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第三十六話

 ある日ダンジョンができた。


 大魔法時代が始まりつつある。


 そもそもこのダンジョンは何なのか。

 未だ答えは誰も用意できていなかった。


 こういった時は、ただディスカッションと称し、目的なく議論するのも良いものだ。


 俺は研究局の氷室教授にアポを取り、やってきていた。


 仕事半分、プライベート半分だ。


 研究局をクライアントとして提案ができないか探ることと、一方でそもそもの議論をしたかった。

 考えるというスキルを得た彼女と。


 今日はJSRDOの本部、会議エリアだ。


「よく来てくれた。ありがとう」


 そう言って教授は迎えてくれた。

 何故かジャケットを羽織っていて、いつもの白衣はない。

 同職員の鈴木氏も同席している。


 こちらは俺と、営業として結城に同席してもらうことになった。


 教授たちと結城が名刺交換している。


「教授、今日は忙しいところありがとう。

事前にお知らせした通り、仕事半分プライベート半分だ。

結城は俺の同僚で営業なので、仕事があれば提案するし、なければ無駄話をする役割だ」


「氷室さん、鈴木さん。改めてよろしくお願いします。結城と言います。

この歩く戦略兵器とは弊社入社以来の悪友です。

ぜひ御機構の、もしくは御部門での課題感などあれば、ご提案しようと構えてます。


おい、梶、とんでもない美人じゃないか。

どうなってるんだ、話が違うぞ」


 教授は普段のダウナーさを見せず、ギロリと俺を睨む。


「教授、申し訳ない。結城には、多分三徹明けだから、ボッサボサの髪とヨレヨレの白衣、とんでもない瓶底メガネで、すっぴんだと言っといたんだ」


 鈴木氏が俺を見て「やっぱヤベー」と呟いた。


「あ、私は陪席してるだけなんで、シカトしてください」


 そして、そこにいるがいない人になるとのこと。


「お前、わたしを何だと思ってるんだ? 普通の会社員だぞ?」


「勘弁してください。あなたの頭脳が世界を救うかもしれない。

冗談は今日の格好だけにしてくれ」


「お前、やっぱりおちょくってるだろ」


 結城が宥めるように会話に入る。


「氷室教授、梶がすいません。

こいつは仕事中は優秀で真面目、顧客のためには社内のお偉方にも平気で噛み付く熱血漢なんです。勘弁してやってください。


ちなみに社内的には狂犬で通ってます」


「そんなやつを連れてくるなよ!」


「すいません、私が連れてこられたんです。


それにしても、この建物から見る景色はすごいですね。

あれは富士山でしょうか。

お、このペットボトルの水、美味しいですね。

どうして最近どこへ行ってもこの水なんでしょうねぇ。

うちも同じ水なんですよ。


そういえば今朝のサッカー見ました?

ゴールの瞬間、思わず家族でハイタッチしちゃいましたよ〜。


と、なんで関係ないのに連れてこられたのか未だにわからず、とりあえず自動的に口を動かしてます」


 教授はガックリとした。

 そして涙目で俺を睨む。

 上目遣いで、いつもと違いバッチリメイク。なんか可愛いぞ。


「まあまあ教授。

こいつは歩く潤滑油と言われてます。


大事なのは中身ではなく、雰囲気作りのみだそうです。


今日はそんな狂犬と潤滑油でお送りします」


「何をだよ!」


 鈴木氏はただ笑っている。


「さて、場も温まってきましたので、本題に入りたいと思います。


でも、どうしたんです、教授。コスチューム忘れたんですか?」


「こっちが普通だ! 作業中に来てたのはお前だ!」


 そんなこんなで本題に入る。

 今日話をしたかったのは教授の衣装ではなく、ダンジョンとは何か、というテーマだったのだ。


 フリーハンドではなく、資料を提示する。

 現状を整理して、想定した仮説を提示してみる。


 現状の整理は以下だ。


・ダンジョンは全世界にある。

・1000程度確認されている。

・一つのダンジョンには一種類のモンスターしか出ない。

・モンスターの強さは深さと相関しない。どこまで行っても同じ強さ。

・ダンジョンでモンスターを倒すと、肉体的に強くなる。

・モンスターからは魔石が取れる。

・魔石はクリーンエネルギーで、酸素量が増える副次的な効果がある。

・魔石は半導体やレアメタルの代替が利く。

・魔石で武器を作ると強力な効果がある。

・魔石の杖で魔法効果も上がる。

・ダンジョンは敵を倒せば倒すほど敵の数が増えて、踏破までの距離が遠のく。

・ダンジョンのモンスターは外に出られない。

・モンスターをほとんど倒さないと、主は成長しない。

・成長した主も、たいした強さではない。

・スキルはあるが明確に確認する方法はない。

・初めからそれぞれ所有しているスキルがある。

・後天的にスキルは身につく。

・スキルは行動することで身につけられる。

・スキルは成長する。

・魔法は適性があり強度が違う。

・ダンジョンの主を倒すとダンジョンは消失する。

・推定五つ目のダンジョンができたときに、消失していたダンジョンが復活した。

・ダンジョンの発生と消失時に、ニュートリノの発光現象が確認された。

・復活したダンジョンは、モンスターが消えず、死体を外に持ち出せる。

・復活したダンジョンのモンスターは、ダンジョン内で魔石を抜くと消失する。

・復活したダンジョンは、よわよわな子供でも入ることができる。


 ニュートリノのくだりでは、うんうん言っていた教授も、最後で眉がビクッとする。


「教授でも入れます」


「やっぱりおちょくってるじゃないか!」


「氷室さんがここまでフランクに対応されるのは珍しいですね。

割と皆さん勝手に距離を置かれるというか、遠慮がちなことが多いんですよね。

物言いも高飛車ですし。

これからも仲良くしてやってください」


「おや、そういえば、鈴木さんと氷室さんは、お役職を見ると鈴木さんが上役なんですね」


「そうなんです。

ただ、この組織自体が新しいのと、そもそも学生時代からの同期なんですよ。

役職は役割の問題でして」


「へぇ〜。でも同期の方がこのように魅力的な方だと、学生時代から色恋ありそうですね。おっと、すいません、踏み込みすぎました」


「いやいや、本当にそうなんですよ。

勝手に周りが騒ぎますんで。

でも、本人はこんなんなんで、親御さんも心配されてましたよ」


「鈴木、お前何目線なんだよ!」


「義理の弟でしょうが」


「え、教授の妹さんの旦那さんなんですか?

すごい、興味出てきた!」


「梶、お前も突っ込んでくるな! 早く仮説へ行けっ!」


 とんでもない方面へ脱線してきたが、本題へと戻ることになった。


 現状の整理から読み取れるダンジョンの意思は以下だ。


・ダンジョンは人間の成長を希望している。

・ダンジョンは魔石を排出したい。

・ダンジョンはモンスターの死体でもいいから排出したい。

・ダンジョンは簡単にクリアされるのは嫌だ。


 それらを踏まえた仮説は以下だ。


 ダンジョンは時間をかけて、安全に魔石(魔石の持つ何か)を、だらだらと排出したい。


 つまりダンジョンはゴミを捨てたい。我々にはそのゴミが快適だ。


 結果、いかにしてだらだらと魔石を排出させつつ、我々もそれを満喫しつつお付き合いするかが最重要。


「となるが、教授、どうだろうか」


「矛盾はしていないな。ただ、本物の敵が云々言ってなかったか?」


「そうなんだよ。来るべき本番があれば、多少はやる気が出るが、本番がないなら、起こるのはおそらく人間同士の超人大戦争かな、と思っている」


「最悪のシナリオじゃないか。

梶、お前、世界を滅ぼすのか?」


「アホか。俺は一貫して世界平和のために頑張っとろうが」


「違うよ。世界平和のために、お前が魔王として人類の前に立ち塞がれば、人類は力を合わせて平和な世界を作るだろうが」


「世界平和は置いておいて、みんなでこいつをやっつけるべき、というのは賛成だ」


「もしくは紛争に毎回介入して、狙い撃つか。


いずれにせよ、ダンジョンのネガティブさに日々悩んでるってわけだ。


教授、俺に救いを」


 そこから、教授は長考に入ってしまった。

 おそらくスキルのせいだろうが、まるで病気のようで心配になるな。

 鈴木氏の温かな眼差しよ。


「わたしは、ダンジョンには意思があると想像しているが、感情は感じられない。


人かシステムか、と比べるとシステム寄りだ。

設計されているかいないかで言えば、設計されている。

普遍か可変かで言えば可変だ。


しかし、そこにメッセージ性はない。


つまり我々とは意思疎通を求められていない。


梶の殴り飛ばすべき相手は、体がないかもしれんな」


「AI的な、かな。使い手により形も変わる」


 そこで結城が伸びをする。


「うーん、弊社が提案すべきは、持続的なプラットフォーム維持の効率化、かな。

その線で行くかな」


「結城さん、その方向性は当機構としてもありがたいです。

臨時で立ち上がったまま、つぎはぎなので」


 鈴木氏が答える。


「なるほど。結城はその線でいってみよう」


「ん? お前は?」


「見えざるダンジョンの意思を探しに行くとするよ」


「!! またお前は主との対話を目指すのか?」


「まあ、顧客ニーズはヒアリングなしでは想定できないってことだろうしな。

見えない何かに会うよう頑張るか」


「わたしは何か役に立てたのだろうか」


「もともと壁打ちのつもりだったんだ。

助かるよ。世界有数の頭脳にはこれからも頼りたい」


「いや、わたし普通の研究員なんだけど。ずっと言ってるよね? お前が無視してるだけで」


「またまた。その設定はいいって」


 ⸻


 今回のリザルト


 ダンジョンの謎に迫る


 機構から出てくると、結城は振り返りつつ言った。


「氷室さんって、モロお前の好みじゃないか。

大丈夫なのか? ラ○ちゃんに電撃でやられないか?」


「おいおい、あいつらはみんないい女だが、俺はいつ死ぬかわからないアウトローだぜ?

色恋は世界が平和になったら考えるわ」


「お前が結婚できない理由がわかったわ」


 俺はもちろん正直には発言しなかったが、結城は何かがわかったらしい。

 でも教えてくれなかったのは言うまでもない。


 直帰で二人して飲んだくれたのも言うまでもない。

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