ってくれるとのことです。よく話を聞いて、頑張ってください」
「はい! よろしくお願いします!」
「ぶすー」
「梶様、梶様、なんかあの小娘、梶様のことを軽んじてませんか?」
「お前はお前でキモいが、釈然としていないのは事実だ。だが頼まれたことを全力でこなすのが俺のポリシーだ」
「さすが梶様。ですが、わたしガチで死にますから、小娘はともかく、わたしを大事にしてくださいね」
「ああ。でも何故お前への負荷の方が高いのだろうか。まあ、もはや訳分からんが、ついでにお前の安全保障も行ってやろう」
酷いごちゃつき具合ながら、俺の暇つぶしにみんな付き合ってくれるようなので、楽しむとしよう。
つづく




