第三十七話
ある日ダンジョンができた。
ダンジョンの謎は、ダンジョンに聞くに限る。
意思疎通ができるかどうかはともかく、また最奥で主とのコミュニケーションに挑みたくなった。
まず攻略進度の低いダンジョンであることが重要だ。
機構のさゆりに確認する。
呆れ半分で教えてくれた。
島根県の石見銀山ダンジョンだ。
山中にあること、アクセスの悪さから、地元の民家に管理も委託している有様とのこと。
のんびりやるにはちょうど良さそうだ。
のどかを誘い、島根に向かう。
飛行機で羽田から出雲へ。出雲からはレンタカーで向かう。
のどかとは羽田集合だ。
第一ターミナルで待ち合わせる。
相変わらず、キラキラと長髪をなびかせ、周りの注目を集めながら、のどかがやってきた。
なんとなく見惚れてしまう。
見ていても怒られないのはありがたい。
ちなみに俺は誰にも気づかれないのだけど。
「わりかし急で悪いな」
「バカね。いいのよ。そういうのは。
あたしはあたしの都合で動くから、都合のいい時に声をかければいいの」
「まあ、都合悪いと無視されるだけだしな」
「そうよ。でもクソ暇なのよね。
梶とおんなじ。また何かが足りない。
だからありがとう」
俺たちは笑い合った。
「いや、急に決めんなや」
無粋にも、いつの間にか横にいたクノイチが文句を言う。
「お前呼んでねぇだろ」
「あなた方が動くってことは、国家的な問題なの。
お目付け役たるわたしの出動もやむを得ないってこと」
のどかが俺の横に来て、肩に腕を回す。
「せっかく二人っきりで旅行だと思ったのにねぇ」
俺は照れ隠しに笑う。
のどかは反対の腕で、さゆりの肩も抱く。
「えっへっへ、両手に花よ」
「え?」
「さゆりよ、こいつは可愛けりゃなんでもいいわけよ。俺はかわいい枠ではないが、一応パンダ枠だからな」
さゆりが一瞬逃げようとするが、そこは俺とどっこいの超人パワーだ。
主一匹ごときの討伐では及ばない。
「チューしちゃうよ、あたしは」
「ななっ」
ほんとにチューしてやがる。
前途多難ってやつだな。
かくして我々は島根に向かった。
出雲に着いて、予約しておいたSUVで、予約していた大田市温泉津町の温泉宿に向かう。
周りには何にもない。
海と山と温泉と。
最高だ。
俺は気を利かせて、女子は女子、俺は俺で部屋を取っている。
宿に着くと、一度俺の部屋に集合し、明日のブリーフィングだ。
「遠路お疲れ様。今日は適当に酒に温泉にゆっくりしてくれ。
明日は朝普通に起きて、そのままダンジョンだ。一応民間委託されている事務所に顔を出すが、そのまま奥に向かう。
原則スニークミッションだ。
そうっと行けば、一応奥まで行けることはわかってる。
俺たち三人なら、スムーズに行くだろう」
温泉にそれぞれ入り、俺の部屋で皆、食事を取る。
のどかは浴衣をラフに着ている。
はだけとるやないか。けしからん。
俺たちは酒盛りをしながらだべっていた。
「さゆり、機構のアタック状況はどうなんだ?」
「例の素材集めが楽しくなってるから、みんなして運搬よ。
梶さんが氷室さんに伝えた仮説で、ちょっと騒ぎにはなったけど」
「さゆりちゃんもアタックしてるんでしょ?」
「はい。でも中途半端で。
海外にも呼ばれることもあるし、対外的な広報も多いし。
忙しかったから、今日はのんびり」
畳にゴロンとする。
ふう、と吐息を漏らす。
無駄に色気もある。
声もいい。
「どこまで行けば、ゴールなんでしょう。自然とみんな梶さんみたいな強さになっちゃうのかな」
「梶? あんたの強さは、強くなる速度は衰えてきた? もう天井?」
「安心しろ。止めているのにじわじわ伸びてる」
俺は積極的には戦っていないし、あえてスキルアップのための行動もしていない。
それでも少し強くなっている。
レベル上限がわかればいいが、今はまだゴールがわからない。
「そういえば、先月多摩ダンジョンに行って、魔法の習得作戦を決行してきた」
「あー、アッキーに聞いたよ。
相変わらず無茶苦茶だったって」
「まあな。とはいえ、あの研究所こそとんでもないわ。風魔法習得装置を作ったぞ」
「なんですそれ? わたしも欲しい!」
俺は机の上に、ブタ○ントンを出す。
ピンクとイエローに色付けされている。
「これで四時間遊べば君も魔法使いだ」
「なんかやだ」
その後もぐだぐだ話をして解散した。
翌朝、俺たちは石見銀山ダンジョンにやってきた。
山間にある民家がダンジョンセンターを委託されている。
チャイムを鳴らす。
「はぁ〜い」
まさに地元の主婦といった感じの女性が出てきた。
「連絡した梶です」
「いらっしゃい。何にもないところ、御足労様です。
お茶でもどう?」
「いや、大丈夫です。
俺と春風のどか、秋山さゆり、三名でこれからダンジョンアタックです。
もしかしたらダンジョンに一、二泊するかもしれません。
あんまりのんびりしているようなら、JSRDOにご連絡ください。
こちらの秋山はその職員です」
「秋山です。万が一の時はよろしくお願いします。
あと、もしかしたらダンジョンなくなるかもしれないです」
「あら、それはそれは。ダンジョンができて一時期は盛り上がりを見せたんだけど、いかんせんモンスターが不人気で。
結局元に戻ったので、わたしが代行してるけど、入り口付近の掃除をしているくらいなの。いっそのこと取っ払っちゃってもいいくらい」
「ふふ、あたしはこの辺り結構好きだな。温泉も料理も良かったし」
「また来てもいいよな」
さゆりが何か思いついたようで主婦に聞く。
「今ダンジョンにアタックしている方はいるんですか?」
「正直、わたしのところに来てアタックする人はほとんどいないの。
入り口のゲートをしっかりと覆うようにしているので、カードをかざさないと入れないから、探索者しか入れないようにしているし」
「魔石の売却は?」
「うちに来ても結局、出雲のダンジョンセンターに持って行ってもらってるの。代理で受付しても、振り込みが遅れちゃうし」
「なるほど。さゆり、お前先にこっちにしたほうがよかったんじゃないのか?」
さゆりは肩をすくめた。
「まあいい。では行きます」
「お気をつけて〜」
石見銀山ダンジョンは、まさに石見銀山の入り口脇にあった。
そして確かに頑丈な柵で覆われていた。
先程の主婦や石見銀山の関係者が掃除しているからか、確かに綺麗に整えられている。
「すごいところにあるわね」
「あんまり知らないんだが、こんな感じで田舎にあるのは他にもあるのか?」
「うん、結構あるわ。今度選んどく」
「お前が促してどうするよ。ただの旅行三昧になるだろうが」
「たまにはいいでしょ」
たまには温泉もいいものだ。
「まあ、たまにはな」
そうして俺たちはダンジョンに入って行った。
この石見銀山ダンジョンは、ストーンゴーレムのダンジョンだ。
生き物やアンデッドのダンジョンは見てきたが、ザ・魔法生物はスライム以来だ。
よりによってわかりやすくストーンゴーレムとは。
シルバーゴーレムじゃないのか。
「まあ、硬いらしい。気をつけるように」
「でも、今回は戦わないんでしょ?」
「ああ。でも例の隠密が、魔法生物に効くのか検証してないからな。見つかったら一気に切り抜けて奥までダッシュだ」
「過疎でも二十キロくらいあるんでしょ?
準備運動しとこう」
のどかがストレッチを始めた。
さゆりも続く。
「さゆり、お前は今回撮影班な」
「はい。のどかさんにマッピングはお願いします」
「オッケー」
「改めて言うが、俺たちは隠密で最奥をまっすぐ目指す。モンスターは基本スルーだ。
距離だけで行けば、奥には充分午前中には着くはずだ。
そこでまた、ダンジョンの主との対話を目指す。
攻略は雰囲気次第だ」
「はい」
「はあい」
「では行こう」
カードリーダーにタッチし、柵を解錠し、中に入る。
ダンジョンの中は、まさに岩の洞窟だ。
木枠で支えていないので、坑道より不安をあおる。
「隠密開始。離れるなよ」
プロボダンジョン同様、俺たちはロープで繋がる。
身内はぼんやり見える。
さゆりを先頭に、俺、のどかの順だ。
最悪二人を掴んで移動できるように、俺が真ん中にする。
やがてストーンゴーレムが一体見えてくる。
近付くが反応がない。
成功のようだ。
俺たちは目線を交わす。
俺はハンドサインで前進を促す。
スルスルと進み、何体ものゴーレムをかわしていく。
やはり探索者の姿はなかった。
一時間ほど進み、一度休憩する。
周りにゴーレムは見当たらない。
岩場に腰を下ろす。
「マッピングは大丈夫か?」
「うん。トレースできてるよ。あまり複雑ではないかな」
俺は頷くと、ペットボトルの水を二人に渡す。
「ありがとう」
「また、どこからよ」
「研究中だ」
五分ほど休憩した。
誰にも見つかるまいとすると、気を張ってしまうようだ。
またロープを繋ぐとアタックを再開する。
リズムが掴めてきて、軽いジョギングのようなペースで進む。
いくらかゴーレムの密度が上がってきたようだ。
二体いるケースもある。
やがて崖の上のような場所に着く。
スロープなどは見当たらず、岩を手がかりに降りないといけないようだ。
「ここまで長いロープは持ってません」
「あってもどこに結えるの? 見たところ、とっかかりはないわ」
「まあ、適当に降りられるだろ。俺がまず降りてみるよ」
そう言って、適当に足場になる場所を見ながらトントンと降りていく。
完全な垂直ではないようだ。
間もなく下に着く。
隠密は切っているので、上を見上げ、ジェスチャーで二人を呼ぶ。
一瞬二人は目を見合わせたが、のどかから先に降り出す。
運動神経が特にいいわけではないので、ふらつく瞬間もあったが、順調に降りてくる。
最後は何故か俺に飛びついた。
「ぜんぜん大丈夫だったじゃないか」
「なんとなくこうしたかったの!」
俺はそっとのどかを降ろす。
「お熱いところすいませんが、あそこに人がいませんか?」
「「!!」」
いつの間にか降りてきていたさゆりが指差す。
崖の脇の影となっているあたりから、人の足らしきものがはみ出ている。
随分深くまで降りてきているものだ。
感覚的には最奥に結構近い。
俺が先頭になり近付いていく。
すわ遺体かと思い間近に寄ると、どうやら生きているようだ。
服装は探索者としては上級の装いで、特戦隊に近いミリタリーの服装だ。
ただ、ズタボロになっており、かろうじて服の体裁を保っている。
短髪なので小柄な男性かと思ったが、土埃で汚れているものの女性だ。
一見日本人だが、こいつは日本人ではない。
アジアのどこかだ。
なんとなく面倒くさくなりそうだが、お世話しなさいと予感が囁く。
「多分日本人じゃないな」
さゆりがサッと近付き、脈、呼吸を確認する。
「まあ、生きてますね。
怪我はしているように見えるけど、それほどではないかも。骨折っぽいところはない。
おそらくこの崖を落下したのかと。
服だけボロボロで、この怪我の程度から、結構上位の探索者じゃないかな」
「うーん、単独で踏破を狙ったのか、仲間がいるのか?」
俺は進むべきか戻るべきか、ちょっと悩んでいた。
「梶、どうする? 戻ってもあたしはいいけど。
めんどいだけで、困るほどのことではないわ」
「さゆり、こいつ録画とか録音系の機器って持ってないか?」
「え? 抹殺?」
「こらこら。ダンジョンの中とはいえ、ここはジャパンですよ。
この先に連れて行っても証拠が残らなければ適当でいいかな、と」
「え? 連れてくの?」
俺は背負子を出した。
「まあ、いいんじゃないか? 特等席で見てもらおう」
さゆりは複雑そうな顔をする。
背負子も睨みつける。
「梶さん、わたしは動画を撮ってます。
そしてその編集権限はないんです。
変なことしないでよ」
「俺はたくさんの未知なるスキルを持っている。
俺の友人の結城曰く、俺は歩く戦略兵器らしい。
今さら右手からビームが出ても誰も驚かんのだろ?
自由にやるさ」
「じゃあ教えてよ!」
そこでのどかがカットインする。
「まだ安全性が担保できていない」
「いつもそれじゃん。もう、バカ」
「ほんと、バカ」
俺は黙って、背負子に怪我人を乗せるよう、さゆりを促す。
「まあ、思わぬ事件があったが、先は短い。とっとと行こう。
もう普通に戻るのはめんどくさい率、八十パーセントだな」
俺は背負子を背負い、歩き出す。
二人もチラチラ怪我人を見ながらついてくる。
「やっぱり。よく見ると美人じゃない」
「梶さんはいつもそうだもんね」
「この人絶対にハニトラに引っかかると思う」
「もう引っかかってます」
「バカなのかな?」
「バカなんですよ」
君たち、ちゃんとスニークしてるんかな。
全くもう。
俺の感覚では主に相当迫った頃、背負子の上が動き出した。
俺は急いで脇に寄り、背負子を降ろす。
二人も慌ててついてくる。
ゴーレムは近くにはいない。
「さゆり」
さゆりは背負子の拘束を外していく。
一瞬彼女と目が合ったようで、指を口の前に立て、静かにするようジェスチャーをする。
「落ち着いて、大丈夫?」
「ダ、ダイジョウブ」
キョロキョロしだす。
『まだダンジョンの中よ。言葉はわかるでしょ』
『なんで・・・。崖から落ちて、私・・・。
まだ生きてる』
『あなた異常にラッキーよ。こんな過疎のダンジョンで、ソロで深層にいて生きてられるなんて』
『え? 深層? わたし、なんで』
『あなたは日本の探索者じゃないでしょ?』
『はい、ベトナムのフエダンジョンで活動しています』
『なんで日本に?』
『・・・日本の京都に観光に来たんです。
友達三人で。
その後、出雲大社に行って伊勢神宮に行こうと思ってたんです』
「気持ち悪いルートね」
思わずのどかが突っ込む。
「せめて三重、京都、島根か、京都、三重、島根にしてほしかったな」
まあ、俺たちが北海道で、札幌に行って、知床に行って、網走に一日で行こうとするのを止める道民感覚だろう。
『でも、出雲大社から記憶がない』
『しっかり探索ルックよ?』
『よくわからない。ごくたまにあるんです。
気がついたら、身に覚えのないところにいる事が』
さゆりも少し考えていた。
「梶さん、なんとなくわかってる?」
「なんとなくな。さゆり、俺たちはこのまま先に進む。できればついてきてほしいと伝えてくれ。背負子でも歩きでもどっちでもいい」
『わたしたちはこのまま奥へ進む。できればついてきて欲しい。こちらの男性が、おんぶでもお姫様抱っこでもいいと言ってるわ』
「タスケテクレテ、アリガト。ワタシ、レ・ホアン・イエン デス。オ、オンブ イイ?」
恥ずかしそうに、イエンは言った。
つづく




