第四十話
ある日ダンジョンができた。
そして誰もが究極のスキルの発現を願った。
その願いは届き、そのスキルは生まれた。
俺は伝授を決めたが、ただひたすらに後が怖いということと、後ろめたさに心が張り裂けそうだ。
ということで、被験者をのどかだけにするのは心許なく、悲しきモルモットを二人追加した。
「ということだ」
「ぜ、全然、ということではないよ」
「ハハ、今日なんで俺たちも呼んだんです?
二人で楽しくやればいいじゃないですか」
この文句の理由は、さっきから左手にのどかがぶら下がっているからだ。
「早く早く! 梶がお友達もいないとダメって言うから」
そう、悲しきモルモットとして、アッキーアンドユッキーを召喚した。
「まあまあ、みんな落ち着いてくれ。
前々から話している通り、本当に危険でやばいスキルだからな。心して臨めよ」
「正直言って、帰りたい。梶さんが変な前置きを無駄にたくさん言う時は、絶対にやばいはず。そういう期待値調整というか、リスクヘッジをする人だし」
「ええ、怖いんですけど」
散々試験場として使用した、豊洲ダンジョンに集合している。
いつもの危険な検証エリアに着く。
「事前の指示通り、しっかりしたカバンを持ってきたな?」
「うん、昨日梶に買ってもらった、これー」
「ハハ、俺もまあまあいいやつです」
「のんちゃんがお気に入りのいいやつって言うから、いつも使ってる頑丈でかわいいコレ持ってきました」
アッキーのカバンは確かにしっかりしていて、それでいてオシャレなカバンだ。
探索者向け商売もなかなかいい仕事をしている。
「さて、皆さん。
今日も楽しく、数の理論を楽しんでほしい。
多少効率は落ちたが、所詮は数分の一程度。
いいか、皆、強い気持ちが大切だ」
「もう強い気持ちしかないよ!」
いい返事だ。
「いいか、コレから身につけるスキルは、『収納』だ。
注意しろよ。あくまで『収納』だ。
間違っても次元収納とか、異次元ポケ○トとか、保管庫とか、影収納とか、マジックボックスとか、マジックバッグだとか余計なことを考えるなよ。
ただしまうんだ。
絶対に余計なこと考えるなよ」
「や、やばすぎるくらい喋ってますよ、この人」
「ハハ、この前振りは本当にヤバい。マジでしまうことだけ考えた方がいい」
俺は色々出していく。
まずはカゴに入ったゴルフボールの山だ。
池ポチャしたりしたロストボールってやつだ。
「まずは手始めにコレをカバンに詰めるんだ。沢山ある。ぎっしりいけ。さあ収納するんだ」
三人は神妙にしまっていく。すぐにカゴにゴルフボールを補充していく。
「もう結構パンパンだよ!」
のどかが元気に言う。
「よし、しっかりゴルフボールを一個一個見ながらカゴに出していってくれ」
「は、はい」
三人ともおとなしく、不思議そうにゴルフボールを見ながら出していく。
すぐにカゴがいっぱいになる。
追加のカゴも出しておく。
「ハハ、いつ見てもすごいスキルですね」
「そうだな。恐ろしいスキルだ」
三人ともはてなが頭の上に浮かんでいるようだ。しかしここで止めるわけにはいかない。
「すまんが、今と同じセットを繰り返してくれ。これはいつもの数の理論に通じるものだ」
そしてみんな、今日は初めての頃を思い出すように、一生懸命に作業を繰り返していく。
出し入れしていると、カバンがへたれそうだ。ただ頑丈なのを皆選んでいるので大丈夫だろう。
俺は神に祈る。
皆にスキルを。
「ハハ、いつもながら終わりの見えない、しんどい作業ですね」
「そう? あたしはまだまだいけるぜ」
「のんちゃんテンション落ちてないもんね」
「こらこら、集中しなさい。しまうんだ。そして、良く見ながら出し、またしまうんだ・・・」
三人がまた繰り返していく。俺は一応敵への警戒と、カウントをしていく。
彼らの出し入れはもうすぐ三十回ほどになっていく。
だいたい一回五百個くらいだろうから、そろそろだ。
ここらからが真の恐怖の始まりだ。
「あ、あれ、あれ」
「きた?」
「なんかおかしくないですか?」
彼らは首を傾げる。
ゴルフボールは、カゴに出し切った。
目減りしている。
「梶さん、取り出せる量が減ってる気がします。残りは?」
「考えるな、まだその時ではない。
繰り返すのだ」
「誰よ」
「で、でた、変なロールプレイ」
俺はドンとゴルフボールの入ったカゴを追加する。そして顎で続けるよう指示を出す。
「なんか今日初めてイラッとしたよ」
三人はブーブー言いながらも、詰め込みと取り出しを繰り返していく。
引き続き、目減りするのも止まらない。
「おい!」
俺は突然大声を出す。皆は慌てる。
「急になによ!」
「お前達は疑念を抱き始めているだろう。悔い改めよ。いいか、しまうのだ。ただしまうのだ。この次元にだ。さあ、続けなさい」
「な、なんか怖い」
まだ、真の恐怖はこれからだ。
ついにゴルフボールが尽きてしまった。
俺はカゴをしまった。
ようやく折り返しだ。
「か、カバンの中はどうなってしまったのかな」
「ゴルフボールはないのは確かだよ」
「・・・梶、どうなってるの? 教えて大丈夫なところだけでも教えて?」
「言えるのは、折り返し地点まできたということだ。しまうことはできた。今度は出さないといけない。ここからは本当に危険だが、やむなく時短をする。
正直ここからの時短であっても、俺は恐怖を拭えない。でも、やってみよう」
俺はBB弾をバケツに入れて出す。
こいつらとも長い付き合いだ。
「さあ、みんな大好きBB弾だ。
今日は投げるなよ?」
俺はニコッとする。
「くっ、さすが梶さん、煽りスキルが高すぎる」
「まあそう言いなさんな。
今度はコレをコップで、ざらざらとカバンに入れていくんだ。カバンいっぱいにできるかな?」
俺はバケツも追加する。
のどかが先頭を切って、コップでザラザラっとやり出す。
アッキーアンドユッキーも諦めてザラザラと放り込む。
「忘れるな!! しまうんだ!」
「うわぁっ」
「うるさい!」
「もぉー」
用意したバケツは空になった。
「次はこれだ」
もう後戻りはできない。
すまない。俺は心の中で詫びた。
猫砂だ。各自に袋に入った猫砂を渡していく。
五袋ずつある。
「今更だけど、コレを用意するのも大概だよね」
「安心してくれ。返してもらうから。
さて、今度は袋を破ってまたザラザラしまってくれ。ちなみに猫砂は返さないでくれ。
さあやってくれ」
三人とも恐る恐る、猫砂の袋を開け、ザラザラとカバンに流し込む。
「しまえ!」
「うるせぇ!」
ユッキーが切れた。限界が近いパターンだ。
先ほどからお気に入りのカバンが汚れたりしていて、アッキーはあからさまに嫌そうだ。
のどかは何かを探るようにして、猫砂をしまっていく。
頭をフル回転し出しているようだ。
「みんな、梶のバカは置いておいて、この収納はなんなのか、しまうだけなのか、どうやったら取れるのかを考えよう」
「のんちゃん、ありがとう。
良く考えるよ。
最初、梶さんは一個一個見ながら出すように言ったよ」
「猫砂に違いはあるのかな?
ちょっとずつ形は違うかな」
「ゆうさん、形はおんなじだよ。全部」
「工業製品だからかな」
なんやかんや言いながら、三人は猫砂を入れ切る。これ以上は本当に危険だ。
次を最後にしたい。
「次は塩だ。できればこれを最後にしてみよう。感覚的なところが一番大事なんだ。
この塩を一つ一つ見ながら、入れて出してに挑戦してみてほしい。直にカバンに触る必要はない」
三人に塩を配る。三人は恐る恐る塩を良く見ながら、カバンに入れる。
「あれ、塩も同じ形ですね」
「ほ、ほんとうだ。でもそんなことあるのかな?」
「・・・あ、塩取れた。塩を入れて、塩が取れる。なんか変だな」
「あ、私も塩が取れる」
「まあ、確かに。あれ、ゴルフボールが取れる」
「あら、ほんとね。ゴルフボールが取れる。BB弾も取れる」
「あ、あれ、あれ・・・」
「あかりさん、どうした?」
「ゴルフボールって良く見ると全部おんなじだね。BB弾も塩も」
「これも入れてみるか」
そう言いながらユッキーが財布から百円玉を出した。
「おい!!」
「あっとっと」
「あぶない!」
ユッキーがお金を落としそうになった。
「もうおそらくスキルの習得に極めて近いところに来たぞ。だが、いまだからあえて注意する。お金は絶対にしまうな。免許証もマイナンバーカードも。何かしらの会員証も、鍵もだ」
「なんで? 何が違うの」
のどかが詰め寄ってくる。
「お前達も変だと思うだろ。ロストボールという、池ポチャであったり、泥に落ちたり、また、さまざまなメーカーのボールがあるはずだ。でも全部同じボールだ」
「し、塩や砂まで同じ形・・・」
「そんなばかな。そんな馬鹿げた仕様なの?」
俺はうなずく。そんな馬鹿げた仕様なのだ。
「正しくは俺が現在までに検証できた範囲では、だ。
こいつは抽象化はできるが、具体化できない。
印象が同じものは全て同じになる。
概念収納なんだよ。
収納した塩はすべて同じ塩として整理される。
ゴルフボールも然りだ。
最初はさまざまなロストボールだった。
でも全部おんなじになった。
気合いで、いわゆる形而下にする必要がある」
「だから梶は危ない検証中とか言ってるわけね」
「こ、これって、犯罪に使われそうなんだけど」
「あかりさん、どういうこと?」
「一度抽象化されたら、おんなじになる。
貴金属とかお金とか、資金洗浄とか、マネロンとか・・・」
「そもそも収納が犯罪に使えるわけだ。
俺はアメリカで使えたから、密輸とかさ」
「まあ、それは仕方ないよ。夢のスキルだから。でもこの概念化も確かにやばいけどさ、よほど概念化されたらまずいものを入れなきゃいいだけでしょ?」
「ある意味そうだ。良く考えろ。
さっき証明書類は止めたが、電子機器はどうなると思う?」
「デジタルは大丈夫なんじゃないの? 電子的なんだから」
「俺は、ダンジョンは、パリピな脳筋ダンジョン人が運営していると決めた」
「パ、パリピなダンジョン人?」
「脳筋だ。あいつら、そのまま収納できればいいと思ってる。ハードを維持する。それだけ。デジタルは、ソフトウェアは維持しない」
「どういうこと?」
「一度収納した時に、その状態で止まっている。更新してしまっても同じ状態に戻る」
「ハハ、壊れても戻るってことかな」
「こいつの厄介なところは、物理的に壊れたらそれは維持される」
俺は息をつき、検証の日々を振り返った。
ある意味ダンジョンとの戦いだ。
「俺はなんとかクリアできないか頑張った。
クラウドストレージであれば、保存領域にアクセスできることがわかった。あとはダメだ。
あと、同じパソコンの型番違いは、同じパソコン扱いで最初の型番になった。物理的にも、同じになった。
ハードウェアやメモリを変えた同じパソコンを用意したら、変えた部分以外は同じのため、パソコンは上手く立ち上がらない」
「電子機器の検証はちょっとしんどいわね。手ぶらで出かけられると思ったけど、ちょっと様子見ね。全部クラウド化すれば、一応携帯もいけるだろうけど、ローカルデータは元に戻る、と」
「ルールはなんとなくわかったな? 電子機器は入れない。個別性のあるものは、きちんと認識して入れる。マイナンバーカードとか、概念化したら死ぬかもしれんぞ。ICチップ程度だから大丈夫だろうが。あとお金は全て同じになる。気合い入れて札の番号を覚えて個別の概念化を図ればいけた。
小銭は基本無理だが、傷をつければなんとか」
「でも梶、パソコンとか気軽に出したりしまったりしてなかった?」
「ああ、一つ物理的な作戦で、半分クリアした」
「どういうこと?」
「パソコンに名前をつけて、変化させて、意識することだ。
俺のパソコンは、はじめ八十三だ。毎回名前を底に書いてる。こんな感じだ」
俺はパソコンを取り出し裏に向ける。裏に『はじめ』の後ろに正の字が続く。
このバカっぽさが解決方法だ。
「それならお金とかナンバリングされてるんで大丈夫なんじゃないですか?」
「そのシリアル番号を個別認識して管理できればな。
まあ、極端な話、お金に全部自分で番号を書いて管理すればできるかもしれん。俺は嫌だ」
「べ、便利なような、不便なような」
俺は仕切り直しとして、柏手を打つ。
「まあ俺の検証したリスクさえ、ちゃんと理解しておいてくれれば、危険はないはずだ。
新たに違うものを出したり入れたりしてみてくれ」
俺はバリエーションは少ないが、お菓子や果物なども出して皆の前に置く。
「なんでこの程度のことで、梶がこれほど引っ張ったのかは気になる」
「ああ、生き物は入れるなよ」
「は、入るの?」
「俺はまだ挑戦していないが、綺麗なジャ○アンみたいなのが出てきちゃうかもなんで、気をつけろよ。
なんとなく入りそうなんだよ」
のどかはまだ訝しそうに見ている。
「そろそろカバンは関係ないはずだ。
何もないところに収納してみてくれ!」
「か、カバン関係ないんだ」
「ハハ、カバンもしまえてしまった」
「これ、どうなってるのかな。
どこに入って、どうやって取ってるのかな」
俺は腕を組み、うんうんしている。
「できれば犯罪者を生みかねないが、伝授は各々の裁量に任せた。あとはよろしく」
俺がそう告げると、三人共に絶句した。
ダンジョンは意外にも静かなんだなぁと感じられた。
「どうした、夢スキルだぞ」
「ハハ、えーっと、もうちょっと検証します。はい」
「う、うーん、うーん、これ、消せないかな」
「楽しさに負けたけど、なんかあたし達、バレたら貴金属店とか、銀行とか、旅行とかも制限されそうじゃない?」
「そうか? 世界の梶さんはふんわりバレてるが、今のところ監視されてるだけだぞ?」
「や、やっぱり監視されてるのね」
「この人何気に酷いこと俺たちにしてないか?」
「あたしは梶と大して変わらないから・・・。逆に安全と思うようにしてる。でも、人前では使わないどこっと」
「いいのかい? みんなで幸せになろうよ」
「どこかの課長さんのようなこと言わないでください。俺たちは善良な探索者なんですから」
そうして俺たちは解散した。
しまったカバンを、あえて出したりしながら、皆で帰路に着いたのだ。
ダンジョンの外に出た瞬間、アッキーの携帯へチャットの通知が響き渡る。
「どうしたの? 大丈夫?」
「う、うん。お母さんからだ。なんだろう」
「ああ、実家だもんね」
のどかの目線が切れた瞬間を見計らい、俺は携帯の電源を切り、全力で隠密の上、逃亡した。
「ユッキー確保」
「ほい」
ユッキーに確保されてしまった。ユッキーは不審な動きをする俺から目を離さなかったようだ。近距離では無理があった。
「アッキー、お母さんなんて?」
「わ、私の部屋が砂まみれ。ゴミとかボールとかが無茶苦茶で、台風が来たみたいって。
警察呼ぼうか、どうしようかって大慌てで。
ドカンドカンと音もすごく、廊下にゴルフボールが溢れてるって」
さすがユッキー、俺が仕込んだだけあり、世界最強級の腕力。もがくも脱出はならず。
「オイ、梶」
「ハイ、オレ」
「説明」
「あー、つまりだ。このスキルの収納先は、なんと驚き自分の家だ。
全て謎空間ではなく家にある」
「ハハ、俺んちもひどいってことっすか?」
体ギシギシ言うとるぞ、おい。
のどかは少し考えると、少し目を瞑る。
手をかかげた先からザラザラと砂が溢れる。
「全部出しちゃえばいいだけじゃん。先に言えよ」
「!!」
そうだったのか。驚愕だ。
「あんたがもったいぶってたのはこれが理由なの?」
「そうだ。ただ、もう一つあって、何%かわからんが、消えているからだ」
「え」
「どこかに何かが」
「だから貴重品云々は言ってたわけだ。砂とかじゃなく」
「そうだ。親切心ゆえだ」
「先に言え!!」
ピシャーンと雷が俺を貫いた。
⸻
今回のリザルト
のどか、アッキーアンドユッキー
『収納』
収納したものはどこに行くのか。
異次元はない。あるのはこの次元だけだ。
俺は再三の検証の結果、収納したもの達は、謎の目減りは除き、己の帰る場所へ運ばれることが確定した。
つまり、自分の巣、自分の家だ。
「酷い目にあった」
「俺のセリフっすよ! 俺まで雷に巻き込まれて。
のどかさん酷くないっすか」
「ごめんっ」
と可愛く手を合わせる。
アッキーはザラザラ出しながら、泣き声を上げている。
「お、おうち帰ったらなんて言い訳しよう」
「梶のせいにすれば大丈夫だよ」
俺は大人しく籠とバケツを出す。
「えー、みなさま、塩もお忘れなく・・・」
「「「お前が言うな!」」」
さんざんいびられたのは言うまでもない。
再びアッキーの携帯が鳴り響く。
こんどは消えていく物体に気が動転しているだろうアッキーの母親に、同情を禁じ得なかった。
「お母さんが心配だな。早く帰ってやれ」
「「「お前が言うな!!」」」




